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2013年の流行語大賞に「ブラック企業」がトップテン入りしました。長時間労働、労働法違反、労働者の使い捨てなど、ブラック企業とされている企業の共通点は多数ありますが、重大な共通点として、労働者の死亡の事実があります。たった一人だけでも、過労死やうつ病自殺があれば、ブラック企業とされてしまいます。昨年は、経営者や人事担当者の方にとって、「どれだけ社会的意義のある事業を行っていても、従業員ひとりの命を奪うことは許されない」という、とても当たり前のことを痛感させられた一年だったのではないでしょうか。

いっぽう現在、安倍首相の求めに応じて「賃上げ」熱が高まっていると報道されています。しかし賃上げするよりも前に、経営者や人事担当者は、ブラック企業と言われないよう、安全衛生管理体制をより強固なものとし、労働者が健康に働ける職場にすることで、守りを固めるのも一策なのではないでしょうか。

企業の労務管理体制については、今後も厳しい視線が向けられることは避けられません。だからこそ、地道な取り組みこそ、長期的な企業活動の健全な発展につながるものと確信しています。

「労働者が会社に殺される」ケースには、過労死、メンタルヘルス不調による自殺、事故などの労働災害があります。いずれにしても、疲労度の蓄積が引き金になります。疲労度の蓄積を客観的に測定できる指標、それは「労働時間」です。長時間労働は脳・心臓疾患の不調による過労死、またうつ病の発生、作業中の不注意などを起こしやすくなることが知られています。

そこで、今回は働く人の命を守るための、どの業種でも通用する代表的な施策案を、一つご紹介します。経営者の方、人事担当者の方は、「ブラック企業」と言われて風評被害を受ける前に、実施をご検討下さい。

長時間労働者に対するフォロー

長時間労働者のうち、「希望者に対して」、会社は、医師による面接指導を行わなければなりません。月間の時間外労働が100時間以上の労働者に対しては義務規定ですが、それ以外の希望者に対しても行うよう、努力義務が定められています(労働安全衛生法第66条の8、9)。

と、法文上はここまでです。義務規定ですから、多くの企業で導入されていることでしょう。しかし、この制度の弱いところは「希望者に対して」というところです。普通、労働者は会社に迷惑をかけたくないと思っていますから、自身の不調を隠そうとするもの。せっかく面接指導という制度を作っても、利用者がいなければ、制度がないのと変わりません。

そこで、例えば「1か月の時間外労働が100時間以上の労働者は、全員を医師による面接指導の対象とする」などと、強制的に決めてしまうのが、労働者の健康管理にとって有益な一案となります。

労働者は、医師と相談する場を会社が提供してくれるという事実に、少なからず安心感を覚えるはずです。当初は過労やうつに悩んでいない労働者は面倒だと思うかもしれませんが、少なくともその労働者の家族に対しては、好ましい印象を与えることでしょう。

さらに発展させ、「1か月の時間外労働が60時間を超える労働者は、全員月1回30分、上長と面接を行う」などの施策も考えられます。これは、長時間労働の原因を明らかにするために行います。長時間労働の改善を行うのは、上長の責任です。いくら医師が面接指導を行っても、原因となっている長時間労働の改善がされなければ、職場環境の改善にはつながりません。

往々にして、長時間労働は、ひとりの労働者の努力でどうにもならないものです。長時間労働には2つの現れ方が考えられます。「業務が人別に偏っている場合」と「全労働者の仕事量が過多となっている場合」です。前者の場合、一定の人間しかできない業務を別の担当者もできるようにする「多能工化」、つまり教育研修で改善が可能です。後者の場合、一般に同職種の全員が長時間労働となっている場合が考えられますから、「重要度の低い仕事を捨てるか、他の部署との業務分担を見直す」、あるいは「労働者を増員し、一人当たりの労働量を薄める」ことの二者択一となります。いずれにしろ、一従業員の努力での改善は難しい内容ですので、上長の手腕が問われるところでしょう。

「名ばかり産業医契約」を見直せ

この「医師による面接指導」を円滑かつ継続的に実施するには、どうすればよいでしょうか。その答えは、「産業医の活用」です。

そもそも産業医は、従業員50人以上の職場に選任が義務付けられています。産業医には本来、月一回職場を巡視することと、職場で実施する安全衛生委員会へ出席することの義務があります。

しかし、こういった義務を守らない代わり、契約料金を下げた「名ばかり産業医契約」があります。「名ばかり産業医」は、会社には一切行かない代わりに、産業医として選任でき、定期健康診断実施報告書にハンコを押してくれます。産業医として選任できる医師の数も限られていますから、「名ばかり産業医」は、コストを下げたい使用者と、手間をかけたくない医師の利害が一致し、中小企業中心に横行しています。労働基準監督署にとっても、産業医を全く選任しない事業所よりはマシなので、「名ばかり産業医」についての是正指導の優先度は高くないようです。

「名ばかり産業医」は、月額3万円程度から応じてくれます。こういった契約も、その倍額にすれば、月1回の巡回に応じてくれる医師も多いはずです。医師が面接指導に応じてくれる価値、衛生委員会に出席して意見を言ってもらう価値、そして何より、労働者の命の価値を考えれば、決して高くない投資のはずです。

安全配慮義務>賃上げ

今回テーマにしました「長時間労働者に対するフォロー」は、100%労働者の生命が守られるかどうか、疑問はあります。しかし、こういった活動をきっちりと行うことは、決して無駄になりません。会社が安全配慮義務を履行している裏付けとなるからです。

不幸にも、過労死が発生してしまった場合、労災保険による遺族補償給付だけで済まされません。労働者の遺族から民事訴訟を起こされることが想定されます。しかし、そういった場合においても、会社が安全配慮義務をきちんと全うしておけば、会社の有利に働くはずです。最終的に1億6,800万円で和解した、有名な電通事件のケースもあります。長時間労働者に対するフォローを手厚くしていれば、ずっと小さな金額で和解が成立できるものと確信しております。

安倍首相が「賃上げを」と声高に叫ぶにつれ、社会保険労務士としては、「企業の人事担当者が賃上げする前にやらなければならないことは山ほどあるはずだ」と思ってしまうのです。適正な勤怠に応じた賃金支払い、、有給取得の促進、正社員と同視できる非正規社員の待遇格差の是正、期間雇用から無期雇用への転換への対応など、挙げればきりがありません。

なお、労使関係については、次のような視点も参考になります。
■社労士制度45周年に想うこと 高橋広和
■うつになって初めてわかったこと 高橋広和
■ブラック企業を消す方法。 ~解雇規制・雇用流動化について~ 中嶋よしふみ
■被災労働者が労災隠しに同意すると1億円損するって本当!? ~ダンダリン第3話の補足。 榊裕葵
■会社のために働くなかれ 岡田ひろみ

景気が改善すれば、一般に仕事量が増加します。そうなると、より労働時間管理の重要性が増します。労働時間に応じて労働者をフォローする体制を敷き、その健康を守ることは、経営者と人事担当者の責務です。

労働者にとってみれば、賃上げの方が嬉しいかもしれません。しかし、賃上げの嬉しさは一過性のものです。それに対して、長時間労働者をフォローする仕組みは、安心感の醸成ができます。継続してこそ効果を発揮するものです。人が死んでから「きちんと体制を整えておけばよかった」では、遅いのです。

現在賃上げを検討できる会社はチャンスです。この機会に、「人が死なない職場にする」ための施策をご検討下さい。


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