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先日、板前をしているという個人のお客様から労働条件について相談を受けた。

ランチ営業があるので朝10時には出勤しているが、夜の営業が終わって片づけをしていると明け方の2時、3時になってしまうので、寝る時間も満足に取れない。だが、自分はまだ修行中の身だし、職人の世界なので仕方ないのだろうか、という相談であった。

■職人の世界と労働基準法
ここで私がひっかかったのは「職人の世界」という言葉だ。

料理、大工、工芸といった世界では、確かに通常の会社にサラリーマンとして勤務するのとは違った慣習やルールがあるというのは私も想像がつく。

だが、我が国の労働基準法は、決して「職人の世界」を特別扱いはしていない。

まず、労働基準法第9条では、「労働者」を定義しているが、「職業の種類を問わず」「使用される者」は「労働者」であると言っているので、職人も労働基準法上の労働者に含まれることは明らかだ。

(労働基準法第9条)
この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。


また、同法は、第69条1項で、徒弟制度による酷使も明確に否定している。

(労働基準法第69条1項)
使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の習得を目的とする者であることを理由として、労働者を酷使してはならない。


■職人の方自身が気付いていない
しかしながら、これまで私は何人かの職人の世界で働く人と話をしたことがあるが、残念なことに、当事者の職人の方たちが、自分たちが労働基準法に守られているのだということを知らないことのほうが多いようだ。

もちろん、「早く一人前になるために、厳しくても働きたい」とか「まだまだ自分の腕は未熟なので、賃金を受け取るのはプライドが許さない」とか、職人気質ならではの考え方もあると思う。

だが、私が懸念するのは、勤務する店舗によっては、そういった職人気質のまっすぐな気持ちを逆手にとって、使用者から都合のいいように酷使されてしまわないかということだ。

■修行の厳しさと労働条件の厳しさは別物だ
確かに、職人の世界においては厳しさがなければ技術は身につかないのであろうから、パワハラなどは一般の会社よりも多少は緩やかに認められてもよいのかもしれない(暴力はもちろん問題外だが、多少の言葉遣いの荒っぽさや指導の厳しさは容認されるという意味において)。

しかし、労働時間や賃金、社会保険といった、働く上での基本となる部分は、職人の世界だからといって、決しておろそかにされてはならない。

今回相談を頂いた方についても、社会保険はおろか、労災保険や雇用保険にも加入しておらず、毎日寝る間もないほど長時間労働をしていても、時間外手当はたったの2万円ということであった。

これでは、本人が過労で倒れても何も保障を受けられない恐れがあるし、見切りをつけて退職したとしても、次の仕事を探すまでの間、失業手当が受給できない。だから、辞めるに辞められず、やむなく今の職場にしがみ付いているという悪循環も生じているようだ。

私は職人の世界に入ったことはないので、職人として一人前になることがどれくらい厳しいのかは正直分からない。だが、社会保険労務士として言いたいのは、修行の厳しさと労働条件の厳しさは別問題であるということである。職人の世界であっても、労働基準法が遵守されることは必要なのだ。

職人の世界で働く方々は、自分の身を守るためにも、労働基準法や社会保険について、基本的な部分だけでも是非、学んでいただきたい。気持ちよく、安心して働くことができてこそ、自分が持つ技術を存分に発揮できるのではないだろうか。

■親方にも是非考えていただきたい
逆に、職人の世界で親方的な立場の方も、ぜひ社会保険労務士に相談をしてほしい。職人の世界の実情に沿った形で、合法的な職場環境を作るお手伝いをさせていただけると思う。

たとえば、労働時間であれば「このラインを超えたら過労死の危険性がある」という上限を定めた上で、上限の範囲内であれば時間外手当は固定給の中に含まれるという扱いができるし、また、飲食関係の事業であれば、会社組織を個人事業に改組すれば社会保険を適用除外とすることができるので、まずは労災保険と雇用保険にだけはきちんと加入するという対応も可能である。

一気に全てをクリアにすることは難しいかもしれないが、次世代に技術を受け継ぐ若者が、安心して職人の世界に飛び込めるようにするためにも、職人の世界の労働条件を、労働基準法に沿った形で、しっかりと整備していくべきであると私は思う。

《参考記事》
■「クラウドママ」を普及させて、働く女性が子育てをしやすい国にしよう! 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41752066-20141106.html
■「引継ぎはしっかり、有給消化はきっちり」が、独立成功の第一歩だ。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41768044-20141107.html
■日テレ内定取り消しの笹崎さんに必要なのは「指原力」だ 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41885958-20141114.html
■第46回(平成26年度)社会保険労務士試験 合格基準についての所感 榊 裕葵 
http://seep-jp.com/seeplink/blog/2014/11/08/post-362/
■IT学習をうまく活用するための心構え 齋藤浩史
http://seep-jp.com/seeplink/blog/2014/11/16/post-425/

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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