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私は日本人として生まれ、日本人として働き、日本国の社会保険労務士として日本の労働法を扱っている。だから、日本の労働法が当然のものだと思っていたのだが、近年のグローバル化の波の中で、海外の様々な国の労働法に触れるに従い、「あれ?日本の労働法って意外とショボいな。」と思うようになってきた。その理由を、具体例を挙げながら本稿では紹介していきたい。

リストラ部屋を許さない英国の労働法

例えば、まずは英国の労働法を見てみよう。私が感心したのは、「Constructive Dismissal」という法的概念だ。意訳するならば「使用者からの働きかけによる推定的解雇」という意味であろうか。

具体的な場面で言えば、使用者による一方的な業務内容の変更が行われた場合や、使用者によるセクハラ、パワハラなど、雇用契約の誠実義務に違反があったことを原因として労働者が退職を申し出た場合には、たとえ労働者が退職届を出したとしても、法的には自己都合退職とはならず、使用者から解雇があったものと同視するという考え方である。

日本で行われている「リストラ部屋送り」のような、明らかな嫌がらせを伴う配転による退職勧奨は、英国においては、この「Constructive Dismissal」によって、不当解雇とみなされるであろうし、セクハラやパワハラから身を守るためにやむをえず退職届を出したような場合も、英国では解雇案件として扱ってもらえるのだ。

そのかわり、英国法では「業務量の減少によりポジションが無くなったことによる解雇」や「能力不足による解雇」を真正面から認めている。このような扱いのほうが、リストラ部屋でネチネチいじめるよりも、断然合理的かつフェアなのではないだろうか。

人件費と利益のバランスを取るメキシコの労働法

新興国の労働法にも「おっ!」と思わされる制度がある。例えばメキシコの労働法だ。メキシコの労働法には、「PTU」(労働者利益分配金)という制度があり、これは、会社の当期利益の10%をボーナスとして労働者へ分配しなければならないというものである。

会社の利益と労働者の人件費は表裏一体の関係にあるので、人件費をカットすれば利益は増加する。また、労働者が努力をして生産性が向上すれば残業代が減少し、これも会社の利益向上に貢献するはずである。そのような考え方に基づき、会社に残った利益の一部は労働者に還元すべきだ、という制度がPTUなのである。使用者の利益と労働者の利益のバランスを取るという観点からは、なかなか美しい仕組みではないだろうか。このような発想は日本の労働法には全く無い。

以前、メキシコ人弁護士から聞いた話によると、実務上はPTUを回避するため、コストセンターとなる人材派遣会社を事業会社とは別に設立し、従業員を人材派遣会社から事業会社へ派遣するというスキームが用いられることが多いとのことであった。

しかしながら、2012年の労働法改正で、このような抜け道を塞ぐため、「人材派遣会社と事業会社が同一視できるものである場合、事業会社は人材派遣会社の労働者に対して連帯責任を負わなければならない」という趣旨の規定が盛り込まれ、人材派遣会社を利用したPTU回避のスキームには「待った」がかけられている。このように、新興国であっても労働者の権利保護を決してないがしろにはしていないのである。

過労死対策に力を入れる中国の労働法

残業規制においては、中国の労働法に見習うべきところがある。現在の中国の労働法においては、残業時間の上限が法律で厳格に定められていることに注目したい。36協定を結び、特別条項を入れれば、理論上は残業時間が青天井の日本とは大違いである。

具体的に説明すると、中国では1日の法定労働時間の上限は8時間で、これは日本と同じであるが、1日の残業時間は原則として1時間までとされている。特別の事情がある場合は、1日につき3時間まで残業をさせることができるが、その場合には「労働者の健康を確保すること」という条件が付されている。さらに、1ヶ月の残業時間は36時間を超えてはならないという、月単位での規制も明確になっているのだ。

(中国に限らず、ベトナムも1日の残業時間の上限は4時間としているし、タイでは2時間以上の残業に入る前に20分の休憩を義務付けている等、労働者の保護に配慮している)

その他にも、中国の労働法には日本よりもきめ細かい配慮があり、例えば産前産後休暇については、難産だったり高齢出産だったりした場合には通常の産前産後休暇よりも多くの日数が付与されるなど、個々の事情に合わせた気の効いた規定になっていることは注目に値する。

確かに、アップルの中国における製造受託会社が労働基準法違反を行っているとしてニュースで大きく取り上げられたように、実際に労働法が守られているかどうかは別問題であるが(これは日本も同じ)、立法論としては日本よりも進んでいる部分も少なくないのではないだろうか。

我が国の労働法の改正の方向性

私は実際に欧州の会社を見学したことがあるのだが、労働時間の管理が厳格に行われていることに驚いた。所定労働時間が経過したら、皆当然のようにタイムカードを切って退社している。スペインではシエスタもしっかり取っている。(但し、スペインの会社は午後が15時~20時とか、終業時刻も遅いので労働時間自体が極端に短い訳ではない)。確かに、幹部社員はハードワークだが、一般の労働者がサービス残業を行っているのは見たことがない。それでいて、フォルクスワーゲンやジャガー・ランドローバーはトヨタやホンダと同等か、それ以上の収益を叩き出しているのだから、たいしたものである。(この点の詳細は、「バカンスの取得が日本を元気にするって本当!?」を合わせてお読みいただきたい)

また、会社側からしたら喜ばしいことではないが、諸外国の労働者は自分の権利が侵害されたと考えた場合、臆することなく裁判など法的な場で主張を展開している。例えば、ドイツの労働裁判所は年に60万件ほどの紛争を処理している。同様にフランスの労働裁判所は年に20万件ほどである。これに対し、日本で労働審判が利用されているのは、年にわずか3,000件程度に過ぎない。訴訟件数が多ければ良いというものではないが、諸外国では労働者が権利意識をしっかりと持っていることが、労使間に良い意味での緊張感をもたらし、サービス残業など起こりえない労働環境を作り出しているのではないだろうか。

そろそろ、我々日本人も、「長時間働くことが美学」とか「有給は病気と冠婚葬祭以外で取るものではない」とか「会社のために滅私奉公」とか、そういうマッチョな労働文化から卒業し、グローバルスタンダードを目指そうではないか。リストラや賃金カットで労働者が痩せ細るのもそろそろ我慢の限界であろう。リストラ部屋で非生産的な我慢比べを行うのも、世界の非常識である。

労働者が安心して気持ちよく働きことができる環境があってこそ、次世代のビジネスにつながる良いアイデアも生まれてくるのではないだろうか。産業のソフト化が進んでいる現代はなおさら、力技よりもアイデアが重要である。我が国において、今後の国際的な産業の競争力を育てるための布石としても、本当の意味で労働者を守り、また、ワークライフバランスに資するような形での労働法の改正(進化)が望まれるのではないだろうか。

《参考記事》
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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵


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