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昨日(4/29)付の毎日新聞の報道によると、福岡労働局が2012年7月に、翌春に高校卒業予定の就職希望者に関し「てんかんの生徒は主治医の意見書をハローワークに提出」するよう各高校に文書で依頼していたことが分かった、とのことである。

厚生労働省は福岡労働局の上記対応について遺憾を示し、指導を行ったというが、私は、確かにプライバシーへの配慮不足等、開示要請の行い方に問題はあったものの、福岡労働局がてんかんの開示要請を行ったこと自体は間違っておらず、むしろ指導を行った厚生労働省のほうが、現場感覚が不足しているのではないかと感じずにはいられなかった。そこで、私の考えを本稿にまとめてみることとした。

事業主の使用者責任は重い

福岡労働局がこのような対応をとった背景には事業主側からの要望があったとのことだが、この点、従業員を雇用している事業主には、民法上の「使用者責任」が発生するということを考えなければならない。てんかん患者が発作によって発生させてしまった事故で記憶に新しいのは、2011年4月18日の「鹿沼市クレーン車暴走事故」と2012年4月12日の「京都祇園軽ワゴン車暴走事故」である。どちらの事故も、てんかんの発作により自動車を暴走させ、多数の死傷者を出してしまったという悲惨な事故であった。

これらの事故の裁判は既に結審しているが、民事裁判においては両事故ともに、事業主にも多額の損害賠償責任が認定さられているのだ。その金額は、「鹿沼市クレーン車暴走事故」では1億2500万円、「京都祇園軽ワゴン車暴走事故」では5200万円である。

このように、てんかんの発作によって業務上の事故が起こってしまうと、事業主も億単位の損害賠償責任を負ってしまうリスクがあるのだ。さらには、直接的な損害賠償ではなく、社会的制裁として客先からの取引打ち切りや、今後の経営を懸念しての金融機関からの融資引上げも起こりうる。このように、いちど重大な事故が発生すると、会社の存続に関わる問題に発展しかねないのだ。事業主だけでなく、その会社で働く従業員やその家族の生活にも深刻な影響が生じることは不可避である。

したがって、「会社と従業員の生活を守らなければならない」という事業主の使命感から、てんかんの調査を労働局に求めたことに対して、私は理解することができる。

なお、事業主の負う使用者責任については、「会社は使用者責任のリスクにどのように備えるべきか」も合わせて参照されたい。

事故の防止という社会的ニーズ

また、事故の防止のためにも、今回福岡労働局が行った一斉調査のようなやり方には問題があるが、プライバシーに配慮した形で、てんかんの申告自体は必要なのではないだろうか。

「鹿沼市クレーン車暴走事故」の場合、クレーン車の運転手は事業主にてんかんの持病を申告しておらず、てんかんの内服薬の服用を怠ったことが事故の要因であったことが立証されている。もし、事業主が運転手にてんかんの障害があることを知っていれば、そもそも運転業務に配属しなかったかもしれないし、仮に運転させるにせよ、乗務前に「ちゃんと薬は飲んだよな!」とチェックをすることで、未然に事故を防ぐことができたかもしれない。同様に、「京都祇園軽ワゴン車暴走事故」でも、事業主は運転手がてんかんの症状を持っていることを把握していなかったようだ。

このように、事業主が労働者がてんかんを持っていることや、その症状を認識していなかったことが事故の発生につながっていることは間違いない。だからこそ、事業主が業務上の安全配慮義務を全うするためにも、むしろ「てんかんの有無」は労務管理上知っておかなければならない情報、という考え方もできるのではないだろうか。

雇用のミスマッチ防止は本人のため

さらには、雇用のミスマッチを防ぐという意味でも、てんかんの症状の開示は有効性があると考える。

てんかんに限ったことではないが、障害者雇用促進法では障害者の雇用を法的に義務付けているのは、従業員数50名以上の企業である。従業員数の少ない中小企業では現実的な経営体力から、充分に障害者に配慮した労働環境を提供することは負担が大きいであろうと配慮し、このような法制度になっているのだ。もし、障害を持っている方がそれを隠して採用されたとしても、自分にできること以上のことを求められ、結果的に自分が苦しむことになってしまうのではないだろうか。とくに、てんかんの場合は心身のストレスも発作の原因になるので、てんかんを隠しながら無理に働くことで、病状を悪化させてしまう恐れもある。

また、職種の選択においても、本人の希望を充分に尊重した上であるが、てんかん患者にとって重大な事故を発生させるリスクがより低い仕事を紹介するといったような、職業紹介上の配慮も可能になるのではないだろうか。例えば、運送業の会社と出版業の会社があり、本人がどちらでも良いというのであれば出版業の会社を紹介する、といったような対応である。

結び

私が思うに、「てんかんを開示すべきか否か」自体は問題の一端に過ぎない。本質的に重要なのは、てんかんを社会的に正しく理解し、共有することである。

てんかんを持っている方も、生活の糧を得るためには働かなければならないから、社会的理解が得られなければ、てんかんを隠してでも職を得ようとすることは、法的にはともかく、人道的には責められない。しかしながら、その結果大事故が起これば、労使お互いはもちろん、事故に巻き込まれた第三者の方々をも不幸にしてしまう。

だからこそ、てんかんを持つ方が、その症状を臆することなく開示することができ、周囲の協力・理解を得ながら安心して働けるような社会を作り上げていかなければならないのだ。そのような土壌を作るために必要なのは、法制度の整備に加え、教育や啓蒙の力である。私自身も、いち社会保険労務士として、自分にできることは取り組んでいきたいと考えてやまない。

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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵

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