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目下話題になっているホワイトカラーに対する残業代ゼロ法案(ホワイトカラー・エグゼンプション)であるが、私は基本的に、「反対」の立場である。なぜ反対するかを、以下3つの理由にまとめ、説明したい。

なお、論旨が明確になるよう、「欧米企業はこう」「日本企業はこう」と、ややステレオタイプ化して説明している箇所があることは、予めご了承頂きたい。

個人の仕事の範囲の曖昧さ

第1の理由は、日本企業では個人の仕事の範囲がはっきりしていない、ということである。

ホワイトカラー・エグゼンプションの導入で先行する欧米企業では、一般的に、雇用契約を結ぶ際、「ジョブ・デスクリプション(職務記述書)」を交付され、社員は自分の仕事の範囲が明確になる。したがって、自分に与えられた仕事が定時内で終わらなかったらば、それは自分の能力や効率の問題なので、残業代がゼロになってもやむを得ない、という考え方は成り立ちやすい。

逆に、自分の仕事さえしっかりと定時内に終わらせれば、同僚の仕事が終わっていなかったとしても、特別な状況でない限りは、自分は帰宅することができ、また、社会的にも、それが当然だと考えられている。

このように、欧米では、仕事における個人の責任範囲が明確だから、残業代ゼロ法案も、社会的納得を持って受け入れられるのだ。

これに対して、多くの日本企業では、「部」や「課」といった組織単位では職務の範囲が明らかになっているが、社員1人1人の職務内容までは通常明確になっていない。すなわち、「チームで仕事をしている」というのが日本企業の労働慣習ということである。

一般的に言われている「日本企業は定時で帰りにくい」という雰囲気もここに起因していて、まだ仕事をしている同僚がいる中で退社しようとすると、「お先に失礼します。」の前に「何か手伝うことはありませんか?」だろ!と、説教をする管理職も少なくない。

そういう職場環境であるから、個人がいくら頑張って早く帰ろうとしても、チームの誰かの仕事が終わっていなければ、結局は帰ることができないので、日本企業においては、残業代ゼロ法案が目指しているような、「残業代が出ないのならば定時内で頑張って早く帰ろう。」というインセンティブには結びつかないのではないかと私は懸念しているのだ。

「できる人」への負担集中

反対する第2の理由は、「できる人」が無償で多大な負荷を背負う結果になる恐れである。

我が国においては解雇規制が大変厳しく、能力やアウトプットが不足する従業員であっても簡単に解雇することはできない。

第1の理由で述べたよう、日本企業ではチーム単位で仕事をしているで、チームの中にはどうしても、「仕事ができない人」や「仕事をしない人」が混じってしまう。

欧米企業であれば表面的にはチームで仕事をしていたとしても、そのチーム内で個人の仕事の範囲と責任が明確になっているし、日本ほど解雇規制が厳しくないので、パフォーマンスが明らかに劣る社員は速やかに解雇される。しかし、日本企業では、チームが責任の単位なので、個人の責任が明らかになりにくい。

ひどい会社であると、入社1年目2年目の社員は必死で頑張っているのに、ベテラン社員は後輩に仕事を押し付けて1時間もタバコをふかしたまま喫煙室で雑談に興じ、それがまかり通っている、という話を聞いたこともある。

「チーム」という隠れ蓑の中で、「仕事ができない人」や「仕事をしない人」の存在が許されてしまっている結果、その尻拭いを、真面目な社員がさせられている、という構図である。例えば、ある課に5人の課員がいれば会社は5人分相当の仕事を与えるわけだが、5人のうち2人が使い物にならなければ、残った3人が1.3人分以上の仕事をしてフォローしなければならないのだ。

日本企業で残業代ゼロ法案が導入されたら、会社の中で最も弱い立場の若手社員が、人一倍頑張っているにも関わらず、残業代ゼロで酷使されるような結果にならないだろうか。そして、そのような奴隷的状況が、「若手社員は何でもやってみるべき」とか「仕事は積極的にやるものだ」という耳あたりのよい言葉で美談化されてしまうことを私は危惧している。

部下のマネージメントの問題

反対する第3の理由は、我が国におけるプロのマネージャーの少なさである。

本来、部長や課長といったマネージャーは、部や課の仕事をリストアップして部下に割り振り、割り振った仕事をそれぞれの部下がきちんと進めているかを進捗管理しなければならない。仕事をしない部下を指導したり、仕事ができない部下を教育したり、場合によっては排除したりするのが、本来のマネージャーの仕事だ。

しかし、日本企業の場合は、管理職も部下といっしょに実務にどっぷり漬かっているケースが多い。

私は過去にはグローバル企業に勤務し、海外出張をしたり、海外企業と一緒に仕事をしたりした経験もあるが、その時の実感も踏まえると、一般論としてであるが、日本企業は欧米企業に比べ、管理職の「マネージャー」としての機能が弱いという気がしてならない。

つまり、少なからずの日本企業では、マネージャーは自分自身の抱えている実務が忙しすぎて、部下1人1人の仕事を管理したり、教育をしたりする余裕がなく、どうしても場当たりな仕事の割り振りになってしまい、チームとして目先の結果を出すために、意識的にせよ、無意識的にせよ、できる人にばかり仕事を振ってしまいがちなのだ。

これを社員側から見ると、できる人は、手元の仕事を早く終わらせても、次から次に仕事が降ってきて、創意工夫をして早く仕事を終わらせたのに、それが「凄いね!」という評価ではなく「手が空いてそうだね。」とか「暇そうだね。」という評価になってしまい、不条理さを感じてしまうのである。

そのようなモヤモヤが心にある中、残業代まで0になってしまったら、どんなにできる人であっても、さすがに心が折れてしまうのでないだろうか。

総括

ここまで述べてきたことをまとめると、個人単位で「仕事」が割り振られておらず、マネージャーが1人1人の部下の仕事を具体的に管理できていない日本企業の労働環境のもと、残業代ゼロ法案を導入しても、真面目な社員ほど辛酸を舐める結果になるだけだ。

残業代ゼロ法案を本気で導入したいのならば、我が国の労働慣習の変化を促したり、法的には解雇規制を緩和したり、といったように、もっと全体感で物事を考えなければならないのである。

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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵


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