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■年金は100年先どころか1年先も安心ではない
かつて政府は「100年先まで安心」という年金財政検証を行いました。しかし、公的年金制度は今や「1年先も安心ではない」と言えます。先月21日の社会保障審議会の年金部会で、いくつかの項目が先送りとなりました。

・国民年金保険料を65歳まで納付し、受給額を1割増やす
・受給開始年齢を一律引き上げる
・個人の選択で受給開始を75歳まで引き上げることができる
・専業主婦年金を見直す

これらの案は今になって出てきたものではありません。これまでも、たびたび言われてきたことです。国民は本当に必要であれば、負担による痛みは覚悟しなければならないと思っているはずです。ただし、それには国民自身が納得して受給の仕方を選択できる余地が必要です。

■「~になれば、うまくいく」などは誰でも言える
昨年の年金財政検証で、政府は将来の物価水準、運用率に伴う所得代替率、受給額の予測を「良い」パターンから「悪い」パターンまで8段階にして出しました。正確な予測はもとより無理だとしても、8パターンもあると、「さあ、どれにしますか」とテーブルの上に出されて、逆に国民の方が回答を迫られているようで違和感を覚えました。これでは下手な会社のプレゼンと同じで、決断の責任を国民に押し付けているのが見え見えです。何か悪い事態になれば、8つのうちから起こるのだから仕方ないということでしょうか。

国がやることは、最悪とまではいかなくても、悪い方のパターンの可能性がどの程度あるのか、それに備えてどういう政策がとられうるかを説明することです。年金政策は、日本国民全体に関わる重要なリスク管理です。単に「負担が増えると国民の納得が得られない」(年金部会での意見)などと言って、先送りばかりしている場合ではありません。今回の先送りも今に始まったことではなく、前回検証でも問題になっていたものがあるはずです。だんだん状況が悪くなっているにもかかわらず、「まだ大丈夫、まだ大丈夫」と言ってきたのです。

昨年の検証報告では、将来の受給パターンの良い条件として、「女性と高齢者の就労がもっと活発になれば」と言っています。何が「なれば」なのでしょう。こうなればこうなる、などというのは民間人の誰でも言えます。民間よりも詳細で膨大なデータを持つ国の機関があまりに大ざっぱすぎるというか、切実さが感じられません。実態は5年前の検証とあまり変わっていないのです。女性が幼い子供を抱えて本当に安心して働ける制度ができているのか、高齢者が誰でも働き続ける環境が十分にできているのか。

「~となれば、年金は安心です」などと人ごとのように言う前に、1つ1つの施策をきちんと議論してもらいたいものです。物価上昇率、運用利回りにしても、甘い将来の見積もりが、将来の若者を苦しめるのです。

■受給年齢の引上げでどうなるか
例えば、今回の改革案である「個人の選択で受給開始を75歳まで引き上げることができる」仕組みについては、ある委員の「国民全員が75歳まで年金をもらえなくなるという誤解を招きやすい」という理由で先送りが決まりました。これなどについては、現行制度との比較をきちんと国民に周知・説明し、納得してもらう用意があったのかと疑問に思います。

現行制度では、老齢年金は65歳から受給開始となります。しかし、年金を早くもらいたい人のために60歳から1ヵ月単位で繰り上げて受給することができます。その場合、早くもらうための減額割合が決められています。逆に、65歳より遅くもらってもいいという人のために70歳を上限に繰り下げることも可能です。その場合は増額割合が決められています。

改革案では、この繰上げ、繰下げがどうなるのか。仮に受給開始を一律70歳にした場合、70歳を起点として何歳から繰上げできるのか。あるいは70歳を起点として何歳まで繰下げできるのか。それぞれの場合の減額割合、増額割合はどうなるのか。それにより、どういう受給の仕方がありうるのか。同じ60歳、65歳、70歳、75歳で受給すると、現行制度と比べてどうなるか。

これからは資産運用と同じで、自分で年金のもらい方を選ぶ時代になってきます。そのために国民、特に若い世代の人たちは、現在と比べてどうなるかを知りたいのです。将来、年金受給額が減っていくのは年金財政上やむを得ないと思っています。だからこそ、その比較が大事なのです。国民誰もが、今より多く年金がもらえる時代になるなどとは思っていません。減額負担の痛みがある以上、どういうもらい方が選べるか、それが大事です。それにはある程度の具体的データが必要です。

■老後設計に合わせて、年金をどう「もらう」か
受給開始年齢の引上げについては、受給開始が遅れる分だけ生涯で見れば損得はないと言われていますが、それほど簡単な問題ではないでしょう。できるものなら早くもらいたいと思う人はいつでもいるからです。遅くもらって多目にもらいたいと思う人より、少なくなってもいいから早くもらいたいと思う人の方が多いのは事実です。

そういう人は60歳といわず、60歳前からでも受給を望みます。そうなると、繰上げ開始年齢と減額割合が重要になってくるのです。一方、もらう時期が遅くなればなるほど、資産運用よりもはるかに効率の良い増額割合があるので、これからは繰下げも大事になってきます。今を少しでも我慢できるなら、その我慢料として将来少しでも多くもらいたいと思うのは不思議ではありません。年金部会の資料を見ると、こうした意見が出ているにも関わらず、それ以上の突っ込みがありません。

要するに、同じ年齢で年金をもらうにしても、どれだけの選択肢があるかを受給者は知りたいのです。それなのに、そもそも「全員が75歳まで年金をもらえなくなるという誤解を招きやすい」などと今頃そのようなレベルの理由で先送りしているようでは、まったく国民の理解はこの先も得られそうもありません。誤解なき制度改革を進めていってほしいのに、です。

国はまず、国民がどういう選択ができるかをもっとわかりやすく新しい制度の説明をしていくべきです。慎重に審議するのは言うまでもありませんが、こういう仕組みでは国民の理解が得られそうもない、などと勝手に判断して何でも先送りしてきた果てが今の現状なのです。年金はもはや、一定の年齢になったら「もらえる」という時代ではなく、自分の老後設計に合わせてどういうふうに「もらう」か、という時代になっています。

【参考記事】
■相続税対策に保険商品は要らない? 野口俊晴
http://sharescafe.net/42942549-20150120.html
■雇用延長はあてにしない 定年前に現役より稼げるフリーの「契約請負人」で働こう  野口俊晴
http://sharescafe.net/42517207-20141221.html
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http://sharescafe.net/42292529-20141208.html
■目先の損得にとらわれない これからの年金、早くもらう方法と多くもらう方法  野口俊晴
http://sharescafe.net/41566040-20141026.html
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http://sharescafe.net/42145749-20141129.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー  TFICS(ティーフィクス)代表 

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