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先日、奨学金の返済困難の事例をセンセーショナルに取り上げた西日本新聞の記事『奨学金返せず自己破産、40歳フリーター 月収14万円「283万円払えない」』(qBiz 西日本新聞経済電子版、2月10日配信)がYahoo!トップに掲載され、話題となっていました。2月12日午後4時半現在で、Facebookのシェアが1.5万件という圧倒的な注目度です。記事によると、

高校、大学時代に借りた奨学金を返還できないとして、北九州市小倉北区のフリーターの男性(40)が福岡地裁小倉支部で自己破産の手続き開始決定を受けたことが分かった。男性には延滞金を含めて約283万円の返還義務があるが、「奨学金のために消費者金融などで借金しても返せない。そもそも多額の金を貸してくれない」と説明。識者は、非正規雇用などで若者の貧困が拡大すれば、今回のように奨学金返還のみでの自己破産申請が増える可能性を指摘している。

とのことなのですが、この40歳フリーター男性の場合は、手取り月収14万円にもかかわらず家族へも仕送りをしているそうで、どう考えても奨学金を返済するだけの余力はありません。それどころか、奨学金返済がなくても普通に生活するのも厳しいはずですので、本来はもっと早い段階で自己破産すべきだったのでしょう。

これは奨学金の問題として捉えるのは適切ではなく、一旦貧困に陥った場合に貧困から抜け出すことが極めて難しいという、硬直した日本の社会システムの根源的問題として認識すべきでしょう。

こうした例で奨学金を悪者にすることは、より重要な社会問題を矮小化することに繋がりかねません。

■奨学金を給付型にすべきという意見はナンセンス
今回のような記事が注目されると、必ずと言ってよいほど「奨学金はそもそも給付型が当然で、貸与型なんておかしい」という意見が散見されるようになります。ですが、こうした意見はあまり合理的とは言えないでしょう。

貸与型奨学金を批判する人の多くは、貸与型奨学金がなければ大学に進学できなかった人がじつは大勢いるだろうということを、もしかすると想像できていないのかもしれません。

あるいは、貸与型奨学金を給付型奨学金に置き換えることが、これまで奨学金を借りられた多くの人から奨学金を取り上げることになるだろうということを、理解されていないのかもしれません。

以前の記事でファイナンス的な見方から結論付けたとおり、奨学金支払困難となる最も大きな問題は、大学教育が4年間の大学進学コストに見合う付加価値を提供できていないという点です。十分な見返りが期待できないような多くのケースでは、給付型奨学金は税金の有効活用になりえません。

国民の負担で給付型とする以上、無駄遣いはできないわけです。(実際はいろいろ無駄遣いしているだろうという批判はありますが。)

一部の「貧しいが優秀な学生」を対象として、授業料を免除し、給付型奨学金を支給するというのは悪くない考えだと思います。

現在でも、東大、京大、東工大等の国立大学では、所得水準や家庭事情等に応じて半額授業料免除や全額授業料免除の制度が適用されます。経済事由の場合は一応「学業優秀」という条件があるようですが、以前は「学業優秀=留年なし」程度でした。給付型奨学金も、じつはいろいろあったりします。

そうした制度を拡充する方向で予算をつけるという動きは、あって然るべきでしょう。

但し、学生でありながら家族を養っているような本当に困難な事情がある場合は、奨学金がどうこう以前に、社会保障全体の問題です。そこはまったく別の問題として考えるべきだと思います。

■減免制度の認知度が低すぎる件
ところで、西日本新聞の記事では減免制度を利用した上で自己破産に至っていますが、実際には、減免制度を知らないで支払困難となっている人が少なくないようです。

日本学生支援機構が毎年実施している「奨学金の延滞者に関する属性調査」(以下「属性調査」)は、延滞者(3か月以上延滞)と無延滞者の属性を比較することで、返済困難者に見られがちな傾向を探っています。

その平成24年度属性調査によると、延滞者の85%が年収300万円未満(無延滞者は約6割)と返済猶予等の減免措置の対象となる人が多いにもかかわらず、返済猶予制度で57%、減額返還制度では75%の延滞者が制度の存在を「知らない」または「あまり知らない」(無延滞者では53%と65%)と回答しています。

さらに、制度を「知っている」場合も、約3割は申請すらしていません。

これでは、本来であれば返済困難に陥る必要がなかったはずなのに、制度を知らないが故に返済困難となっているケースも少なくはないでしょう。属性調査結果から大雑把に考えて、返済困難者の半数程度が該当している可能性もあります。

無延滞者にも制度を知らない人は多いので、日本学生支援機構が制度の周知徹底を十分効果的には図れていないという面は間違いなくあるでしょう。

しかし、無延滞者が自分に必要のない制度に関心がないのが当然であるのに対し、延滞者は今まさに危機に面しているわけです。にもかかわらず、制度を知らない人がむしろ多いというのは、延滞者側の意識に問題がある場合も少なくないと考えざるを得ません。

一般の住宅ローン等でもそうなのですが、金融機関として一番困るのは貸出しがデフォルト(債務不履行)することです。それを避けるために、返済額減免や期間延長等の条件変更に応じてくれる場合は案外多いのです。

例えば、三菱東京UFJ銀行が住宅ローンの条件緩和申請を受け入れる割合は、過去4年間ほぼ変わらず9割弱となっています。

基本的な金融リテラシーとして、知っておくと良いと思います。

■延滞者には、手続きを他人任せにし、返済義務を理解していない人が多い件
属性調査は、延滞者と無延滞者の違いをくっきりと浮かび上がらせます。

例えば、誰が奨学金申請書類を作成したかという項目では、「本人」(「本人と親等」を含む)と答えたのが無延滞者では8割と大多数であるのに対し、延滞者の半数近くが、本人以外が作成したと答えています。

また、他人から勧められずとも自ら申請した人の割合は、無延滞者が延滞者の約2倍です。他人からの勧めがあった場合でも、無延滞者はその4分の3が身内からの勧めであるのに対し、延滞者では学校関係者や友人といった他人の勧めが過半を占めています。

つまり、支払困難となる人の場合は、自らの借金である奨学金を借りるという行為を他人任せにする傾向があるのです。

そして、貸与手続を他人任せにした結果なのか、延滞者の30%以上は貸与手続の時点で返済義務を理解していません。また、驚くことに、卒業後に返済を開始する段階でも、延滞者の2割(「いつ理解したか不明」を含む)は返済義務があることを理解していないのです。

これは、無延滞者のほとんど(95%以上)が貸与開始までに奨学金の返済義務について理解しているのと比べ、あまりにもお粗末な状況だと言うしかありません。

奨学金利用者本人の姿勢や奨学金に対する理解不足が、後々奨学金が返済困難となる状況を作りやすくしているのは明らかでしょう。問題は、どうしたらこのような状況が改善されるかということです。

■奨学金のマーケティング:名称とチャネルの問題
上で見たように、貸与型奨学金の趣旨を利用者に周知できていないという奨学金のマーケティングの問題や、一部の利用者の姿勢や理解が十分ではないというリテラシーの問題は、おそらく小さくはありません。

対策として、金融商品である「貸与型奨学金」の名称を「学生ローン」等に変えるべきだという意見があります。実際、「奨学金」と聞くと、返さなくても良いものだと勘違いしてしまう人が少なからずいるようですので、これは意外に良い方法なのではないでしょうか。

但し、銀行等が貸し出す比較的高金利の一般の学生ローンとの区別がつくようにする必要があります。それらの商品と混同されてしまうと、低金利の貸与型奨学金を借りられるにもかかわらず高金利のローンを借りてしまい、むしろ支払困難者が増加する状況も考えられます。ローン契約であることを利用者にはっきりと認知させると同時に、一般の金融機関が提供していない好条件なのだということが明らかに分かるようにしなくてはなりません。

ですので、「貸与型奨学金」を「奨学金型学生ローン」くらいに変えるのが良いかもしれません。スマートな名称ではありませんが、「ローンなのに奨学金型ってどういうこと?」などと思ってもらえればしめたものです。

また、チャネルの問題も重要です。

よく知られているように、日本学生支援機構の奨学金募集は学校で行われています。大学で借りる場合は、高校在学中なら高校、進学後なら大学で申請することになります。

数百万円もの多額のローン契約を、金融リテラシーが必ずしも高くないかもしれない学校の教職員を介して行うというのは、消費者保護の観点から言ってあまり適切ではないような気がします。貸与型奨学金が借金であることや、支払困難に陥るリスクについて、きちんと説明できているのでしょうか。

もしも奨学金手続きの担当が「ナニワ金融道」に出てきた教頭先生くらいのレベルの金融リテラシーだったとしたら、大事なことを生徒の皆さんがちゃんと理解するのは難しいかもしれません。

また、必要事項が適切に説明されていても、深く考えずに「先生の言う通りにしよう」となってしまう面もあるでしょう。先に見たとおり、延滞者には学校関係者等に勧められたから借りたという人が多いのです。

学生本人が自ら能動的に申し込み、返済義務やリスクについて本人が理解していることを確認しない限り申請が受理されないような仕組みを、日本学生支援機構は考えるべきだろうと思います。

■学生の金融リテラシーの問題
返済義務を理解していない奨学金利用者が多い点などは、日本の学生の金融リテラシーが低いことと大いに関係していると考えるべきでしょう。

そもそも、平均的に教育水準の高い日本人が他の先進国と比べて金融リテラシーが高いかと言えば、決してそんなことはありません。

というか、むしろかなり低いほうです。

詳細は省きますが、金融リテラシーについての良く知られた調査方法に、金利、インフレ、投資リスクの3つの簡単な選択問題を答えさせるというものがあります。

ある調査で、ドイツ人の57%、オランダ人の46%が全問正解したところを、日本人は27%しか全問正解しませんでした。これは、米国の35%、イタリアの28%よりも低く、調査対象となった8か国で日本より悪かったのはロシアだけでした。まったく解けなかった割合も、ロシア、イタリアに次ぐ高水準(17%)でした。

また、年代別では、35歳以下で全問正解15.7%と若年層の正答率の低さが目立っており、社会経験を積み、経済的な余裕ができるにつれ正答率が上昇するという傾向が確認されています。

2012年にOECDが実施した各国地域の15歳の生徒を対象とした学習到達度に関する調査では、新たに金融リテラシー分野が盛り込まれましたが、日本は読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野でOECD加盟国中1位、2位、1位と好成績を収めたものの、金融リテラシーの調査には参加しませんでした。

下衆の勘繰りかもしれませんが、3分野でトップクラスの成績を誇る日本が金融リテラシーの分野で酷い成績を公式に記録してしまうことを、文科省周辺の皆さんが良しとしなかったのかなぁという気がしています。もし参加していたら、かなり残念な結果となった可能性が高いと思います。

金融リテラシーは数学や読解力と関連するというのがOECD調査の結論なのですが、それらの分野で能力の高い日本で特に若年層の金融リテラシーが低いというのは、忌々しき問題だと考えるべきでしょう。未熟な金融リテラシーが、詐欺被害やギャンブル依存等の社会問題に繋がっていることも考えられます。

日本では、お金のことを話すのは良くないことのように考える空気があるように思いますが、そうした思考停止が、いろいろな問題の根本的な原因であるような気がしています。

できれば初等教育の段階から投資や借金のこと等を学べる教育環境の構築を、そろそろ真面目に考えても良いのではないでしょうか。

奨学金や仕事に関しては、以下の記事も参考にしてください。
■日本学生支援機構奨学金の返済猶予制度について。 (本田康博 証券アナリスト)
http://yasuhonda.wpblog.jp/?p=160
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■ちきりんvsイケダハヤト「通勤手当廃止」論争で語られなかった「住まいの問題」緩和策。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42894098-20150115.html
■一年で3回転職したアラフォー女子、年収倍増は幸運だけが理由じゃなかった。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42650114-20141230.html

■まとめ
・北九州市40歳フリーター男性の自己破産は、奨学金の問題ではなく貧困問題です。
・貸与型奨学金を給付型にすると、給付範囲が狭まるため多くの人が困ります。優秀な人に対する給付型や授業料免除の拡充はメリットあり。
・制度に対する理解度が低い等の支払困難者に見られる傾向は、奨学金の名称や、流通チャネル、金融リテラシーの問題と関連しています。
・読解力や数学力の高い日本の金融リテラシーが低いという状況は、忌々しき問題。子供の頃からお金について考えることのできる教育環境が必要です。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家


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