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先日、TOKYO MX TVの人気番組内で紹介された奨学金に関する内容について番組に出演していた堀江貴文さんがコメントされた件が、ライブドアニュース(『堀江貴文氏が借金して進学することを批判「そこまで価値ある?」』, 2014年11月30日)に取り上げられました。

番組内で(1)学生が奨学金という名の多額の借金を抱えている問題と、(2)借金返済のために風俗店で働く女子学生が増えているという問題を紹介した上で、(3)借金をしてまで行く価値は(特に無名の)大学にはないと出演者の堀江さんがコメントしたという放送内容に関して、堀江さんの意見はもっともだと言うのが記事の主な内容です。

■貸与型奨学金の返済開始時期
貸与型奨学金についてよく知らないままこの記事を読むと、(1)と(2)に因果関係があって、女子学生が奨学金返済のために風俗業に従事しているように漠然と考えてしまいそうですが、実はこの間の関係性については記事では特に触れられていません。

では、実際にはどうなのでしょうか。

日本学生支援機構が貸し出す奨学金の返済開始時期は、実は卒業の7か月後と決まっています。また、仮に何らかの理由で返済開始後にもう一度学生となった場合も「在学届」を提出することで返済義務が猶予されます。

つまり、奨学金という名の借金が多額に上るケースがあるという問題と、一部の女子学生が借金返済のために風俗業に従事しているという問題には、直接的な関係はないわけです。

日本学生支援機構の奨学金は、進学以外にも失業や収入が少ない(会社員の場合は年収300万円が目安)等の理由で、申請により返済猶予を受けることができます。一年ごとの申請は必要ですが、通常の返済猶予でも最大10年間、事情によってはそれ以上の期間にわたり猶予されますので、何らかの理由で返済が難しいと思われる方はぜひ返済猶予制度の活用を検討して下さい。返済猶予制度の概要については、この記事の下段の参考記事リンクにまとめ記事があります。

■ローン契約としての奨学金の経済価値
ライブドアニュースの記事で紹介された堀江さんのコメントのそもそもの主旨は、女子学生の借金問題とは関係なく、「(勉強や研究をする気もないのに)学歴として大きな評価が得られない大学にわざわざ借金までして行くのは合理的ではない」ということです。これはわりとよく聞く意見です。また、「奨学金という名で学生に多額の借金を負わせるなんて言語道断だ」といった奨学金のあり方を批判する意見も時折見られます。

学生が奨学金を借りるべきかを考えるために、ここでは奨学金という名の「ローン契約」をファイナンス論的に考えてみます。

このローン契約の本体は、借り手(学生)が受け取る当初数年間の月額固定キャッシュフロー(受取CF)と、卒業後20年間にわたり支払う月額固定キャッシュフロー(支払CF)のスワップ取引です。スワップ取引とは、合意された条件に基づき将来の一定期間にわたりキャッシュフローを交換する金融取引を言います。

この本体取引に付随して、受取CF終了時にその時点の金利環境等を参考に支払CFの月次固定支払額を決定するオプションを貸し手が持つ一方、借り手は任意時点の繰上返済オプションと返済繰延オプションを持っています(注1)。

借入時点では支払CFに適用される金利が分からないため、その現在価値を正確に計算するのは技術的に難しいのですが、借り手が任意時点の繰上返済オプションを持っていることで、受取CF終了時点での支払CF及びその他オプションの合計の価値は、金利水準によらず必ずローンの元本残高以下、すなわち受取CFの合計金額以下となります(注2)。

このことから、奨学金という名のローン契約は、その資金使途が何かに関係なく、借入時点では必ず借り手にとってプラスの経済価値があることが分かります。おそらくこのような面倒な分解をしなくても、直感として借り手側が得をする仕組みだと分かっている方は多いのではないでしょうか。

■とってもわりの良い貸与型奨学金も
さらに、比較的所得の低い世帯を対象とする大学院第一種奨学生の場合には、かなりの割合で借入額の全額や半額が免除されるという、とてもありがたい制度があります。平成25年度で言えば、制度の対象となる貸与修了者31,584名のうち、全額免除が10%、半額免除が20%でした。修士や博士の他、MBA等の専門職学位過程も対象となっており、それぞれのカテゴリーでほぼ同じ比率で認定されています。

つまり、大学院第一種奨学生の返済額の平均は借入額の80%だけで、奨学金を借りるという行為が実は平均リターン125%の投資だったということになります。学生側が利益を含めたキャッシュフローを前受けするので、損失確率はゼロ。信じられないくらい美味しい投資です。

■問題の本質
先に見たとおり、奨学金を借りること自体にポジティブな経済価値があることから、「奨学金を借りてまで大学に行くべきか」という問いは、実は単純に「大学進学すべきかどうか」という問いであったことが分かります。

つまり、大学を出た後で奨学金を返せなくて困窮するケースでは、問題だったのは奨学金制度ではなく、費やした学費や時間に見合うだけの価値を大学がその人に与えられなかったことだったのです。必ずしも本人にとってその大学での勉強に意味がなかったということではありませんが、少なくとも世の中で広く価値が認められるものではなかったわけです。

これは十分な付加価値をつけられなかった大学と本人が必ずしも悪いわけではありません。ポスドク等の大学院修了者が労働市場で高く評価されないことに端的に表れている若年層がわりを食う状況は、日本の硬直した雇用システムの構造的問題と言えます。

ですが、一個人としては、経済・社会環境を所与として行動選択を行うしかありません。

大学進学(大学院進学含む)というのは、多額の学費と数年間の機会費用を払い将来の可能性を買う一種の投資です。どのような投資もリターンとリスクがありますが、大学進学という投資には、(東大や京大など)大きいリターンが見込める場合ほどリスクが小さく、(無名大学など)リターンが小さい場合ほどリスクが大きいという特徴があります(注3)。上位校を目指すような場合を除くと、大学進学という投資はわりに合わないかもしれないという認識を持っておく必要があるのではないでしょうか。

奨学金を借りる人も借りない人も、自分にとって大学や大学院への進学が本当に価値をもたらすものかどうか、どの程度のリターンやリスクがあるのか、最悪のケースではどうなるか等、自分なりによく考えておくべきでしょう。平均的にハイリスク・ローリターンになりがちな大学進学を選択する場合ほど、入学後に自分が何をすべきか、どうやって自分に付加価値をつけて行くべきかを考え、実践することが求められます。「投資は自己責任」が大原則です。

■まとめ
・二つの無関係な事実を並べて因果関係があるように思わせるのはメディアの得意技です。
・貸与型奨学金は、実質的にローン契約です。
・在学期間中だけでなく、失業や経済的困窮時などは、誰でも奨学金の返済猶予措置を受けられます。
・経済価値だけ見れば、(日本学生支援機構の)奨学金は借りれば借りるだけお得です。
・若年層の奨学金返済困難は、大学進学が十分な付加価値をもたらさないことが主因です。高等教育の在り方と、日本型雇用の構造的問題という、二つの大きな問題が根幹にあります。
・大学進学は大きな投資です。投資のリスクやリターンについては、自分なりにしっかり考えましょう。

奨学金制度と雇用のリスクに関しては以下の記事も参考にしてください。
■日本学生支援機構奨学金の返済猶予制度について。
http://yasuhonda.wpblog.jp/?p=160
■北九州市40歳フリーター男性の自己破産で改めて考えてみた、奨学金の問題点。
http://sharescafe.net/43346701-20150213.html
■「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~
http://sharescafe.net/42556186-20141224.html
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■すき家「バイトの乱」から学ぶ「ノー残業制度」の問題点。
http://sharescafe.net/43084842-20150127.html

(注1)ここでは考慮しませんが、貸し手は借り手が自己破産した場合等の債務不履行のリスクをとっています。これをファイナンス論的に解釈すると、借り手が自己破産した場合に損失補てんを受ける権利を借り手自らが貸し手から買っていることになります。

(注2)もし元本残高以上の価値があるならば、その時点で繰上返済することで得になるため。このような状況をファイナンスでは「アービトラージ(裁定機会)」と言い、効率的な市場であればしばらくすると解消されます。また、資金制約のため実際に繰上返済できない場合も、その時点で借り手にとってローン残高分の現金以上の価値が支払CFにないことには変わりありません。

(注3)上位校に進学する方の多くは、その時点までに膨大な時間と努力というコストを支払っていますので、コストの分だけリスクが低下しリターンが高まるのは合理的です。逆も然り。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

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