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5/31のヤフートップに「ワタミ 労働環境の改善に本腰」というヘッドラインが流れ、記事本文には、労働環境の改善に向けたトップの決意が語られていた。

従来は1店舗平均1.86人と少なかった社員数は今年度末に同2.2人まで増え、一人当たりの負担が軽くなるという。店長ポストが減ることで、社員のモチベーション低下という副作用も懸念されるが、桑原豊社長は「今年度の重点目標は、まず第一に労働環境の改善だ」と決意を語る。(2014/5/31付 産経新聞)


■ワタミの労働時間は合法
ワタミがまず改善を検討しなければならないのは長時間労働の職場環境であろう。

大手新卒就職サイト上に掲載されているワタミの新入社員のモデル賃金には、45時間の時間外労働が想定されていた。

月45時間もの時間外労働を当然の前提に考えているとは、やはりブラック企業だ、という印象を持つ方も少なくないであろう。しかし、この点、厚生労働省の告示では、36協定で締結できる時間外労働の上限は、月45時間まで、年360時間までとしている。したがって、月45時間の時間外労働に違法性はない。

また、実際の時間外労働が年末年始などの繁忙期に月45時間を上回ったり、年ベースで360時間を上回ったりする場合であっても、36協定に「特別条項」というものを入れておけば、一定の条件のもと、月45時間、年360時間を超えて時間外労働を行わせても良いということになっている。そして、特別条項を結んだ場合、延長できる労働時間の上限には規制がないので、事実上、青天井なのである。

すなわち、ワタミは特別条項付の36協定を締結していれば、その枠内で時間外労働を命じている限り、いくら長時間労働をさせても法律違反とはならないのである。

では、その長時間労働はまったく問題がないと言えるのだろうか。

■過労死ガイドライン
この点、厚生労働省は、過労死の危険性があるガイドラインについて次のように定めている。

①発症前1ヶ月ないし6ヶ月にわたって、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど業務と発症との関連性が徐々に強まる

②発症前1ヶ月間におおむね100時間または発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる
                              (基発第1063号 平成13年12月12日)


このように、時間外労働が36協定の原則の基準である月45時間を超えると、過労死のリスクが高まることを厚生労働省は認識しているのだ。

ワタミのモデル残業時間は、合法ではあるが、①のラインに限りなく接近しているのである。

多くの方は、ここで、何かがおかしいことに気がつくであろう。

■36協定と過労死ラインの矛盾
すなわち、特別条項を用いれば、過労死ラインを上回る36協定を結ぶことが法的に可能であり、実際に多くの企業が特別条項付の36協定を締結しているということだ。これは、ワタミを含め、企業側が悪いというよりも、むしろ法的な不備ではないだろうか。

企業は、営利社団法人であるから、法的に認められたルールの中でできるだけ人件費を減らすような行動を取るのは、経営として間違っていはいないので、労働者の福祉のために、法律等によってそれに歯止めをかけなければならないのは行政の役割である。

働く側にしてみれば、36協定を結んだ以上、過労死ラインを超える時間外労働を命じられても、正当な理由がなければ労働者はこれを拒否することはできない。疲労が蓄積していれば、正当な理由となるであろうが、職場の雰囲気や責任感から、なかなか時間外労働の拒否をすることは難しいであろう。

その結果、無理がたたって労働者が倒れたら、労災と認定されたり、企業が安全配慮義務違反で損害賠償を負うこともあろうが、倒れるまではある意味、労働者の自己責任なのだ。

本来であれば、倒れることを防ぐよう、そのような過酷な労働を法的に禁止すべきである。

この点、例えば、ドイツでは管理職でない社員を1日10時間以上働かせることは禁止されているし、勤務と勤務の間は11時間空けなければならないなど、労働者の健康を守るためのルールが整備されている。しかし、日本には運送業など一部の業種を除き、このような規制は存在しない。

このように、日本の時間外労働規制のほうが、諸外国とくらべると「ザル法」なのであるから、ワタミは、過労死を出さないような職場環境に改善していきたいと考えるならば、36協定で許されるならばどこまでも残業をさせる、ということではなく、過労死ラインの労働時間を意識し、これを超えないように自主的に配慮をしていくべきだ。

■時間外労働と給与総額
もう1点、ワタミに改善が必要だと思われるのは、やはり賃金の底上げであろう。

大手新卒就職サイトに記載されたワタミのモデル給与は、242,326円と示されていた。大卒の新入社員の初任給としては、一見、恵まれた支給額に見える。

ところが、詳しく見てみると、このモデル給与の中には、時間外手当52,326円と深夜手当30,000円が組み込まれており、本当の基本給は160,000円なのである。1ヶ月の所定労働時間で除して時間当たりの賃金を計算すると、930円である。これは、東京都でいえば最低賃金の869円を61円上回るに過ぎない。

同就職サイトに掲載されている他の多くの企業は、基本給だけでモデル給与を示しているが、ワタミに関しては、時間外手当や深夜手当も含めてモデル賃金を示されている。つまり、1対1の比較になっていないということだ。

業界によって給与水準は異なるので、横比較するのは不公平かもしれないが、ワタミを含め、外食産業の会社は、基本給が相対的に見劣りし、基本給を見せただけでは就職サイトの中で求職者の目をひくことが難しいので、上記のようなモデル給与の見せ方をするのは必要悪なのかもしれない。

とはいえ、今すぐには難しいことであるが、ありたい姿としては、本当に選んでもらえる会社になるためには、基本給だけ見せて、学生も納得する会社にしていかなければならないということであろう。

この点、逆に、求職する側の立場の人は、賃金欄を見るときは、支給総額だけではなく、その総額がどのような内訳になっているのかも、忘れずに確認をしてほしい。

■結び
ワタミを含め、外食産業は厳しい競争にさらされている。平成25年度の決算ではワタミはついに赤字転落をしてしまった。生き残るために社内は必死であろう。

外食産業は既に成熟の域に達しているので、売上が伸びない以上、人件費を含めた費用側をさらに削るという経営判断が出てもおかしくないのである。しかし、そのような状況の中、ワタミは労働条件を改善して従業員満足度を高め、その原資は客単価の高い新店舗の開発などによってまかなうという、積極策に打って出たのだ。

私は、これを勇気ある決断として評価し、見守っていきたい。自分で指摘しておいて言うのもなんだが、タイトルのような悪評を吹き飛ばすためにも、是非とも頑張っていただきたいものだ。

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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵

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