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ダンダリン第3話が放送されたので、早速、補足記事を書くことにした。第3話は建設会社で発生した「労災」がテーマであった。

今回のストーリーでは、労災そのものの隠蔽ではなく、行政処分を免れるために事故発生時の状況を偽ったことに留まったが、「労災隠し」は実社会でも少なからず問題になっており、その結果、被災労働者が多大な不利益を受けてしまうという事態も発生している。私は社会的啓蒙のためにも労災隠しの問題点を指摘しなければならないとの思いから、本記事を記した。是非ご高覧頂きたい。

労災隠しが起きる理由

最初に、何故労災隠しが起きるのかという背景を説明しておきたい。労災保険から治療費が支払われれば事業主のポケットも傷まないはずなのに、何故隠そうとするのか、と不思議に思う人もいるかと思うので、まずはその疑問に答えたい。

第1に考えられるのは、そもそも労災保険に加入していないということだ。本来であれば従業員を1人でも雇えば労災保険には加入しなければならないが、保険料の節約などの目的で労災保険に加入していない事業所が存在する。このような事業所で労災が発生した場合でも、労働者の保護のため事後的に労災保険は適用可能なのだが、事業主はペナルティとして保険給付額の100%を負担しなければならない。そんな金額払えないから、意地でも労災を隠そうとするわけだ。

第2に考えられるのは、経営上の理由である。とくに建設業では、労災保険は元請との一括が行われるので、下請会社の労働者に労災が発生した場合であっても、元請の労災保険を使うことになるのだが、「元請に迷惑をかけられない(=迷惑をかけたら取引停止にされてしまう)」という思いから、下請会社の経営者が被災労働者に労災を使わないように依頼する構図だ。労災が発生すると、翌年の保険料がアップしたり、公共工事の入札で不利になったり、労働基準監督署の調査が入って安全管理体制の不備を指摘されたりと、様々なデメリットが発生するので、下請が労災を起こした結果、元請にこのような影響を与えてしまったら、下請の立場としては死活問題なのである。

第3に考えられるのは偽装請負の発覚防止である。偽装請負で労働をさせていた者に労災事故が発生した場合、形式上は請負契約なのであるから、当然、労災保険には加入していない。第1で述べた保険給付額の100%を負担するペナルティに加え、労働保険のみならず社会保険の未加入や、サービス残業代の支払など、偽装請負に関わる諸問題が芋づる式に明るみに出るので、偽装請負をしている事業主は必死に労災を隠そうとする。

以上が全てではないが、主にはこれらのような事情が労災隠しの背景となっている。

労災隠しへの加担は「泣きっ面に蜂」

では、被災した労働者が労災隠しに同意した場合、怪我の治療はどのように行われるのだろうか。その答えとしては、「家で階段から落ちた」などと適当な理由をつけて健康保険で治療を行うことになる(社会保険未加入の場合は、国民健康保険)。3割の自己負担が必要になるが、労災隠しの「口止め料」の目的で会社がこの3割を肩代わりするケースも多い。

会社が3割負担してくれれば懐も痛まないし、事業主との関係をこじらせたくないという思いも手伝って、労災隠しを持ちかけられた労働者は、悪気無くOKをしてしまうかもしれないが、労災隠しが事業主にとって犯罪であることと同様、労災隠しに協力することは労働者にもペナルティが発生ということを覚えておいて頂きたい。

なぜならば、健康保険は「業務外」の傷病に対して給付を行う社会保険であり、業務上の傷病に対しては給付を行うことはできないにも関わらず、労災隠しは、自分の傷病が業務上のものであることを知っていながら業務外であると嘘をついて保険証を使うので、健康保険の保険者に対する詐欺行為に当たるからだ。

その結果、健康保険法上のペナルティ規定により、労災隠しに協力した労働者は、一定期間、健康保険上の給付の一部が行われないことになってしまう。怪我をした上にペナルティまでも受け、まさに「泣きっ面に蜂」である。このようなことにならないためにも、労働者は労災隠しに加担してはならない。

労災保険の手厚い補償を受けられないデメリット

上記に加え、労災隠しに協力した労働者にとって最も大きなデメリットは、労災保険の手厚い補償を受けられなくなってしまうことだ。

まず、入院や自宅療養などをしていて労務に服することができない間の賃金補償であるが、健康保険であれば賃金の約6割の補償にとどまるが、労災保険が適用される場合には約8割が補償される。補償される期間についても、健康保険は最大で1年半だが、労災保険の場合は完治するまで何年間でも支給は継続される。一定以上の重症の場合は、「療養補償年金」という年金タイプの支給に切替えてもらえる場合もある。

さらに大きな明暗を分けるのは、治癒後に後遺症が残った場合である。健康保険から障害に対する補償はビタ1文行われないが、これに対し、労災保険適用の場合は、障害の程度に応じ、一時金ないし年金が支給される。

加えて言うならば、国民年金・厚生年金から支給される「障害基礎年金・障害厚生年金」は、労災保険から「障害補償年金」が支給される場合であっても、一定の調整のうえ併給できるので、いかに労災を適用した場合の補償が手厚いかが分かるであろう。支給は、障害が軽快しない限り一生涯継続される。

逆に労災隠しを行った場合は、労災保険からの給付はあり得ないので、国民年金・厚生年金からの障害年金のみしか受給ができないし、社会保険に未加入の事業所であって、自分も国民年金を滞納していた場合には、ビタ1文、障害に対する補償はなされないという悲しい結末になってしまう。

具体的に計算例を示しておくと、例えば、20歳の労働者が労災で寝たきりになって、きちんと労災保険が適用された場合(障害等級1級)には、障害補償年金として「給付基礎日額(日給)の313日分」が毎年支給されることになるので、給付基礎日額を6,000円と仮定した場合、およそ188万円/年の障害補償年金を受けることができる。仮に80歳まで生きた場合は、60年トータルで約1.1億円の支給となる。タイトルの「1億円損する」という表現が大げさではないことが分かっていただけるだろう。

労災保険からの給付はこれだけに留まらず、寝たきりになった場合は当然介護が必要になってくるので、「介護補償給付」という介護者に対する給付もあるし、労災が原因で亡くなった場合には、遺族補償給付も手厚く行われる。労災隠しを行って労災が適用されていなければこれらの給付は当然行われない。

労災隠しを受け入れるということは、自分が受けられる手厚い権利、場合によっては「億円単位」の権利さえ放棄することにもなりかねないのだ、ということを、是非認識していただきたい。

確かに、お世話になった社長から、「労災を使わないでくれ」と言われると、ついつい「分かりました」と、言ってしまうのが人情かもしれない。しかし、その社長が一生涯に渡って面倒を見てくれる訳ではないであろう。頭を強く打った場合などは、そのときは軽症だと思っても、後日、脳障害や視覚障害などが生じることもある。

やはり、自分自身や家族のことを第一に考えてほしいというのが私の思いだ。

事業主が労災適用を拒否する場合や、自分だけで交渉が難しい場合は、一生の問題にもなりかねない話なので、決して流されずに、労基署や社会保険労務士へ相談をしていただきたい。事業主が労災申請を拒否しても、被災者自身で労災申請することもできるのだ。

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