ダンダリン

10月2日(水)から日テレ系で労働基準監督官をテーマにしたドラマ、「ダンダリン」の放送が始まった。
(*本記事は、結末に触れるのでまだ見ていない方はご注意を)

第1話をご覧になった方は、ダンダリン(段田凛)を始めとした労働基準監督官の活躍により、ブラック企業「鴨光ハウジング」の経営者が逮捕され、パワハラやサービス残業に苦しんで自殺未遂まで図った西川修も、勇気を持ってサービス残業を申し出ることができたので、ハッピーエンドな結末だったという印象を持ったのではないだろうか。

しかし、社会保険労務士である自分が感じたのは、ここでハッピーエンドと言い切るにはまだ早すぎるということだ。

労働基準監督官は、印籠を見せれば全てが解決する水戸黄門ではない。労働基準監督官にはできることとできないことがある。実務的には、むしろここから先が大変なのだということをお伝えしたく、本稿の筆をとることにした。

労働基準監督官ができること・できないこと

労働基準監督官が持っている権限は行政指導権と司法警察権だ。

行政指導権とは、労働基準法違反の疑いがある事業場を臨検し、帳簿や書類の提出を求め、必要な尋問を行い、その結果に基づき是正を求めることができる権限である。

司法警察権とは、悪質な労働基準法違反を行っている事業主を逮捕したり送検したりすることができる権限である。

ダンダリンの第1話では、労働基準監督官である段田が鴨光ハウジングに対し、最初は行政指導権に基づいて臨検や是正勧告を行ったが、それがことごとく無視された。そこで、さらに強い権限である司法警察権を行使し、鴨光ハウジング社長の逮捕に至ったわけである。

社長に手錠がかけられたのを見てスカッとした方も多いのではないかと思うが、実は、労働基準監督官ができるのはここまでである。悪質な社長が逮捕されたからと言って、社員が救われるわけではない。社長は数日間「臭い飯」を食べて、30万円以下の罰金を払って「娑婆」に戻ってくるだけだ。あの悪徳社長は、それくらいでは全く反省しないだろう。帰ってきたら西川を逆恨みして、パワハラはエスカレートするかもしれない。

実際、第1回のクライマックスでも、鴨光ハウジングのNo2と思しき人物が、「(無かったと答えろという無言のプレッシャーを含め)サービス残業がありましたか?」と社員に対し問いかけをしていたが、それに対しサービス残業があったと答えたのは西川1人だったので、その後、彼は社内で仲間外れにされないかが心配だ。

最終的な救済は、西川ら社員に対しサービス残業代が支払われること、パワハラを中止させ西川に対しては慰謝料も支払われるべきでことあるが、仮に鴨光ハウジングがこれらの金銭的補償を行わなかったとしても、労働基準監督官はそれを強制させることはできない。

すなわち、「金銭の支払」という民事上の問題にまで労働基準監督官は介入できないのだ。これが、労働基準監督官の権限の限界である。段田がいくら熱い思いを持っていたとしても、民事上でできることがあるとすれば、「内容証明郵便を書いて、社長宛に送ってくださいね」とアドバイスをすることくらいである。

ブラック企業の社員が金銭的補償を受けるのは困難

では、西川のような立場の社員はどうすれば金銭的な救済を受けることができるのか。

労働局の「あっせん」、合同ユニオンに加入しての団体交渉、労働審判など、ステップとしてはいくつかの方法が考えられるのだが、最後までサービス残業代を支払おうとしない悪徳経営者に対しては、民事訴訟を提起して裁判で争うしか方法はない。場合によっては、判決が出てもそれに従わないので、強制執行さえも必要になるかもしれない。さらに言えば、わざと会社を潰して別法人を設立し、強制執行すらも華麗にかわしてしまうという、ウルトラC級の奇策を思いつく特濃ブラック経営者さえもいるくらいだ。

一労働者にとって、長期にわたる裁判で争うのは、金銭的にも精神的にも大変な負担であることは間違いない。そして退職後ならまだしも、在職中に自分の会社を訴えて争うことは、事実上ほとんどあり得ないだろう。原告と被告が机を並べて同じオフィスで仲良く仕事をするということは、およそ考えられないのは想像に難くないはずだ。

結局、現在の日本の法制度では、ブラック企業で働いている社員は、少なくとも会社を辞める覚悟が無い場合は、「泣き寝入り」になってしまう可能性が高いと言わざるを得ない。しかし、辞めたいと思っても生活のことが心配で辞めるに辞められず、じわじわと追い詰められてしまうというのが現実に起こっている問題なのだ。

それではどうするべきか

見も蓋も無い話になってしまうかもしれないが、最大の自衛策は「ブラック企業に近づかないこと」である。しかし、万一、そのような会社に入ってしまった場合は、追い詰められる前に退職する勇気を持つことが大切だ。

「会社にしがみつくより、命にしがみつくほうがいいと思います。」

という、自殺未遂を図った西川に対する段田の言葉は、まさに的を得た一言だと私も考える。

西川は、「生きていくためには(たとえブラック企業であっても働いて)お金が必要なんだ」と言っていたが、お金を稼ぐ前に死んでしまっては本末転倒である。

西川は、目の前の自分の会社、目の前の生活のことしか見えなくなっていて(そのくらい追い詰められてしまっていて)、冷静な判断ができなくなってしまっていたのかもしれないが、追い詰められる前に、法律専門家へ相談をしてほしかったいうのが私の思いだ。

例えば私のような社会保険労務士であれば、安心して次の転職先を探せるよう、できるだけ早期に、できるだけ多くの失業保険がもらえるようサポートすることができるし、失業中の国民健康保険や国民年金の負担を減らすためのアドバイスもすることができる。

弁護士であれば、ブラック事業主に対抗してサービス残業代を回収するための法的戦略を考えてくれるであろう。

弁護士や社労士といった法律専門家は、悪徳経営者を逮捕こそできないが、依頼主の権利を実現するためのエキスパートだ。

ダンダリンを見た結果、労働基準監督官を労働者の全ての困り事を印籠1つで解決してくれる「水戸黄門」だと思ってしまうと、自分が労働基準監督署に行ったとき「あれっ!?」と思ってしまうことになりかねない。

労働基準監督署の役割は、原則として1人1人の具体的な労働者を救済することではなく、労働基準法違反を行っている事業所を行政的にまたは刑事的に取り締まることである。そのことを勘違いしてはならない。労働基準監督署が動いた結果、間接的にその事業所で働いている従業員が救済されることはあるが、それは副次的な効果である。

労働基準監督署に「私の残業代を取り立ててください」ということはお門違いであることを認識していただき、目的を持って、労働基準監督署と弁護士や社労士といった法律専門家を使い分けて欲しい。

すなわち、会社の労働基準法違反自体を正したいならば労働基準監督署が相談先であるし、自分自身のサービス残業代の回収やブラック企業を退職したいが生活が不安だ、という個人の権利や生活に関わる問題であれば、弁護士や社労士が相談先、ということになるのである。

現代日本には、全てを解決してくれる水戸黄門は、残念ながら存在しない・・・


榊裕葵  特定社会保険労務士・CFP


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