資本論SCOL用

書店に行くと、「マルクス」「資本論」関係の書籍が数多く並んでいます。それも、経済学の専門書コーナーばかりではなく、一般書やビジネス書などのコーナーに積まれていることも珍しくありません。しかも、いわゆるマルクス主義経済学者ではない立場の人、たとえば池上彰さんなどが書かれて本がたくさんあります。

二十数年前、ベルリンの壁が壊され、ソビエト連邦が崩壊したころは、マルクスは絶滅危惧種でした。
「マルクスは時代遅れ、資本論など読む価値なし」
と言われていましたが、いつのまにか時代は変わってきています。

なぜ、『資本論』が注目を浴びるのでしょうか。『資本論』を読むとなにか得することがあるのでしょうか。

■誰が『資本論』を読んできたのか
『資本論』といえば労働者階級に向けて書かれた本というイメージがあると思います。しかし、本当にそうでしょうか。マルクスの他の著作、たとえば『共産党宣言』などはあきらかに労働者に向けて書かれていますが、『資本論』はそうとは言い切れないと思います。

なぜなら、当時の労働者階級の人々が読むにしては内容が難しすぎるからです。資本論を読んだことのない人は、試みに『資本論』を開いてみてください。翻訳の問題もあるにせよ、非常に難解なことがわかります。

マルクス本人の意図はともかくとして、結果的に労働者階級の人々では読みこなすことはできませんでした。では、誰が読んだのでしょうか。それは広い意味での「資本家層(エリート官僚や政治家を含む)」だったのです。

彼らは『資本論』を読んでどう考えたのか。おそらくはこういうことです。

「どうもマルクスが言っていることは正しいらしい。このままいくと、資本主義社会は崩壊して、社会は大混乱になり、自分たちはいまの地位から没落する。」

そう考えた彼らは、資本主義を存続させ、マルクスの予言(共産主義革命が起きて、プロレターアート独裁が実現する)が実現しないようにするためにどうすればいいのか、知恵を絞ったのです。

■『資本論』から読み取る資本主義社会とは
『資本論』には 「悪徳な資本家が労働者から搾取するので社会が悪くなる」と書かれているわけではありません。書かれているのは 「資本主義経済で人々が経済合理的に行動をすれば、必然的に大恐慌や窮乏化が起きる」 です。

企業は効率化を図り、利益を最大化することを目指します。これは当然のことで、それをしない企業は資本主義社会の中では生き残れません。そのために、企業は大規模な設備投資をして大量生産を可能にし、商品単価を安くすることで競争に勝とうとしがちです。

さらに、企業の利益の源泉は、労働者が、自分が働いた分以上の価値を生み出す「剰余価値」です。この「剰余価値」だけが企業の利益になります。ですから、労働者の価値を下げる、具体的に言えば労賃を引き下げることで利益を確保しようとします。これも利益の最大化ということから言えば当然のことです。現代でも「人件費の削減」は多くの企業で課題となっていることを見れば、経済合理的な行為だと言えます。

しかし、労働者は同時に消費者です。労賃が下がるということは消費者の購買力が落ちることを意味します。そうなれば商品は売れなくなります。結果として商品は余り、それを製造する生産設備も過剰になります。利益は減り、設備を購入する際に金融機関から借りたお金を返せなくなります。銀行などの金融機関は不良債権の山を抱え、最後には金融恐慌が起こります。

全3巻の『資本論』の趣旨を短く説明するのは困難ですが、単純化して言えばこういうことです。そしてこの一連の流れは、バブル崩壊以降の日本経済を彷彿とさせるものがあるのではないでしょうか。だからこそ『資本論』にヒントを求めたいという気分が起きていているのだと考えられます。

■『資本論』からくみ取ること
資本主義には多くの問題があります。しかし、おそらくはわれわれが生きている間に資本主義のシステムが崩壊することはないでしょう。ろくでもないシステムだ、と毒づいたところで、人類は資本主義よりましな経済システムをいまだ見つけることができずにいます。共産主義の挑戦が失敗だったと明確になった現在、簡単に「ポスト資本主義」のようなシステムを生み出すことも無理でしょう。

だとすれば、暴走してしまいがちな資本主義社会の中で、折り合いをつけて生きていかなくてはなりません。また、暴走してしまわないようにするための条件を、外部からでなく資本主義内部から生み出していかなくてはいけないと思います。

そのために、一見すると経済合理的でない行為が必要とされます。20世紀後半まで、世界はそうやって資本主義を守ってきたのです。福祉国家はこうして誕生しました。労使協調路線も、弱者救済のためのセーフティーネットも、所得の再分配も同じです。

社会主義国家が次々と崩壊し、資本主義の勝利が喧伝されることで、こうしたことは経済的不合理、無駄なことだと排除される方向に向かいました。その結果はいまの世の中です。一部の人に富は集中し、格差は拡大し続けています。このままいけば、マルクスの予言が息を吹き返してしまいかねません。

かつてと同じ施策が有効かどうかはわかりません。しかしどんな形であれ、資本主義社会の存続のために、企業にも個人にも 「品位」 を保つことが必要とされると思います。たとえば、CSR(Corporate Social Responsibility・企業の社会的責任)やSRI( Socially Responsible Investment・社会的責任投資)という考え方は、そうした文脈の中から生まれてきました。こうした考えが広まらなければ、資本主義の存続自体に危険が生じます。資本主義よりましなシステムを見つけられていない我々は、もっとひどいシステムを生んでしまいかねません。

■そしてそんな世の中で個人はどう生きるのか
どうしたら食いっぱぐれないか、ということはそれぞれ自分で考えるしかありません。それぞれ個人によって条件が違います。資本主義の本質を理解した上で、自分の特性を活かしていく道を考えていくしかありません。

その上で、「経済合理性とは離れた相互依存的な人間関係を作っていく」ことが大切だと私は思っています。経済合理性と距離を置く。少し離れた場所にも居場所を作っておいてほうがいいと思います。

多少高くても地元のよく知った商店街から物を買う。共鳴したNPOなどに寄付をする。金銭的リターンの期待ではなく理念に共感し応援したい企業に投資をする。すべてをそこに賭けるわけにはいきませんが、少しでもこうしたリスクを引き受けることが、より豊かな人生を歩むきっかけを作ってくれるはずです。

《参考記事》
■【勉強会】八丁堀・まなび塾~いまさら聞けない『資本論』の基本の基本
http://amba.to/1yqngdH 
■アベノミクスを信任するかどうかは歴史に学べ~【書評】やりなおす経済史---本当はよくわかっていない人の2時間で読む教養入門(中郡久雄 中小企業診断士)
http://bit.ly/1tfdDY5
■投資はお洒落で知的でかっこいい社会貢献だ!~新しい資金調達先としてのクラウドファンディングの可能性(中郡久雄 中小企業診断士)
http://bit.ly/1uEcL1X
■自ら動く。その先にやるべき支援が見えてくる~『なぜ、川崎モデルは成功したのか?』(中郡久雄 中小企業診断士)
http://bit.ly/1tP4IBc
■企業再生とは「なにもなくなってしまった自分たちに、小さなイチを足していくことの積み重ねだ」~『黄色いバスの奇跡 十勝バスの再生物語』 中郡久雄
http://bit.ly/1i17awx

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