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サッカー日本代表のアギーレ監督が八百長疑惑で告発をされたというニュースが飛び込んできた。アギーレ監督が有罪か無罪かは現時点では「神のみぞ知る」だが、監督を辞任するべきだという声も日に日に大きくなってきているようだ。

■誰もがアギーレ監督のような立場になる可能性がある
『サッカー日本代表の監督』という有名人が疑惑の対象となっているため連日ニュースで報道されているが、このような話は、よくよく考えると、有名人に限って起こりうることではない。私たちの身近なところでも発生する可能性は充分にあるのではないだろうか。

例えば、経営者の方であれば、万一、自分の会社の社員が痴漢の容疑で逮捕されてしまった場合のことをイメージしてほしい。

逆に、社員の立場でこの記事を読んで頂いている方は、万一、自分が痴漢の嫌疑をかけられたとき、勤務先の会社はどのような対応をとる可能性があるのかという視点で目を通して頂きたい。

八百長の嫌疑はそう滅多にあることではないが、痴漢の嫌疑は身近でも充分に起こりうる可能性がある話であろう。

■判決が確定するまでは懲戒処分はできない
まず考えたいのは、本人が痴漢の事実を認めている場合はともかく、その社員が、アギーレ監督のように「私は無罪なので信じてください」と言っている場合にも、解雇を含む懲戒処分が可能なのかという疑問である。

この疑問に対する答えは明確で、懲戒解雇はもちろん、降格や出勤停止のような懲戒処分を課すことも、法的には不可能である。

なぜならば、刑事法の大原則は「疑わしきは被告人の利益に」ということになっており、裁判で有罪が確定するまでは無罪の推定が働くからである。したがって、有罪が確定するまでは、会社は社員に対して、一切の懲戒処分をすることはできない。

■『容疑者』である社員が保釈された場合の対応
では、実務上、会社はこのような社員にどう対応すべきなのだろうか。

警察に身柄が拘束されている間は物理的に出勤ができないので問題は表面化しないが、問題となるのは弁護活動などによって保釈が実現し、出社が可能な状態となった場合の対応である。

この点、会社としては、合理的な範囲での異動や、出勤停止命令は可能と考えられる。

保釈された社員が『痴漢の容疑者』であることは事実なので、女性の多い職場で働いていた場合などは元の職場に復帰させず、配置転換をすることは可能と考えられる。また、配置転換先がない場合や、出社をすると他の社員への影響が大きいと思われる場合は、会社の判断で自宅待機とすることもできる。ただし、この場合は、休業手当の支払は必要であろう。

■逮捕された社員と社会保険の問題
逆に、保釈が実現せず、長期間身柄を拘束されている場合にも別の問題が発生する。

それは、社会保険料の負担である。

社員が身柄を拘束されている間は、「ノーワーク・ノーペイ」の原則に基づき、会社は賃金を支払う必要はない。仮に最終的に無罪になったとしても、社員は国に対して国家賠償請求をすることになるので、会社が遡って賃金を負担するということはない。

だが、社会保険に関しては、社員が逮捕されても被保険者の資格は喪失することにはなっていないので、保険料も逮捕前の金額をそのまま納め続けなければならないのが法律上のルールなのである。

本人が否認をしている場合、痴漢容疑の裁判では数ヶ月から場合によっては年単位で身柄を拘束される可能性もある。その間、会社はずっと社会保険料を負担し続けなければならないのが原則だ。

健康保険に関しては、一定の手続をとれば保険料を免除とすることができる。だが、より保険料率の高い厚生年金に関しては、会社に在籍し続けている以上、保険料を免除する方法はもちろん、軽減させる方法も存在しないのである。しかも、本人は賃金0で塀の中であるから、本人負担分の保険料を天引きすることもできず、会社が全額を負担しなければならないことも痛手だ。

例えば、標準報酬月額が50万円の社員であれば、会社負担分と本人負担分あわせ、厚生年金保険料は月々87,370円である。判決の確定まで1年かかったとすると、塀の中にいる社員のために実に100万円以上もの保険料を会社が負担することとなるのだ。

■社会保険料の問題と実務上の対応
この論点に対しても、会社としての実務上の対応を論じておこう。

会社も本人の無罪を信じ、ともに戦うのであれば社会保険料に関しても負担を続けるしかない。ただし、社員の家族を通じて、本人負担部分の社会保険料に関しては、会社へ返金させることは可能であろう。

だが、仕事は人情やキレイ事だけでは済まない部分もあるので、ギリギリの経営をしている会社の場合は、何とか退職してもらうことを考える必要も出てくる。

その場合は、社員に対して「うちの会社に戻ってきても君が居辛いのではないか」とか「会社は無罪を信じているけど、こんなことになってしまったので新天地で頑張ったほうがよいのではないか」と、本人の立場にも配慮しつつ、自主的に退職届を書いてもらうよう誘導することが穏便である。万一、後日裁判になったとしても、本人が書いた退職届は会社にとって有力な証拠にもなるのだ。

だが、社員がなかなか退職届を書いてくれない場合もあろう。そのような場合は、裁判になったときやや苦しいが、「長期就労不能による普通解雇」という形をとるのだ。有罪判決が出るまで懲戒解雇はできないが、普通解雇については法的に可能である。ただし、その解雇に妥当性が認められるかどうかは裁判所の判断次第ということである。

なお、私がお客様から依頼を受けて就業規則を作成するときには、先方からの強い希望がない限り、「起訴休職」の制度は導入しない。なぜならば、起訴休職の制度を導入した場合は、確定判決が出るまでは、就業規則で社員としての身分が保証される期間という扱いになり、これまで述べてきたような柔軟な対応が取れなくなるからである。

■結び
自社の社員が逮捕されるということは滅多にないことであろうが、滅多にないことだからこそ、そのような事態に直面したときに慌てないようにしなければならない。

問題が起こってから慌てる前に、会社の経営者や人事担当の方は、自社の就業規則やその運用が、万一、社員が逮捕された場合にも対応できるようになっているか、是非ともこの機会に確認をして頂きたいものである。

《参考記事》
■経験者だから語れる。パワハラで自殺しないために知っておきたい2つのこと 榊 裕葵
http://sharescafe.net/42167544-20141201.html
■「クラウドママ」を普及させて、働く女性が子育てをしやすい国にしよう! 榊 裕葵
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あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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