20150413


がむしゃらに仕事に邁進した30代を過ぎ、40代は気力体力ともに下り坂を迎える。今働いている組織の中での自分の行く末も見えてくる頃。「今後、どう生きていったらよいのか?」「今まで自分が歩んできた道は正しかったのだろうか?」と、多くの40代が漠とした不安に駆られている。心理学者ユングはそんな40代を指して「中年の危機」と呼んだ。

筆者のもとにも、今の仕事に行き詰まりや不安を感じた40代の方が、これからの働き方について相談にいらっしゃる。かくいう筆者も、40代の一人として不安に苛まれ、試行錯誤を繰り返してきている。この不安を乗り越えるために、私たちは「悩める40代」をどう過ごしたらよいのだろうか?40代で自分らしいキャリアを再発見した人々を紹介しながら、各人が解を導き出すだすためには何が鍵となるかを紐解いていきたい。

初回にご紹介するのは加藤小也香さん。42歳にして大手教育機関から、社員20余名のスタートアップ企業に転職した。同時に日本の各地域の創生に関わるPRなどのアドバイザーとしても活動している。今回は、加藤さんが40代を迎えて感じていた閉塞感と、それを打破してどのように自分の価値を再発見したか、その過程を紹介する。次回後編では、転職先でどのように自分の居場所を作っていったかを紹介する。
※冒頭の写真は転職先トリッピース社社員旅行のもの。後列右から二人目が加藤さん。20代社員の中の唯一の40代社員だ。

■転職先の応募ポジションはアルバイト
加藤さんの転職先のトリッピース社創業4年目のベンチャーであるため、財務的な余裕もそれほどなく、支払われる給与も前年年収の半分になったという。では、「事業部長」というタイトルが魅力的だったかというとそうではない。加藤さんが応募したポジションはもともとアルバイトであり、結果的に社員として入社はしたものの、当初は何の肩書もなかった。

「自分一人、食っていけるだけのお給料がもらえればいいかなと思いました」あっけらかんと加藤さんは語る。給料やポジションの安定より、自分が心から携わりたいと思う仕事に従事することが重要だったのだという。逆にいうと、前職ではポジションや高い年収を得られていても、飽き足らないものがあった。

■自分らしさを見失いつつ迎えた40代
前勤務先の社会人向け教育機関グロービスでは、オンラインメディアの立ち上げや広報室長など、責任あるポジションを歴任してきた加藤さんだが、ここ数年は何とも言えない行き詰まり感を覚えていたという。この会社で自分は自分らしく生きていかれるのか、これが本当にやりたいことなのかと、疑問を抱くようになっていた。

きっかけは東日本大震災だった。震災の直後、グロービス代表の堀義人氏は、「原発は危険ではない」という主張を国内外に強く打ち出していて、その発信を担ったのが広報室長だった加藤さんだったが、仕事としての役割と個人としての主張の食い違いに強い葛藤を覚えた。

「個人として再稼働は慎重に議論すべきという立場でした。仕事とは言え、自分と異なる主張を、しかも持てる世論誘導の技術を使いながら、チームメンバーまで動かし繰り返すことに苦しさを覚えました」と語る加藤さん。会社の仕事に従事しながらも、自分には他にやりたいこと、できることがあるのではないかと考えることが増えていった。

仕事や環境への慣れもあって、成長実感が乏しくなっていたことも、これに拍車をかけた。「最後の頃は正直、あまり頭を使うことなく、脊髄反応で日々の業務を処理していました。部下が問題を起こさないように面倒を見ていればいい、売り上げを下げなければいい、と後ろ向きのマネジメントをするようになっている自分に辟易していました」

そんな状況ではあったが、転職先を探したり、手元の仕事で冒険したりといった変化を起こそうとしなかったのはなぜか。「怖かったのです。転職サイトに登録することも考えましたが、オファーが一つも来なかったら、自分に市場価値がないことを直視しなければならない」

「40歳を迎えた後のあの嫌な感じは、忘れられない」とも話す。「元来、強気な性格で、役員であろうが社長であろうが平気で喧嘩をふっかけて働いてきて、それが持ち味であったはずなのに、『この人に嫌われたら会社に居場所がなくなってしまうかもしれない』と言葉を飲み込んだ瞬間があった。保身を優先し、自分が正しいと思う仕事ができなくなっていく。40すぎの女には転職先はない、という現実を突きつけられたら、その姿勢がさらに強まってしまうのではないか、と思ったのです」

■被災地での出会いを通じて自分の価値を再発見
そんな閉塞感を打ち破ったのが、グーグル社が中心となって展開する復興支援プロジェクト「イノベーション東北」への参画だった。

「ちょうどその頃、教育機関としての知見を深めるため、社員個人が外部企業と協業することを会社として促進、支援する制度がグロービスの中にできました。同タイミングでグーグル社の知人から声がかかり、イノベーション東北の事務局スタッフとして参画したのです」

プロジェクト内での役割は、イノベーション東北の活動そのものや事例の広報だったが、東北の被災地を巡るうち、プロジェクトで関わる被災地の事業者の広報活動も継続的に支援したいと思うようになってきた。「幸いにして、記者と広報という両方の仕事をしていたので、媒体ごとにどんな企画を提案すればウケがいいかわかっていました。取材に来てもらうのが難しそうと判断したら『だったら自分が書くので』というと大概どの媒体も掲載欄を作りますよと言ってくれる」

純粋に被災地の復興の一助となれればと思って始めたことだったが、幾つかの媒体に記事を寄稿するうちに、別なテーマでの原稿執筆の依頼や広報アドバイスの依頼がポツポツと加藤さん宛てに寄せられるようになっていく。「一つひとつは小さな内容でしたが、会社の名刺でもプロジェクトの名刺でもなく、生身の自分に仕事の依頼が来る。自分のキャリアってこうやって切り拓いていくのかもしれない、という道筋の“種”のようなものが見えた気がしました」

ただ、記事を書いて発信する「ライター」となることには違和感があったという。「単に書き手として特産品や観光地としての土地の魅力を発信するだけでなく、それを誰に売っていくのが良いか、適切なお客にリーチするにはどの媒体を選んだらよいか、どんなブランドキーワードを設定すべきかなど、コミュニケーション戦略全体を提案するほうが結果を出せると思ったからです」

被災地のコミュニケーションプランナーという新しい自分の価値を発見した加藤さん。一方で、そこに突き進んでいくためには東北以外の地域の事例を深く知る必要も感じるようになっていった。「被災地支援という理由だけで商品が売れる、人が来るという時期はとうに過ぎていました。他の地域のものと比べても消費者が選ぶだけの価値を訴求しないと売れないのに、現地にいると何が唯一無二の価値であるのかは見えづらい。でも第三者である私なら、俯瞰してその価値を見つけ伝えることができると思ったのです」

考えた結果、加藤さんは毎週末のように、東北以外で地域ブランドの発信や集客に成功している場所に自費で訪れ、飛び込みでキーパーソンに話を聞き、知見を貯めることをし始める。そのうちに四国や九州など被災地以外からもアドバイスしてほしいとオファーが飛び込むようになり、加藤さんの自信となっていった。

地域創成につながる領域でもっと活動していきたいが、今のグロービスの仕事を続けながらだとそれは難しい。各地域からのオファーとイノベーション東北を合わせると1000万円近くの収入となるが、経費を引けば年収は半減してしまうし、そもそも安定収入となる保証もない。「何かギリギリ食べていかれるだけの固定収入を得られる仕事と組み合わせられれば・・・」そんなことを漠然と考えていた矢先、目に飛び込んで来たのがトリッピース社のアルバイト募集のネット広告だったのだという。旅を通じて自分の価値を再び見出した加藤さんにとって、「どこにもない旅をつくる」というトリッピース社のコピーは心に響いた。募集はアルバイトではあったが、応募することを即決したという。

■自己再発見のカギは「行動」
こうして加藤さんの40代に入ってからのキャリアを辿ると、自分を必要としている人との出会いが、自分自身の存在価値を見出すことにつながっていることがわかる。しかし、その出会いは、彼女が最初から意図したものではなかった。今所属している組織に感じた違和感や不安、復興に関わりたいという思いから、いてもたってもいられず、自組織以外の場に向かった行動から生まれた出会いだった。

加藤さんの場合は住み慣れた都市を離れ足を運んだ地域で、人と人のつながりができ、横断的な知恵がつき、自然と自分の過去の経験やスキルも役立つ仕事が生まれていった。肩書もない自分が飛び込んだ場所で提示される数や額面が増えていったことで「いつしかキャリアに対する一切の不安がなくなっている自分に気づいたのです」という。

40代は、それまでの仕事で培った豊かな能力がある。ただ今いる組織でそれを発揮できない状況に陥っていることも多い。自分の力を発揮できる場を再び見出すには、場所を変え周囲の人を変えてみてはどうだろうか?あなたの力を必要としている人や場が見つかるかもしれない。ただし、その場所で提示される雇用条件や環境は、今までいた組織と同等のものではない可能性は高い。あなたは果たしてそれを受け入れられるだろうか?場を変えるのと同様、自分自身も変わる必要がある。

次回は、加藤さんがトリッピース社を選んだ理由と、そこでどうやって居場所を見つけていったかをご紹介したい。

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【加藤小也香さん経歴】
1972年生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒、グロービス経営大学院経営研究科(MBA)卒。1996年に日経BP社に記者として入社。2006年にグロービス転職。オンライン経営情報誌「GLOBIS.JP」編集長、グループ広報室長、出版局書籍編集長などを務めたのち、2015年より「どこにもない旅をみんなでつくる」を謳うトリッピース社に転職。現在マーケティング事業部長。2013年よりグーグル日本法人が中心になって展開する、人材のクラウドマッチングプラットフォーム「イノベーション東北」にも事務局メンバーとして参画。
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【参考記事】
■転職で忘れられがちな職務経歴書を書く視点
http://sharescafe.net/42183394-20141202.html
■辞任閣僚に学ぶ女性リーダーの生き残りの心得
http://sharescafe.net/41591678-20141028.html
■それは心の生活習慣病かもしれない
http://office-carlino.com/wordpress/?p=746
■撤退も選択肢
http://office-carlino.com/wordpress/?p=762
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。http://sharescafe.net/42781228-20150108.html

朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー


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