すき家s
いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションと呼ばれる、労働時間規制のない成果主義賃金制度の導入に向けた労働基準法改正案の検討プロセスが、いよいよ最終盤に差しかかっています。1月17日付日本経済新聞によれば、この成果主義賃金制度は、実際に定着するかは微妙な気がしますが、「高度プロフェッショナル労働制」と呼ばれることに決まったようです。

■高度プロフェッショナルって誰のこと?
というわけで、「高度プロフェッショナルって誰なの?」という疑問がまずあるわけですが、対象職種としてとりあえず例示されたのが、「金融ディーラー」「アナリスト」「金融商品の開発」「コンサルタント」「研究開発」の5つです。

何故か金融ばかり3つも入っているのですが、ファンドマネージャーやセールス等も含まないわけにはいかないわけで、金融(フロント部門)とでもすれば良かったのにと思う一方、きっと上の方から「最低5つくらいは挙げろ」と言われていたのかなぁ、官僚の皆さんも色々大変だなぁ、とも思う次第です。

正直なところ、上記のような職種で「年収の上位4分の1」や「年収1075万円」を基準にこういう制度を導入するということが果たして意味があるのかと言えば、おそらくほとんどないように思います。普通に考えてみて、この制度の対象になるような人たちって、既にほとんどの人が実質的に裁量労働の成果主義になっているのではないでしょうか。

ここで挙げられている5つの職種のうち「研究開発」以外は、これまで自分で経験したり身近でたくさん見てきましたが、年収が低めの若手やアシスタント以外で普通に残業代もらっていた人は見たことがありません。「みなし残業」代が含まれる固定給+成果報酬をあげるから、あとは各自が基本的に枠内で適当にやってねっていうのがスタンダードでした。

おそらくそういう実態は多くの人が認識しているので、「じゃあ、何でわざわざこんな制度を導入するのか?」から「やっぱり対象職種や収入要件をなし崩し的に緩めるつもりなんじゃないか?」となって、共産党や労組、日本労働弁護団あたりが一斉に大反対することになっているのでしょう。

私自身、基本的には残業規制撤廃推進派ではありますが、この制度はちょっとなぁと思っています。

■残業代の割増賃金は長時間労働の歯止めにならない
ところで、最近「弁護士ドットコム」で配信された同制度に反対する記事『これは「長時間労働野放し法」だ!「高度プロフェッショナル労働制」を弁護士が批判』(1/25付)にこういう記載がありました。
これまでは『残業代』の割増賃金の存在が、長時間労働の大きな歯止めになっていました。今回の制度を導入すれば、その歯止めが外れることになってしまいます。つまり、長時間労働が今以上に増加することになるでしょう。
残業代の割増賃金が長時間労働の歯止めになるとは、いったいどういうことなのでしょうか?

もしかすると、こう主張されている弁護士先生の頭の中では、残業代を割増すればコスト増を嫌う企業が残業させたくないと考えるだろうというロジックが展開されているのかもしれません。

でも、実際には、割増含めた残業代以上の限界生産性がその人にある限り、合法な範囲でできるだけたくさん残業させるインセンティブを、企業としては有します。なので、残業時間の規制が長時間残業の歯止めになる可能性はあっても、割増賃金が長時間残業の有効な歯止めになることはありえないのです。

それどころか、現実には、残業代やその割増は、個人があえて長時間労働をしようとするインセンティブになっています。

同じ分量の仕事をテキパキ短時間でやるよりも時間をかけてやるほうが収入が増えると言われたら、のんびり時間をかけてやる方を選ぶ人は少なくないでしょう。また、その結果、全体の業務効率が落ちてしまうため、本来長時間残業をしなくても良かった人までがそうせざるを得ない状況になりかねません。

もちろん、これは業種や職種によります。工場のライン等、時間当たりの労働生産性が個人の裁量にない職種では、残業制度は合理的でフェアな制度だと言えます。

ですが、いわゆるホワイトカラーの仕事では、労働時間ではなく成し遂げた仕事で成果を計るのが最もフェアなやり方です。残業しても何も良いことがないのであれば、残業しようなんて思う人はいないでしょう。

■「ノー残業制度」を食い物にするブラック企業を駆逐するには
とは言え、ただ単に残業代をなくして成果主義の裁量労働制を導入しても、多くの方が心配するように、残業代を払わなくていいならたくさん働かそうという多くのブラック企業や潜在的ブラック企業を喜ばすだけの結果となる可能性は大いにあります。

結局のところ、ブラック企業に働く人がその企業に縛り付けられている限りは、労働時間規制をどう決めようと、長時間労働を強いるブラック企業の食い物になってしまうことは避けられません。

ブラック企業を駆逐するには、ブラック企業が労働者を囲い込めなくするのが一番効果的なのです。

昨年、従業員の深夜のワンオペ(深夜に一人で店舗業務をすべて担うこと)で問題となったすき家では、バイトを中心としたスタッフが一斉に離反したことで多くの店舗で運営が立ち行かなくなり、深夜の運営方針を抜本的に改善することになりました。

すき家のケースでスタッフが会社から離反できた理由は、常に人手不足の飲食業界では、すき家の代わりがいくらでも見つかったからでしょう。労働市場の流動性が(広い意味での)ブラック企業の更生に寄与した分かりやすい例だと言えます。

労働者が自由に移動できる流動性の高い労働市場は、他企業と比べて労働者にとって条件の良くない企業を淘汰する方向に働きます。ブラック企業にとっては厳しい環境です。

ホワイトカラー・エグゼンプションで目指す労働時間規制の緩和は、労働市場の流動性が確保されて初めて良い効果に結びつくものなのだと思います。逆に言えば、この点を放置したままで労働時間規制だけを緩和しても、意味がないだけでなくネガティブな影響をもたらす可能性すらあるでしょう。

よくよく考えてみれば、「高度プロフェッショナル労働制」の対象として例示された職種は、いずれも既に労働市場の流動性が高い分野であり、そうした業界・職種だからこそ、実質的なホワイトカラー・エグゼンプションが既に当たり前のように導入されているのでしょう。

より多くの人が幸せに働けるよう、実効性に乏しい小手先だけの制度改革で終わるのではなく、日本的雇用慣行に抜本的に切り込む取り組みを、現政権には期待したいと思っています。

働き方に関する問題等については、以下の記事も参考にしてください。
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争で語られなかった「住まいの問題」緩和策。
http://sharescafe.net/42894098-20150115.html
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。
http://sharescafe.net/42650114-20141230.html
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html
■海外馬券の販売開始か?日本での馬券売上のインパクトとマネーロンダリングの可能性。
http://sharescafe.net/42936449-20150119.html

■まとめ
・ホワイトカラー・エグゼンプション「高度プロフェッショナル労働制」の骨子が決まりつつあります。
・「高度プロフェッショナル」として例示された職種は、じつは裁量労働制成果主義が広く導入済みです。
・法案の実効性への疑問が、将来の拡大解釈の可能性を反対派に想起させている気がします。
・残業時の割増賃金は、長時間労働の歯止めにはならず、むしろ助長しています。
・「ノー残業制度」はホワイトカラー向きの制度ですが、ブラック企業による濫用の恐れがあります。
・すき家「バイトの乱」で見たように、ブラック企業は流動的な雇用システムに弱いです。
・雇用の流動化を含む、抜本的な雇用制度改革を期待しています。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家


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