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■大企業との生涯賃金差は3000万円以上
上場企業の生涯賃金ランキングの特集記事を見て、思わずため息が出てしまう人が多いのではないでしょうか。トップから6億円、5億円という数字が有名企業の名とともに並んでいるのを見ると、確かに大企業と中・小企業とでは画然たる賃金差があります。しかし、つい先日もシャープが国内3500人の希望退職募集を発表したように、大企業社員とて生涯賃金が約束されているわけではありません。同じ会社で一生働くことを前提としているので、リストラ退職者や自発的転職者はその時から、逆に賃金差を実感する側に回ることになるでしょう。

ところで平均的に見た場合、企業規模別に生涯賃金差はどれくらいあるのでしょうか。統計資料に基づいて大企業(1000人以上)、中企業(100~999人)、小企業(10~99人)の生涯賃金を計算してみました(2014年厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より)。

大企業 : 約1億7945万円
中企業 : 約1億4982万円
小企業 : 約1億3549万円

大企業と中企業との生涯賃金差はざっと3000万円、小企業との差は約4400万円です。これらの数字がどこまで実感できるかは人それぞれでしょう。小さな企業でも定年世代で平均賃金約27万円を貰えるなら万々歳だと思う人は結構いるのではないでしょうか。あくまで平均というのは個別をならすものですから、大企業の定年再就職者でも新卒並みの給料(約21万円)より低い人はいくらでもいるわけです。

■大企業に入れなかった者は生涯挽回できない
言うまでもなく、人生というのは「平均」でできているわけではありません。平均というのは、単なる指標でしかありません。投資信託で言えば、指標に連動するインデックス型人生を生きるか、指標を上回るアクティブ型人生をめざすか、はたまたインデックス以下に甘んじて生きるか。

これは収入面だけではなく、生き方の価値観についても言えます。収入では平均未満でも価値観の高い人生はあります。しかし現実には、人の価値観は収入の指標にしばしば捉われてしまいます。これは行動ファイナンスでいう「アンカリング」(碇付け=いかりづけ)というものです。大企業平均、中企業平均、小企業平均の収入レベルが、意識のどこかで碇のように引っ掛かっているからです。その碇の下りた所で「あいつらに比べ俺の給料は・・・」などと比較してしまうわけです。

逆に大企業社員のほうも、中・小企業の社員との賃金差は個人(つまり自分)の技能水準によるものだという碇が掛かっているのです。行動経済学者シラーは、こう言っています。「賃金差の50%は、個別の労働者の技能水準ではなく、働いている企業次第である」(アカロフとの共著『アニマル・スピリット』)。米国の6つの産業で労働者が転職したときの賃金を調査したところ、「技能水準が同じでも、給料はさまざま」(同書)であると報告しています。

これが現実であるなら、大企業に入れなかった者は生涯どの時点においても企業規模による賃金差は挽回できないことになります。しかし、このような個人の技能では変えにくいことに捉われるのは、賢いこととは言えません。しかも、統計上の賃金差のような平均的数字そのものは個別的なライフプランにはなりえないのです。

■意識に掛かる「碇」を取り払うには
では、個別的なライフプランを考えるにあたって、「平均」という碇を取り払うにはどうしたらいいでしょうか。1つは、平均的数字は単なる目安として割り切り、個人のライフプランの現実を正しく認識することです。収入の多い人もいれば少ない人もいます。支出も多様です。消費の多い人と少ない人、貯蓄や住宅ローンがある人ない人、教育費がかかる人とかからない人、などなど。そういった現実からスタートするのです。

もう1つは、「逆アンカリング」です。人の意識に碇付けされる心理を逆に利用するのです。まず、自分の老後設計に必要な資金額をはじき出してみてください。ひとりでは無理ならFPなどに相談するといいでしょう。次にその金額を自分自身に意識づけることで、常にその目安に向かって行動するようにします。それによって自然に心の碇となってきて、無意識に定着するようになります。

あなたにとって、例えば3000万円の追加額があれば老後生活が楽になると思えるなら、その金額を意識づけてみるのです。この金額は統計などの平均額から出すのではなく、あくまであなた個人の現実的な見込額から出たものです。それがあなたのインデックスとなります。そして、その金額を実現するために現実的な方法を考えてみましょう。

■運用で儲けられるのはたかが知れている
現実的な方法とは、運用と雇用(労働)です。月並みですが、これがもっとも堅実な方法です。まず運用について。大企業の社員ほどでなくても、多少なりとも退職金が見込めそうな人は、ゆめゆめこのお金で「一発大逆転だ」などと野心を抱かない方がいいでしょう。全額投資などもってのほかです。運用は大事だし、必要です。だからといって、過大に期待してはいけないということです。サラリーマンが運用で期待できる金額はたかが知れているということを知ることです。

現実的には、50歳から年に60万円(月5万円)を投資に回すとします。これを年率5%で10年間、複利運用すると約755万円になります(年金終価係数を用いて計算)。運用益は約155万円です(755万円-60万円×10年)。これでは満足できないといって、1000万円を一度に投資しても、今の景気が続いて倍額になるとは限りません。まして、そのお金は生活資金なのですから、減ってしまったのでは元も子もありません。

はっきり言って、10年運用の収益率5%でさえ良いと思った方がいいのです。年金積立金の運用を行うGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の直近10年間(平成16年~25年)の運用パフォーマンスは年率3.20%です。国内株式の指標(TOPIX)でも同期間のパフォーマンスは2.07%でしかありません。運用は必要であるが、過剰に期待しない、そう思うことが大切です。

働き続けられれば何とかなる
雇用についていえば、老後も「働き続ける」ことです。現在では、60歳で定年退職となっても本人が希望すれば、引き続き65歳まで初任給並みの給料を貰って働くことが可能です。さらに70歳くらいまで月給20万円で働ければそれなりの収入を稼げます。もっと75歳まで働ければ、先ほど言った運用分と合わせ、夫婦の年金受給も加えれば老後資金不足はかなり解消されるでしょう。

このように書くと、
―― ちょっと待った。
と思われるかもしれません。第1に、「高齢者をいつまで働かせるつもりだ」ということでしょう。これに対しては、高齢者が働くのは酷なことではない、と言っておきます。働きたくない人、病気などで働けない人まで無理に働く必要はありませんが、働きたい人が自分の好きな働き方で働き続ける、これが理想的です。働きたくても仕事がないほうがよほど酷です。

第2に、「70や75歳まで高齢者が働けそうな場所があるのか」ということでしょう。これについては、残念ながら今は十分に雇用市場の仕組みが整っているとは言えません。厚生労働省の調査では希望者全員が65歳以上働ける企業は約4割、70歳以上となると約1割です(301人以上の企業)。高齢者社会や年金資金不足の問題を考えると、企業が70歳以上の者を雇用することが当たり前になるべきだと強く思います。問題は、同じ技能水準で同じ労働なのに高年齢というだけで賃金が大幅に低くなることです。これについては、働く側もいつでも同一労働・同一賃金に対応できるよう、体力・知力・技能レベルを維持しておくことが必要となるのは言うまでもありません。

このように考えていくと、統計上の平均的数字というものに捉われることがあまり意味のないことだとわかってきます。すでに述べたように、ライフプランは「平均」で成り立つものではありません。収入が平均より多くても破綻する人はいますし、平均以下でも節約して質素な生活を送ることができます。平均の数字というのは、あくまで目安としてあればそれでいいというわけです。


【参考記事】
■「家族的」な会社のホワイトに見えるブラックな部分  野口俊晴
http://sharescafe.net/44029506-20150331.html
■贈与しまくりで破滅 バルザックの「ゴリオ」的人生は現代も起こりうるか 野口俊晴
http://sharescafe.net/43562407-20150303.html
■相続税対策に保険商品は要らない? 野口俊晴
http://www.tfics.jp/
■目先の損得にとらわれない これからの年金、早くもらう方法と多くもらう方法  野口俊晴
http://sharescafe.net/41566040-20141026.html
■年俸制の契約社員でも未払残業代を堂々と取り戻せる法  野口俊晴
http://sharescafe.net/42292529-20141208.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー  TFICS(ティーフィクス)代表 




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