天皇賞春オッズ板
先日、5億7千万円を脱税したとして馬券の払戻しを申告しなかった会社員男性を大阪国税局が所得税法違反で告発した件で、最高裁が弁論を開かないまま判決期日を3月10日に指定したとの報道がありました。高裁判決のまま確定するのは確実で、競馬界にとっては大ニュースです。

この報道を受けて、ホリエモンこと堀江貴文氏が、「JRAはホクホクだな」とツイートしたところ、カジノ専門家として知られる木曽崇氏が、自身のブログで「いやいやいや」と反論。

どちらの意見も分かるような気もするのですが、「でも、どちらもやっぱりちょっと間違っているよなぁ」というのが、私の見方です。

■堀江氏の意見について
堀江氏の意見は、いつものようにシンプルです。シンプルなだけに、ちょっと足りないように思います。
画期的。これで自動馬券売買ソフトで回収率100%超えるものが堂々と作れる。JRAはホクホクだな
(堀江貴文氏ツイッターアカウント『堀江貴文(Takafumi Horie)@takapon_jp』ツイート(2/18付)より抜粋。)

おそらく、皆が安心して高回収率のソフト(以下、必勝ソフト)で買えるようになれば、売上も伸びて、JRAもホクホクだろうということなのだと思います。しかし、記事の後半で説明しますが、必勝ソフトが市場に投入されても、それだけではそれほど大きく市場が拡大することはないでしょう。

ホクホクではなく、ソコソコくらいなのだと思います。

また、外れ馬券の経費認定が最高裁で確定すると、国税からJRAに対し、一時所得と雑所得の線引きルールを含む、適切かつ効果的に税金を徴収可能とする仕組みの検討や、徴収インフラの開発、定期的な投票データの徴求等、様々なリクエストが行われる可能性があります。自分がJRAの担当者なら、そのあたりをちょっと想像するだけで、もうウンザリでしょう。

さらに、もしもそうした税金を効果的に徴収または捕捉するための仕組みが実際に導入されることになれば、競馬市場が早晩縮小していくことは避けられないかもしれません。

■木曽氏の意見について
木曽氏の主張の大前提は、払戻率が一定の中で、一部マニアが勝ち易くなると、その分、ほかの一般の方が負け易い市場になるということです。
いやいやいや、それは非常に短期的かつ表層的な分析であって、むしろ中長期的には今回の判決はJRA、ひいては競馬業界全体にとって全くホクホクの話ではありません。今回の判決によって、以下のような事が起こります。
分析ソフトを使う人間が儲ける=使わない一般プレイヤーが負ける
 →一般プレイヤーは早期退場+プレイヤー全体が徐々にマニア化
 →カモとなる一般プレイヤーが居なくなるのでマニア層も収益性悪化
 →マニア市場も縮小
(木曽崇氏ブログ『カジノ合法化に関する100の質問:ホリエモン「JRAはホクホク」、イヤそれは違う』(2/19付)より抜粋。)

木曽氏はまた、そうしたマニアが全国の公営競技場で同様に稼ぎまくることで、売上は一時的に複利的に大きくなるものの、一般の市場参加者の資金がマニアに吸い上げられるため、ギャンブル市場の資金総量が急速に減り、幾何級数的に市場が縮小すると説明されています。

これらの主張のうち、一部の人が勝ち易くなれば他の人が負け易くなるという点には同意します。しかし、カジノとは異なり、大金を持った合理的で優秀な参加者が、他の能力的に劣る参加者から資金を完全に吸い上げることは、馬券市場の場合は不可能と言ってよいでしょう。

馬券市場における必勝ソフトと言うと、「レースごとの勝ち馬や上位馬を当てるソフト」と思いがちですが、じつはそれは正しくありません。

馬券市場で目指されるのは、単に買い目を当てることではなく、買い目を当てた結果、賭け金以上の払い戻しを受けることです。必勝ソフトに必要なのは、各馬が勝つ確率を予測し、それを競馬市場における「価格」である払戻しオッズと比較し、価格的にオイシイものをピックアップする機能です。

割安のものを狙って買うというのは、近所のスーパーでも、ブランド品のセールでも、競馬でも、何ら変わることのない当然の戦略です。

そして、自らの馬券購入によって市場価格を割高にしないようにするためには、市場の中で自らはマイナーな存在である必要があるのです。

ここがカジノとの決定的な違いなのだと思います。

■必勝ソフトの投入前後でどう変わるか(ややテクニカル)
図表は、簡単なモデルを使って、必勝ソフト投入前と投入後でどのように変わるかをシミュレーションしたものです。ここでは勝ち馬を当てる単勝馬券を想定しています。払戻し率は80%です。
簡易シミュレーション表
この簡易モデルでは、それぞれの買い目(馬)について、潜在的な「勝つ確率」と、それを市場が評価した結果の「売上」及び「売上シェア」、売上シェアに従い変動する価格である「オッズ」、「オッズ」と「勝つ確率」の掛け算で計算される「(回収率の)期待値」を考えています。また、「勝つ確率」と必勝ソフト投入前の「売上」、「売上シェア」については所与とします。

実際のレースでは期待値がプラス(100%以上)の馬がいない場合や、複数いる場合もありますが、期待値がプラスになるくらいに実力と人気が乖離する馬というのは、全体の中では少数派です。ここではA馬一頭だけが該当します。

A馬を買っている人は勝ち組、他の馬を買っている人は負け組です。通常、割安な買い目を平均的に当てるには、多くの人とは異なる視点や分析が必要となります。

ここで、「勝つ確率」を知ることのできる仮想の必勝ソフトを投入するとします。必勝ソフトを使って馬券を購入する人たちは、必ず期待値がプラスのA馬の馬券を、期待値がプラスの状態を維持しうる範囲で購入します。ここでは、期待値が100%になるまで買い進めると仮定しています。

必勝ソフト利用者が馬券を購入するタイミングは、締切直前です。その時点までに既存購入者による市場価格(投入前オッズ)が形成済みです。(注1)

簡易シミュレーショングラフ
図表でソフト投入後の状態を確認すると、追加分の影響でA馬以外のオッズが上昇し、期待値が高まっていることが分かります。オイシかったA馬については、ソフト投入によって旨みが激減です。

簡易モデルで考えてみて分かったのは、必勝ソフトを投入することで割を食うのは、従来から何らかの方法で割安の馬をキッチリ狙えていた勝ち組の人たちだということです。全体としては、平均的には期待値は微減するものの、これまでも負け組だった人たちにはそれほど大きな影響はなさそうです。

つまり、必勝ソフトが投入されると、勝ち組の裾野が増える一方で、増えた分だけそれぞれの儲けの幅は薄くなるという方向での変化が予想されるのです。

このとき競馬市場全体の売上は、表のソフト投入前後の売上の差で見たように、やや増くらいが直接的な影響なのだろうと思います。

馬券と競馬等については、以下の記事も参考にしてください。
■競馬は投資になりうるのか検証してみた: 二年間全レース買って馬券収支がプラスだった事例から。 (本田康博 証券アナリスト)
http://yasuhonda.wpblog.jp/?p=216
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42224151-20141206.html
■有馬記念から考える「にっちもさっちもいかない状況」の克服方法。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42605108-20141227.html
■海外馬券の販売開始か?日本での馬券売上のインパクトとマネーロンダリングの可能性。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42936449-20150119.html
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html

■まとめ
・馬券を継続的に買う場合に外れ馬券も経費に算入できるとの判断が、最高裁によりなされようとしています。
・雑所得と一時所得の線引きのルール検討や、馬券購入履歴情報の提供、インフラ整備等が、JRAに対し求められる可能性があります。
・必勝ソフトが投入されてもっとも割を食うのは、もともと勝ち組だった人たちです。
・負け組(もともと期待値の低い買い目を買っていた人たち)には、大きな悪影響はなさそうです。
・必勝ソフトの馬券売上への影響は、おそらく限定的です。ホクホクではなく、ソコソコくらいでしょう。

(注1)実際の馬券市場でも、締切に近づくにつれて売上シェアが勝率に近づく傾向があります。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家

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