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昨日、トヨタ自動車の労働組合は、今年の春闘で年間ボーナスの要求額を組合員平均で235万円以上とするというニュースが流れた。年収300万円時代と言われている昨今、ボーナスだけで235万円とは大したものである。月数に直すと、実に月給の6.8ヶ月分にも相当するのだ。

春闘の恩恵は二極化

冒頭のトヨタ自動車の例は極端かもしれないが、今年の春闘は大いに盛り上がっている。自動車業界の他社も、例えば本田技研工業の労働組合が5.9ヶ月分の要求など、ボーナスの要求月数はヒートアップしている。また、ここ数年は見送られていたベアも、トヨタ自動車や本田技研工業はもちろんのこと、三菱自動車、マツダ、ダイハツといった中堅メーカーもベアを求めていくようである。各社のベアの要求金額は3,000円~4,000円程度となる見通しだ。

このようなニュースを耳にすると、日本も景気が良くなったもんだなと思うかもしれないが、春闘の恩恵を受けられる階層と受けられない階層に、二極化していると私は考えている。

春闘の恩恵が受けられる階層

まずは恩恵を受けられる階層のことを知るために、春闘が行われる仕組みを説明しよう。

冒頭にトヨタ自動車の話が出てきたので、自動車業界を例に説明するならば、春闘に関して業界全体の音頭をとっているのは、「自動車総連」という労働組合の連合体だ。自動車総連には、全トヨタ労働組合連合会、全日産・一般業種労働組合連合会、全国本田労働組合連合会、全国マツダ労働組合連合会・・・といったような、自動車会社のグループ毎の労働組合の連合会が加盟している。

そして、例えば、全トヨタ労働組合連合会であれば、その中に、トヨタ自動車労働組合、デンソー労働組合、アイシン労働組合といったような各企業の労働組合が存在している。すなわち、完成車メーカー自身と、その完成車メーカーに密接に関連した1次下請のメーカーまでが、各完成車メーカーを頂点にした労働組合のグループに入れてもらえるという訳である。

自動車総連は非常に強力な組織である。昨年夏の参議院選挙においても、民主党にとってあれだけの逆風の中、同党から出馬した組織内候補者の磯崎哲史氏を比例区で党内トップ当選させた。そのような強力な組織が、春闘の方針を定め、各構成組合へ落とし込んでいくのだ。今年度の春闘であれば、「5ヶ月以上のボーナス獲得」等が定量的な目標として掲げられている。

国会議員を送り込むほどの影響力を持つ組織であるから、経営者もその意向を無視することはできない。したがって、自動車総連をトップとした労働組合のグループに所属している完成車メーカーないし、完成車メーカーと血のつながりの濃い1次下請メーカーで働く労働者は、春闘によるメリットを大いに受けることができるであろう。

春闘の恩恵が受けられない階層

ところが、2次下請、3次下請以下のメーカーの多くは、春闘の恩恵どころか、逆に、極端な言い方をすれば春闘が盛り上がるほど被害を受けてしまうことになる。その理由を以下説明したい。

完成車メーカーや1次下請メーカーが賃金アップをするということは、その分人件費が増え、利益を下押しするインパクトがあることは誰の目にも明らかであろう。

高度成長期のように、高い車がバンバン売れ、値上げをしても顧客が離れない時代であれば、賃金アップ分を売価に反映させることができた。しかし、現在は小型車や軽自動車しか売れない時代である。このようなマーケットでは売価を下げることはあれど、上げることは考えられない。

それでは賃上げした分、利益が減って良いのかと言えば、それも許される環境ではない。大手の完成車メーカーはもちろん、部品会社の多くも上場しているので、株主からは利益の確保が強く求められている。減益決算を発表すれば、株は叩き売られ、株価が大きく下落する。さらに言えば、近年は株式所有の国際化が進み、日産自動車は約70%、本田技研は約40%、トヨタ自動車は約30%の株式を外国人が保有している。利益の確保に対する外国人株主からの圧力は、特に強いものがある。

そうなると、最終的にしわ寄せが回って来るのは、コストダウンを要求される下請メーカーである。1次下請メーカーはまだ良い。完成車メーカーと同じ労働組合に入っていて、ある意味「仲間」であるし、2次、3次以下に価格転換する余地もあり、独自の技術力を背景に完成車メーカーと対等に近い立場で価格交渉をすることも可能だ。

ところが、労働組合の傘に守られず、価格転換をすることもできず、独自の技術力も無いため、コストダウンか取引終了の二者択一しか選べないような中小企業が、最終的なしわ寄せを被らざるを得ない立場に置かれているのだ。

少し話は逸れるかもしれないが、自動車に関連して別の例を挙げるならば、大手損保会社が展開している24時間ロードサービスを思い浮かべて欲しい。大手損保会社のCMでは、「24時間サポートします!」などと心地の良いことを言っているが、実際に現場で対応しているのは損保会社から業務を請け負っている中小のレッカー会社だ。

事故が発生したらすぐに出動しなければならないので、常に労働者を待機させておかなければならないが、労働法上、その時間は全て賃金が発生する「手待ち時間」である。一方、損保会社からの売上は、対応した件数に応じての歩合という契約が多いようなので、人件費と売上が必ずしも比例する訳ではない。この構図がサービス残業問題の温床になっているのだ。そのため、ロードサービスを請負っているレッカー会社の労働問題は深刻なものになりやすい。サービス残業をさせている経営者を責めるのは簡単だが、ここにも、末端の中小企業がしわ寄せを受けているという構図が見て取れるのである。

結び

日本全体が経済成長していた時期であれば、大企業から零細企業まで、程度の差は違えど、恩恵を受けることができた。しかし、我が国が成熟期を迎えた現在は、限られたパイの中での利益の奪い合いである。

大企業の繁栄の下には中小企業の血と汗と涙が流れていて、トヨタ自動車235万円の一時金の要求の影には、その金額くらいの年収で頑張っている中小企業の労働者がいることを忘れてはならない。

このような中小企業の労働者が豊かさを感じられるようになったときにこそ、真に景気が回復したと言えるのではないだろうか。

《参考記事》
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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵

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