工場夜景

自分の親がなんの前触れもなく「余命4日」と宣告されたとしたら。

それだけで十分、ショッキングな出来事です。さらにその親は、中小企業の経営者で、少なからず社員を抱え、一人ですべてを切り盛りしていて後継者については何も決まっていない。そんな状況におかれたらパニックになってもおかしくありません。

この本はそんなエピソードから始まります。
<目次>
第1章 突然、渡されたバトン
第2章 手探りの会社再生
第3章 私の仕事論

■事業継承する覚悟
著者の諏訪さんは、東京都大田区にある「ダイヤ精機」の社長です。急死された父親の跡を急遽継ぐことになり、試行錯誤しならが会社を立て直してこられました。

幼少期に亡くなった兄の代りとして、「男」として育てられたので、「ひょっとして私が会社を継ぐのかな…」という予感はあったそうですが、大学卒業後は取引先に就職。結婚して専業主婦に。その間、父親に請われダイヤ精機に入社するも、経営方針の違いから2度のクビになりました。先代が亡くなられたときは、専業主婦に戻り、旦那様の海外転勤についていく準備をしていました。

そんな状況で、社長を継ぐことになります。もし自分がその立場におかれた時に、後継者になる覚悟を決めることができますか。私はとても自信がない。もちろん、諏訪さんも、逡巡されています。できない理由はいくらでも思いつくことができたはずです。しかし、最後は覚悟を決めて社長に就任しました。

「それなら怖いものなんてないじゃない。うまくいけばそれでいいし、失敗しても命までとられることはないから、やるだけやってみたら?ダメだったら自己破産すればいいのよ」
「そうか……」
単純な私はシンプルで力強い言葉に勇気づけられた。(p68)


諏訪さんが覚悟を決める過程で、周囲の人からさまざまな背中を押される言葉をかけられています。会社の幹部の人たちからは
「全力で支えるから社長になってくれ」
と言われています。

そうしたいくつかの言葉の中で、私が一番印象に残ったのが上記の言葉です。人が覚悟を決められない大きな理由は「失敗したら失うものが大きい」と考えてしまうからだと思います。失うものが少ない、なにもない、と思えれば覚悟はできやすい。

さて、「自己破産すればいい」という言葉を「シンプルで力強い言葉」と受け止めることが、普通はできるでしょうか。失うものが「自己破産」程度のものだ、と考えられたということです。少なくとも私には思えません。

「おわりに」に天国のお父様にあてた手紙が書かれています。それを読むと、諏訪さんの中に、父親が創業したダイヤ精機を継続させたい、働いてくれている従業員を守りたい、という強い想いがあったのだと感じられます。

覚悟を決める時というのは、どこかで一線を越えていかないといけません。その一線を踏み越える力になるのは、強い想いないのだと思います。

■覚悟を支えるのは、合理的な経営手法
もちろん、覚悟や想いだけで経営がうまくいくわけがありません。

経営学の本などほとんど読まないし、どこかで勉強したこともない、ということですが、そんな中、こう言われています。

私が実践してきたのは「物事には原理に基づいた原則があり、そして基本がある。基本があるからこそ応用ができる」という考え方だ。(p130)


組織人としての社会人経験は2年ちょっとで、こうした原則を確立されています。非常にロジカルな考え方です。理系的思考なのかなとも思いますが、理系だからできるわけでもないでしょう。単なる社会人経験だけでなく、幼少期からも含め、さまざまな経験(家庭を切り盛りするなども)の中で身に付けてきたのだと思います。そして、「経験」を積みさえすれば誰でも身に付けられるわけではないので、それには秘訣があるはずです。

それはいくつかあると思いますが、ひとつは次のような考え方ではないかと思います。

逆に、私は新人のミスが少ない場合は、「なんでこんなにミスが少ないの?」と追及する。難しい加工に挑戦しようとしていないと受け止めるからだ。(p150)


「失敗してもいいからやれ」
と言って、本当に失敗すると責任を取らせる組織は枚挙に暇がありません。しかしダイヤ精機では本当に失敗を奨励しています。人は失敗の中から学ぶことのほうが多い。諏訪さん自身がきっと、さまざまな失敗をされてきたんだと思います。でもそれはチャレンジした証であり、だからこそ学ぶことが多かったはずです。大きな組織で「失敗しないこと」を優先に仕事をするより、はるかに早く成長していくことが出来たのだと思います。

■引継ぎ発展させていく夢
ものづくりに活気を取り戻し、職人が輝く姿、大田区が輝く姿、日本が輝く姿をこの目で見たい―それが大田区で小さな町工場を営む私の、大きな大きな夢だ。(p204)


最後に諏訪さんの夢について。この夢は、商工会議所の太田支部会長をされていたお父様の夢ともつながっていると思います。
そして、遺された人間は、その想いを引き継ぎ、次世代につないで行く役目を背負っているのだとあらためて思いました。

人生は、やりたいことをやるのが良いのか。それとも、その人にだけ求められている役割をやっていくほうが良いのか。昨今は「自分がやりたいこと」をまっとうすることが強調されているように思います。しかし私は、自分のためだけに頑張ることがいいことなのか、疑問を持っています。自分にしか継ぐことができない事業があるならば、継ぐべきだと私は考えています。少なくとも最初からその選択肢を排除することはない、と思うのです。

「周囲の人を喜ばせたり楽しませたりするために自分を活かす」人こそ、本当のプロフェッショナルではないでしょうか。この問いは、後継者という立場に生まれた人だけでなく、すべての職業人が自らの進む道を考える上で突き付けられる問いだと思います。

《参考記事》
■【読書】町工場の娘/諏訪貴子
http://amba.to/1zuq9t9
■資本主義社会を生き抜く術を知るために『資本論』を読み返そう(中郡久雄 中小企業診断士)
http://bit.ly/1yxEQqY
■投資はお洒落で知的でかっこいい社会貢献だ!~新しい資金調達先としてのクラウドファンディングの可能性(中郡久雄 中小企業診断士)
http://bit.ly/1uEcL1X
■自ら動く。その先にやるべき支援が見えてくる~『なぜ、川崎モデルは成功したのか?』(中郡久雄 中小企業診断士)
http://bit.ly/1tP4IBc
■企業再生とは「なにもなくなってしまった自分たちに、小さなイチを足していくことの積み重ねだ」~『黄色いバスの奇跡 十勝バスの再生物語』 中郡久雄
http://bit.ly/1i17awx


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