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「ダンダリン」のドラマもいよいよ終盤に入ってきた。労働基準監督官が主人公のストーリーなので仕方が無いといえば仕方が無いのだが、社会保険労務士はどちらかと言うと悪役で登場し、法の網目を突いて、労働者から搾取するための手法を経営者へ入れ知恵する役回りで演じられてきた。それをダンダリンこと段田凜が叩き潰すという勧善懲悪の台本仕立てである。第10話では段田を逆恨みした社会保険労務士が冤罪事件の片棒まで担いでしまう・・・。

確かにドラマとしてはそのほうが面白いのかもしれないが、「社会保険労務士」という職業のイメージが、ドラマのまま世間様に伝わってしまうのは、いち社会保険労務士の自分としては本意でないので、私の主観も交えながらであるが、社会保険労務士という仕事の本来あるべき姿について論じてみたい。

社会保険労務士と経営者の関係

社会保険労務士は企業と契約して、人事労務に関する手続を代行したり、労働相談に応じたりするのが主な仕事である。お金を払ってくれるお客様のためにサービスを提供するのは、どんな仕事でも同じであり、社会保険労務士も決して例外ではない。だから、「経営者の味方」という表現は決して間違ってはいない。

例えば、ある経営者から「サービス残業で訴えられるのが怖い。」という相談を受けたとしよう。そんなとき、お客様である経営者様に対し、「法律上、払うべきものは払わなければいけませんよ。」とドヤ顔で言おうものなら、次の日には顧問契約を解除されてしまうであろう。それを言って許される立場にあるのは、労働基準監督官である。

社会保険労務士がすべきことは、お客様である企業経営者の立場に立って、「どうしたらサービス残業で訴えられないか。」と、知恵を絞ることである。

事案によりケースバイケースであるが、賃金規程を拝見させて頂いて、昔からの慣習というだけで根拠不明の手当が支払われていたならば、その手当を廃止して残業代の原資にしたり、基本給が同業他社に対して高い水準にあるならば、基本給の一部を固定残業代に組み替えたり、といったような手法を提案し、違法状態を解消するのは社会保険労務士の腕の見せ所だ。

付言するならば、上記は労働条件の不利益変更に該当するので、原則として労働者の同意を得なければならない。この同意をどのように引き出すかも、社会保険労務士の腕の見せ所である。

社会保険労務士と労働者の関係

それでは、逆に考えると、やはり社会保険労務士は「労働者の敵」なのだろうか。

私は、決してそうは思わない。社会保険労務士は国家資格者であり、違法なことや品位を失うようなことはしないよう、社会保険労務士法で厳しく定められている。違反した場合には失格処分などの罰則もある。したがって、まともな社会保険労務士であれば、少なくとも経営者に対して違法なアドバイスは行わないことが担保される。

だから、社会保険労務士が関与することによって、その会社で働く労働者は、最低賃金を割るような条件で労働を強いられたり、不当な罰金制度を課されたりといったような、法を下回る劣悪な労働条件で働かされることが回避されるのだ。社会保険労務士が関与していない会社では、労働基準監督官にでも踏み込まれない限り、最低限度の抑制さえ働かない恐れがある。

また、ダンダリンでは社会保険労務士が様々なグレーゾーン的な手法を用いて労働者を苦しめたが、あくまでもドラマを面白くするための演出であり、通常はグレーゾーンと言われるようなアドバイスは行わない。企業がリスクを抱えるアドバイスはすべきではないからだ。例えば、ダンダリン第9話では、ホテルの清掃スタッフを請負契約に変更していたが、偽装請負が発覚した場合の企業のダメージは決して小さいものではない。

偽装請負に関しては、ダンダリン第9話の補足記事を参照されたい。
■偽装請負の被害者にならないために知っておきたい最低限のこと ~ダンダリン第9話の補足

尚、社会保険労務士の中には、メンタルヘルスに関する資格や、ファイナンシャルプランナーの資格を持っている者も少なくない。このような資格を持つ社会保険労務士が講師になり、メンタルヘルス研修を行って労働者が仕事上で精神疾患に陥るのを予防したり、退職直前の労働者に年金やセカンドライフに関するアドバイスを行ったりすることもある。

さらに言えば、社会保険労務士は労働トラブルが訴訟に発展した場合の怖さを知っているので、経営者に対しては、厚生労働省が定めたガイドラインを超えるような長時間残業の黙認、手順を踏まない強行的な解雇、セクハラやパワハラの放置等を行わないよう、日々アドバイスしている。このようなアドバイスも、結果として職場環境の維持改善につながり、労働者にとってもプラスに働いているのだ。

私が考える社会保険労務士の存在意義

私は、社会保険労務士の仕事において重要なキーワードは、「将来」であると認識している。

「将来」とは、今現在のこの瞬間のことだけでなく、時間軸でお客様の会社のことを考える、ということである。

例えば、上記で触れたように、これまで支払っていた手当を廃止することや、基本給の一部を固定残業代にすることは、企業にとっては支払うべき人件費が減って、確かに当年度の収益改善にはつながる。

しかし、労働者にとっては賃金のカットに他ならないのであるからモチベーションは下がってしまうし、優秀な人材が退職してしまう恐れも生じる。モチベーションの低下や優秀な人材の退職は、将来の企業業績を確実に蝕むであろう。

それゆえ、会社の経営体力が許すならば、現在の賃金水準を維持した上で当面の残業代は支払った上で、業務の効率化によって総人件費を徐々に削減したり、誰にでも支払われていた手当を一定の移行期間を設けた上で成果主義的な手当に組み替えるたりするなど、従業員も納得がいく形で賃金体系の適正化を図るほうがベターだと私は考えている。

経営体力が厳しく、合法な状態を作り出すためにはやむを得ず賃金水準を下げなければならない場合でも、それをアナウンスする際には、将来的に業績が改善したときには賞与で還元することを約束するなど、可能な限り従業員のモチベーションを落とさないような配慮をすべきだ。今は苦しいが、将来は明るい、という希望を持ってもらうことが重要なのである。

この点ダンダリンで残念だったのは、登場した社会保険労務士が目先の人件費削減については(際どい手法とはいえ)様々な提案をしていたが、その会社の将来のことは何も考えていないような手口ばかりだったということである。

例えば第4話ではスポーツ用品製造会社が、景気が悪くなったので、社会保険労務士の入れ知恵により、内定を出した学生に対して不条理な研修をさせて内定を辞退させようとしていたが、仮に内定を辞退させることに成功していたとしても、その年はよくともインターネットの就活掲示板で噂は瞬く間に広がり、翌年以降、優秀な学生がその会社を敬遠するであろう。不条理な研修の実施を提案した社会保険労務士は、そのような将来の不利益に対して責任を取れるのであろうか。

社会保険労務士は、目の前で経営者様が実現したいと思っていることの手助けをするのだが、常に長期的な視点を失ってはならない。経営者様が目の前のことに対応するために、将来の大きなリスクを抱えそうになっていたら、それを止めるのも社会保険労務士の仕事である。

長期的に会社を継続発展させていくには、安易に短絡的な手段に走らず、対応が大変であっても、「会社のニーズ」と「労働者のモチベーション」を高い次元で両立させていくことが不可欠である。労使がともに満足感を持つことができる会社でなければ、将来の長期的発展は実現できない。つまり、会社の長期的発展を助ける社会保険労務士は、「経営者の味方」であり「労働者の味方」でもあるのだ。これこそが、社会保険労務士の存在意義、仕事の本質であると私は考えている。

《参考記事》
学生が国民年金の保険料を払うのは損か?得か?
美容師さんが夜遅くまでカット練習しているのはサービス残業なのか? ~ダンダリン第8話の補足
労災保険で通勤災害の認定を受けたければカフェではなく牛丼屋に寄りましょう。 ~ダンダリン第7話の補足
トヨタ自動車が過去最高の生産台数を達成しようとしているのに、何故中小零細企業は景気が良くならないのか ~ダンダリン第6話の補足
退職したら損害賠償で訴えるぞ!は法律上の根拠があるのか単なる脅し文句なのか? ~ダンダリン第5話の補足

榊 裕葵 社会保険労務士・CFP


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