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来年の国会で審議されるホワイトカラーエグゼンプション(残業代ゼロ法案)において、その対象者は「少なくとも年収1000万円以上」の労働者とすることに閣僚間で合意がなされた、というニュースが流れた。

そんな高い年収はもらっていないので私には関係ないな、と胸をなで下ろした方も少なくないであろう。

■「残業代ゼロ法案」は将来、適用範囲が拡大される?
だが、懸念されるのは、とりあえず1000万円でスタートしても、それが700万円、500万円と、徐々に適用範囲が拡大されていくことである。

過去の例を振り返っても、人材派遣に関する規制は、最初は高い専門性を持つ業種に限り、限定的に解禁でスタートしたのが、今や港湾労働などごく一部を除き、ほとんど全業種にわたり解禁されている。是非はともかくとして、工場のライン作業者まで派遣労働が解禁されているのが現状だ。

消費税だって最初は3%だったのが、5%、8%とアップし、10%までアップするのはもはや規定路線になっている。

このように、一度導入された制度は拡大されていく可能性が極めて高いということを我々は警戒しなければならない。ホワイトカラーエグゼンプションの対象範囲もまた然りである。

それでは、ホワイトカラーエグゼンプションの対象となる年収が引き下げられていく前に、立場の弱い労働者を守るためにはどのような手を打てば良いのかについて、私は3つの提案をしたい。

■職種で厳格に縛りをかける
1つ目の提案は、対象となる「職種」についての縛りを厳格化することである。

この点、アメリカのホワイトカラーエクゼンプション制度を見てみると、週給455ドル以上が対象となっており、日本円にして週給5万円弱であるから、月収にして20万円程度、年収では300万円にも満たない。年収要件については、実はかなりハードルが低いのだ。

では、アメリカのホワイトカラーエグゼンプションが低所得者にも広く適用され、搾取がなされているかというと、決してそのようなことはない。アメリカの場合、対象となる職種が厳格に決められ、むしろ職種による規制が事実上のガイドラインとなっていることに着目したい。

アメリカのホワイトカラーエグゼンプションは、①管理職、②基幹事務職、③専門職の3つのカテゴリーに分かれている。

例えば、①の管理職のカテゴリーの場合であれば、「部下が2人以上いること」「プレイングマネージャーの場合は、マネージメントの仕事が80%以上であること」などの要件に該当することが求められている。

また、②の基幹事務職にしても、例えば「経理」の仕事は大括りとしては対象職種となっているが、「自由裁量」や「独立した判断」がプラスアルファの要件とされている。その結果、伝票を仕分けたり請求書を作成したりというような、ルーティーンワークの労働者までがホワイトカラーエグゼンプションに取り込まれないよう、縛りがかけられているのだ。

このように、年収要件にばかり目を向けず、適用される対象者の範囲を厳格に絞り込むことで、我が国においても、ホワイトカラーエグゼンプションが実質的には自己裁量の余地がない職種にまで拡大適用されるのを防ぐことができるであろう。

上記のような職種による絞込みがされないまま、将来、ホワイトカラーエグゼンプションの年収要件が引き下げられてしまったら、多くの労働者にとって、その結果は単なるサービス残業の合法化に過ぎないものとなるであろう。

■労働者の権利意識を高める
2つ目の提案は、労働者が権利意識を持ち、それを行使できるような風潮を世論として作り上げていくことである。

ホワイトカラーエグゼンプションを導入する場合には、総労働時間や休日の最低基準を設けたりすることも検討されているようだが、実態としてサービス残業が蔓延している我が国において、基準が守られる保障はない。

サービス残業と同じ構図で、ホワイトカラーエグゼンプションで定められた総労働時間の上限をオーバーしそうになったら、その時間はカウントされず、闇に葬られてしまうことになりかねないのではないだろうか。そして、労働者側も「会社がそうするのだったら仕方ないよね」と、声を上げない(上げられない)状態に陥ってしまう。

この点、定量的に論ずるならば、2006年4月に、迅速な労働トラブルの解決を図るために労働審判制度が導入されたが、せっかく便利な制度が導入されたにも関わらず、年間の利用件数は3,000件程度に留まっている(通常訴訟を合わせても1万件に満たない)。

一方で、匿名を含めた労働局の窓口への総合労働相談件数は平成25年まで6年連続で100万件を越えているのだ。大雑把な算数にはなるが、相談件数の100分の1未満しか法的解決が図られないというのは、それだけ我慢や泣き寝入りをしている労働者が多いということであろう。

このような状態のまま、低年収者層にまでホワイトカラーエグゼンプションが拡大適用されるようになったら、まさに死活問題である。

この点、海外に目を向けると、例えば、ドイツの労働裁判所は年に60万件ほどの紛争を処理している。同様にフランスの労働裁判所は年に20万件ほどである。人口比で考えても、多くの労働トラブルがきちんと法的に解決されていることを読み取ることができる。訴訟件数が多ければ良いというものではないが、諸外国では労働者が権利意識をしっかりと持っていることが、労使間に良い意味での緊張感をもたらし、サービス残業などが放置されない労働環境を作り出しているのではないだろうか。

我が国においても、労働条件で法的におかしなことがあれば、堂々と訴え出ることができ、それを後押しするような世論を作っていくべきである。

「労働局のあっせん」「少額訴訟」「労働審判」など、すでに我が国も制度としては整っているのだから、「宝の持ち腐れ」はやめようではないか。

■雇用契約で職務範囲を明確化する
3つ目の提案は、きちんとした「雇用契約」を結ぶ労働文化の醸成だ。

欧米の企業であれば、契約によって責任を負うべき仕事の範囲が決まっているから、自分の仕事が終わったら堂々と帰ることができる。しかし、日本のように1人1人の仕事の範囲が決まっていなければ、自分の所属する部や課で仕事の終わっていない人がいたら、自分だけ退社することは事実上難しい。

外資系で勤務した経験がある方からは、「職務が細かく決まっているせいで、誰も拾い上げずにこぼれ落ちてしまう仕事が、どうしても生じてしまうという短所はあった。」という話を聞いたことがある。

しかし、その短所があったとしても、ホワイトカラーエグゼンプションを導入するならば、短所には目をつぶり、1人1人の仕事の範囲をはっきりさせることは必要不可欠であろう。

そうしなければ、「部署の仕事は全部自分の仕事だと思え。」とか「やる気があるならば他の人の仕事も手伝うべきだ。」とか、適当な理屈で言いくるめられ、残業代ゼロでいくらでも働かされてしまうからだ。

要は、組合せの問題である。「残業代ゼロ法案」と「職務範囲があいまいな職場」は労働者にとっては最悪の組合せで、洗剤でいえば「混ぜるな、キケン!」ということなのである。

したがって、少なくともホワイトカラーエグゼンプションの対象となる労働者に対しては、「書面で雇用契約を結び、職務範囲を客観的に明確にすること」というような要件を、法的に付すようにすべきではないだろうか。

■総括
ホワイトカラーエグゼンプションの対象は、ひとまずは1000万円以上ということになったが、対象となる年収が引き下げられていく前に、職種での絞り込みや、労働文化の変革などを進めていかなければならない。

それができないまま、ホワイトからエグゼンプションだけが一人歩きをしてしまうと、評判通りの「過労死法案」となってしまうのではないかと懸念してやまない。

《参考記事》
社労士流 パワハラ上司の撃退術
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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵


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