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ある機会に学生の方から「私は学生なのですが、やはり20歳になったら国民年金を払ったほうが良いのでしょうか?」という質問を受けた。

社会保険労務士としては、「国民年金の加入は20歳以上の国民の義務だから払わなければなりませんよ。」が模範回答なのだろうが、それでは木で鼻をくくったような答えに過ぎないので、学生が国民年金の保険料を払うか払わないかにつき、実質的な損得の面から説明した内容を、この記事で再現してみることにした。

学生にとって国民年金の保険料負担が重いのは事実

まず、国民年金法の大原則としては、20歳になったら日本国内に居住する人はすべて国民年金に加入しなければならないこととなっている。これは学生も同様である。

しかし、大学時代といえば勉学のための費用はもちろんのこと、旅行や飲み会、デートなど、「今」お金を使わなければならない場面や、「今」お金を使いたい場面が多いのではないだろうか。加えて、近年は経済の停滞もあり、一人暮らしをしている学生は親からの仕送りが減ったりして、余暇以前に、学費や生活費を確保するために苦慮することが少なくないのも実態である。

そんな中、毎月15,040円(平成25年度)もの保険料を支払うことが、学生の方にとって大変な負担であることは想像に難くない。学生が飲食店でアルバイトをして、仮に時給900円だったとしたら、毎月の保険料は実に17時間分もの給料に相当する。1日3時間のシフトに入っているとしたら、週5日働いてもまだ保険料の額には達しない。定量的に見ても、いかに保険料の負担が重いかが分かるであろう。

だから、保険料を納付しない学生を一律に責めることはできないと私自身は感じる。

老後だけではない国民年金の補償と保険料未納リスク

学生をはじめ若い世代の方々が「年金」という言葉を聞くと、やはり遠い老後のことのように思ってしまうのは無理なからぬことであろう。想像もつかない遠い老後のために、汗水流して何時間もかけてバイトで稼いだお金の少なからずの部分を、保険料として納めるのは忍びないという気持ちは理解できる。また、少子高齢化が進み、将来の年金に対する不安も年金離れや保険料の未納に拍車をかけている。

しかし、是非とも知っておいていただきたいのは、国民年金には老齢に対する給付だけではなく、障害や死亡に対する給付も用意がされているということだ。障害や死亡は、年齢に関わらず誰にでも起こりうるリスクである。

例えば、学生であればスキーに行く方も多いであろう。スキーはとてもスリリングで楽しいウインタースポーツだが、転倒や衝突などによる事故の危険もはらんでいる。

仮の事例であるが、ある学生が冬休みにスキーに行ったが、転倒して大怪我をしてしまい、打ち所が悪くて車椅子の生活になってしまった、という事例を想定してみてほしい。

このとき、障害を負った学生の運命は、国民年金の保険料を払っていたかどうかで大きく異なる。

まず、国民年金の保険料をきちんと払っていた場合であるが、車椅子の生活になった場合、通常は「両下肢の機能に著しい障害を有するもの」として1級の障害基礎年金が支給されることとなる。支給される金額は、平成25年度価格で約97万円だ。障害の状態が続く限りは一生支給が継続する。もし結婚して子どもが生まれた場合には、第1子、第2子に対してはそれぞれ22.4万円の加算、第3子以降は7.46万円の加算も行われる。

これに対し、国民年金の保険料が未納であった学生が車椅子の生活になった場合は、障害基礎年金は1円ももらえないし、その後もらえるようにする方法も存在しない。一生涯というスパンで考えると、5000万円とか6000万円といった水準の年金をもらい損ねることになりかねないのだ。

更に悲惨なのは、学生時代に国民年金未納の人が、就職直後に事故で障害者になってしまった場合だ。会社に入社すると厚生年金に加入することになり、会社が給料から保険料を天引きするので嫌でも未納は起こらない。本人も、給料から保険料が天引きされるのは癪だが、これで自分も未納者ではなくなったので、何かあっても大丈夫、という気持ちになるであろう。しかし、そこには落とし穴がある。

例えば、4月1日の入社がら間もない某日曜日、春スキーへ出かけて、そのときに大怪我をして車椅子の生活になってしまったという事例を考えてみよう。4月1日からは厚生年金の被保険者なのだから、障害厚生年金がもらえるはずだと多くの方が考えるのではないだろうか。

ところが、この場合、障害厚生年金は1円も支給されない。

そのカラクリは、障害厚生年金の受給資格を判定する際、学生時代の未納期間も合わせて判定がなされるからである。国民年金の加入期間と厚生年金の加入期間を「通算して」、国民年金の未納期間が全体の3分の1以上あると、障害基礎年金は勿論のこと、障害厚生年金までも支給されなくなってしまうのだ。

上記の事例の場合はまさに、学生時代の国民年金未納期間が被保険者期間の大半を占めるので、たとえ怪我をした時点で厚生年金の被保険者であっても障害厚生年金は支給されないのだ。

尚、平成28年までは、全体の3分の1以上国民年金の未納期間があっても、過去1年間に未納がなければ障害年金を支給するという特例もあるのだが、国民年金が未納だった学生の就職直後の障害は、この特例でも救済することはできない。

このように、学生の方が国民年金の保険料を支払わないという選択をした場合には、主に「障害」の場面で大きなリスクがあることを認識した上で、「未納」という判断をしてほしい。それを知った上でなお未納にするならば本人も諦めがつくかもしれないが、いちばん悔しいのは「知っていれば支払ったのに!」という場合であろうから、学生の方も是非、20歳になったら年金法の知識を正しく学んでいただきたい。

保険料を払いたくても払えない場合のウルトラC

ここまで読んでいただいて、国民年金は老後の保障のためだけではなく、障害に対する保障もなされるので、必ずしも何十年後も先の話ではないということを認識していただけたであろう。しかし、最初に述べたように、生活が大変で、学費と生活費を払うのが精一杯で、払いたくても、とても国民年金の保険料を払える状況ではないという場合にどうすれば良いかが問題だ。その答えが今回の記事で最も伝えたいことである。

もったいぶっても仕方が無いので、早速その答えであるが、正解は「役所に紙を1枚出す」ことだ。

この1枚の申請書を出すことで利用できる制度を、「学生納付特例制度」という。この制度は、所得の少ない学生に対し保険料の納付を猶予するためのものであって、親の所得は関係なく、学生本人の前年度の所得が118万円以下ならば利用することができる。

この制度を利用した場合、社会人になった後に保険料を追納しなければ、老齢年金の額は減らされてしまうのだが、制度の利用期間中は「未納」という扱いにはならないので、制度を利用している学生が、上記の例のように学生時代や、就職直後の事故で障害を負ってしまった場合でも、きちんと障害基礎年金や障害厚生年金は支給される。支給される年金額も保険料を実際に納めていた人と同額だ。

紙を1枚出すだけで、これだけ大きなメリットがあるのだから、所得要件を満たすならば利用しない手は無い。しかし、このような制度があること自体を知らなかったり、自分には関係ないことだと思ってしまって、未納状態に陥っている学生も少なくはないようである。これは、非常に残念なことである。

紙1枚出すか出さないかで、その後の一生で数千万円の年金がもらえるか、1円ももらえないか、これほどまでも運命が変わることが起こりうるのだ。決して誇張した話ではない。

このように、社会保険や税法などの世界には、知っていさえすれば、ほんの僅かな手間や注意で大きなメリットが得られることがあるし、逆にそれを知らなかったために大きな損をしてしまうこともある。しかし、学校も会社も教えてはくれないから、自分が学ばなければならない。「自己責任」という言葉が重みを増している現代、法律、税、社会保険、資産運用、リスク管理などの知識は、江戸時代で言う「読み書きソロバン」と同じくらい重要なものだと私は思っている。

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特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵


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