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ダンダリン第7話は通勤時の事故が労災になるかどうかを巡ってドラマが展開された。労災保険は勤務中の事故だけではなく、通勤途中の事故にも適用されることは多くの人々が認識していると思うが、勤務中に比べ、通勤途中の事故が労災と認定される要件は厳しいものになっているということまではあまりよく知られていない。

通勤災害は誰にでも起こりうることなので、いざ事故に遭遇したとき「労災になると思ってたのに・・・」ということにならないよう、心構えや予備知識のためにも、この機会に補足説明を試みることとした。

通勤時の事故が労災になるか否かで天と地の差

通勤中の事故が労災に該当するのは具体的にどのような場合なのかは後に述べるとして、最初に通勤中の事故が労災扱いになるか否かで、被災した労働者に対する公的な補償にどれほどの差が生じるのかを説明したい。

まず、治療費についてだが、労災扱いの場合は治療費は極めて少額の一部負担金(200円)を納付すれば後の治療費はすべて労災保険から給付される。逆に、労災扱いにならない場合は健康保険での治療となるので、3割の一部負担金を労働者が払い続けなければならない。

次に、治療のため入院して仕事を休まざるを得ない場合であるが、労災扱いの場合は賃金の約8割が補償されることになっている。補償される期間は仕事に復帰できるようになるまで無期限だ。これに対し、労災にならない場合は私傷病による欠勤(または休職)とみなされるので、健康保険から傷病手当金が支給されることとなるが、支給額は賃金の6割強に留まる。また、支給期間は最大でも1年6ヵ月で打ち切りになってしまう。もし、勤務先が社会保険の適用除外であったり、(違法に)未加入であったりしたならば、労働者は国民健康保険に加入していると思われるが、国民健康保険には傷病手当金の制度は無いので、欠勤中の賃金補償は全くなされないことになってしまう。

最後に、労災扱いなった場合とならなかった場合で最も大きな差が出るのは、被災労働者が死亡したり障害を負ったりした場合だ。労災扱いの場合は、労災保険からの遺族給付や障害給付に加え、国民年金・厚生年金からの遺族年金や障害年金も併給されることになっているので手厚い補償が受けられる。しかし、労災扱いでない場合は、国民年金・厚生年金からの給付のみだ。寝たきりになったような場合は、労災扱いかどうかで年間の支給額に数百万円もの差がつく。

更に言えば、労災保険でいう「障害」と、国民年金・厚生年金でいう「障害」は一見同じ「障害」という言葉を使っているように見えても、「障害」と認定される基準が異なっている。年金法のほうが障害と認定される基準は厳しいので、同じ程度の障害を負ったとしても、それが労災扱いなら年金がもらえて、私傷病扱いなら年金は1円ももらえない、というケースも起こりうる。

このように、通勤途中の事故が労災になるか否かで事故後の公的補償には大きな差が生じることを覚えておいていただき、必要な場合にはためらわずに労災申請をして頂きたい。

通勤途中の事故が労災になる場合とは

いよいよ話の核心に進んでいくが、通勤途中の事故が労災扱いになるためには、具体的にどのような要件が必要なのであろうか。この点に関しては、大まかにまとめると、①就業のための移動であること、②住居と会社(就業の場所)の移動であること、③合理的な経路及び方法であること、の3つの要件が必要とされている。

まず、「①就業のための移動であること」の要件についてであるが、仕事をするために会社へ行く、仕事が終わったので会社から家に帰る、という行為が通勤災害の対象だという、ごく当然のことを定めた要件である。しかし、早出の業務命令も受けていないのに労働者個人の意志で始業時間の3時間、4時間前いった極端に早い時間に出社しようとした途中で事故に遭遇した場合や、通勤途中で体調が悪くなったため携帯電話で有給を申請し、自宅へ引き返した場合の引き返した以降は、「就業のため」とは評価されないので労災にはならない。

終業後に関しても、業務終了後直ちに帰宅すれば何の問題もないのだが、すぐに帰宅せず、クラブ活動を行ったり、休憩室で雑談をした後に帰宅するような場合は、就業時刻から概ね2時間を超えた以降の帰宅は業務との関係がリセットされ、労災扱いにはならなくなってしまう。この「2時間ルール」は過去の多くの事例でも労災になるか否かの判断基準とされてきたので、是非とも覚えておいて頂きたい。就業後に自主的な勉強会やQCサークル活動などが行われている場合も、2時間を目安に切り上げることが妥当であろう。

次に「②住居と会社(就業の場所)の移動であること」については、「住居」は原則として自宅に限ることに注意が必要である(単身赴任者の場合には家族が住んでいる家も含む)。前日に飲み会で遅くなったなどの理由で友人の家に宿泊して、友人の家から直接会社に向かう途中に事故にあった場合は、「友人の家」は「住居」ではないので通勤災害とは認定されない。一方で、前日の残業が終電がなくなるくらいまで長引いたため、やむなく会社近くのホテルに宿泊し、ホテルから会社に向かう途中に事故にあったような場合は、業務に関連してやむなく自宅以外の場所に宿泊したので労災扱いとなる。要するに、自宅以外の場所からの通勤途中に事故にあった場合、労災になるか否かは、自宅以外の場所に宿泊した理由が、単なる私事なのか、業務に関連しているかがポイントということである。

また、自宅からの出社先は原則として会社だが、例えば建設業の会社で工事現場に直接集合することが指示されていたような場合は、その工事現場が「就業の場所」になるので、工事現場に向かう途中で事故にあった場合は勿論、労災として扱うことができる。

最後に「③合理的な経路及び方法であること」の要件については、自宅から会社まで一本道であるのにその道が工事中である訳でもないのに、あえて遠回りをして事故にあったような場合は労災とは認定されないということである。ただし、一定程度の遠回りであっても、正当な理由があれば「合理的」と認められる。例えば女性労働者が夜間の帰宅時に街灯が無い暗い道を避け明るい道を遠回りする場合や、共働きの夫婦の一方が、最短経路からやや離れた場所にある保育園へ子女を預けた上で出社するような場合は、その通勤経路に合理性が認められることになる。

寄り道に注意!

上記①~③の要件を満たしていたとしても、帰宅途中に寄り道をした場合は、その寄り道が「ささいな行為」または「日常生活上必要な行為」に該当する場合を除き、寄り道中及び寄り道後は労災と認められなくなるので注意が必要である。

「ささいな行為」とは、通勤経路上の公衆トイレで用を足したり、駅のキオスクで飲み物を買ってその場で飲むような行為を指す。また、「日常生活上必要な行為」とは、スーパー等での日用品の購入、独身労働者が食堂で食事をする、理容室へ立ち寄る、選挙権を行使する、要介護状態にある父母の家を訪ね介護する、などの行為が該当する。これらの行為後に合理的な通勤経路に復帰した場合は、復帰後の経路上で事故にあった場合、労災扱いとなる。

ここでようやくタイトルで記した話が出てくるが、仕事が終わった後、夕食のために牛丼屋に立ち寄ることは「日常生活上必要な行為」とされているので、牛丼を食べた後に事故にあったも労災となるわけだ。しかし、「カフェでコーヒーを飲む」ことは「日常生活上必要な行為」とはされないので、カフェに立ち寄った以降に帰宅途中で事故にあっても通勤災害とはならない。実際に発生した事例においても、帰宅途中に同僚と約40分間、コーヒーを飲みながら喫茶店で雑談した後の帰宅途中に事故にあった労働者の労災申請が退けられている。

裁判所の判決文を借りてさらに具体的に補足するならば、介護のために親族の家に立ち寄ったことが「日常生活上必要な行為」に該当するか否かが争われた大阪高裁判決(平成19年4月18日)において、裁判所は「日常生活上必要な行為」を「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえでの必要な行為」と表現した。

この解釈に基づけば、夕食のために牛丼屋に立ち寄ることは日常生活の「食」ために必要な行為であるが、カフェに立ち寄ることは娯楽的要素が強く、「衣、食、保健、衛生」のどれにも該当しないので、日常生活には必ずしも必要な行為ではない、という理解に違和感ないであろう。

このように見ていくと、会社が終わった後、同僚と飲みに良く、友達と映画を見に行く、コンパに参加する、彼女とお台場でデートする・・・といったようなことは、多くの人が日常生活の一部として行っている行為であるが、労災保険法における通勤災害の認定、という切り口で見ると、「日常生活上必要な行為」には当てはまらないということを認識しておいて頂きたい。

だからと言って、読者の皆様は立派な社会人であり、小中学生ではないのだから、「就業後はまっすぐ家に帰りましょう。」と教示つもりは全くないが、帰宅途中にプライベートな行為を挟んだ場合は、その後の帰宅ルートで事故にあっても労災にはならないということを認識し、事故に巻き込まれないよう是非とも気をつけていただきたい、ということをお伝えして、本稿の筆を置くこととする。

特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵


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