150604三木さん

人生の折り返し地点といわれる40代。会社員の場合、他の年代に比べると「会社そのものの将来性」「自分の継続雇用やポスト」と、会社員としての将来に対する不安や不満が高くなるのが特徴だ(日本マンパワー「仕事に対する意識調査(2012.9)」)。そんな不満や不安からキャリアチェンジを考える人も少なくない。

今回ご紹介する三木さんは、大手企業のエンジニアから「木こり」に転身した。現在は「自然と人間との調和する世を作れるのではないか」と考え、森を舞台にワークショップや木工品の製造などに従事している。

大きなキャリアチェンジを経た今、会社員時代を振り返りこう語る。「以前は自分ができないことを会社の責任にしているところがありました。が、自分が肚を決めれば可能だということがわかりました」肚を決めるとは具体的にどういうことなのか?三木さんが自分の信じる道を一歩進むことができたのはなぜなのか?三木さんのキャリアからひも解いていきたい。

■「木こり」は職業ではなく、生き方
最初に三木さんの仕事について簡単に説明しておこう。
「『木こり』というのは職業名ではなく、生き方を意味しているかなと感じています」と三木さんは言う。森が持つ潜在的な力を引きだし、その力をいただいて人間を活性化するのが木こりの役割であり、森と都会に住む人間との懸け橋となるのだという。

三木さんが森に関心を持つようになったのは、会社員時代にさかのぼる。以前は産業機械メーカーでエンジニアとして水処理システム事業に従事していた。
「水資源に関する仕事をしているうちに、水の源であり、水を浄化する森の重要性に気づき、関心を持つようになりました」

■企業論理とありたい姿の間で苦しんだサラリーマン時代
森への関心が高まると同時に、三木さんの中では会社の仕事に対する悩みが深まっていった。
「水の問題が世界規模に広がるとともに、会社のビジネスチャンスはグローバルに広がっていました。一方で自分の中には疑問がどんどん膨らんでいくのを感じていました」「会社は、安全な水の提供と再生や地球環境への貢献をミッションとして掲げていました。それが実現された姿として自分は、水と、その源である森が浄化され、人間と共生している姿をイメージしていました。しかし社内の議論から、会社にとってのゴールは自社の収益拡大であるように思えたのです」

会社内での議論に疑問を感じ、三木さんは自分が目指すものを新規事業として提案した。しかしなかなか耳を傾けてくれる人がおらず、最終的に当時の社長に直談判するまでに及んだ。当時の三木さんは「武闘派サラリーマン」としていつも攻撃的なオーラをまとっていたという。

三木さんも議論ばかりに終始していたわけではない。それ以外のアプローチとして、組織学習の方法論やコーチングを自社で実践していた。たとえば社員同士の交流を促したいと、対話の一方法である「ワールドカフェ」を、1年間、会社の中で開催し続けた。しかし、上司が三木さんを異端児と見る雰囲気は変らなった。思うように事態が進まないのは周囲の無理解が原因だと怒りすら感じるようになっていた。しかしある出来事が、そんな三木さんの考えを変える。

「森に出かけて一本の木を伐る体験をしました。木は非常にゆっくりと倒れていきます。予想していたものと全く違う光景でした。その体験の最中、自分の細胞一つ一つが喜びの声を上げているようでした」「木を伐るために汗を流す圧倒的にリアルな体験と比べると、自分が机の上でやっている仕事はなんと甘いのか。当時の私は会社に雇われて安全な場にいながら、ただ会社に対して文句を言っていただけ」

自然との共生を訴えるのなら、会社に頼るのではなく自分が行動しなくては本当ではない…そう考えた三木さんは、勤務先の会社を離れることを考えるようになった。

■家族との対話が背中を押す
勤務先を辞める気持ちを固めつつあった三木さんだが、ご家族は反対しなかったのだろうか?
「離婚して家族はゼロクリアしようと思っていました。以前にちらりと『木こりになろうかな』と話した時に、長女から猛反発を受けたことがあり、本当にそうしたら家族は絶対に反対するだろうと考えたからです」

しかし、結果的に家族が三木さんの退職の背中を押すことになる。
「家族と別れることを覚悟し、なぜ自分が会社を辞めて森の仕事をするかを家族に話しました。そうしたら、長女が泣きながら『以前反発してお父さんを傷つけた責任を取りたい。本当は木こりに興味ある』と言ってくれました」「考えてみると、自分の思いを家族にちゃんと話したのは、それが初めてでした。『わかってくれない…』と家族のせいにしていましたが、向き合っていなかったのは、むしろ自分のほうでした」
三木さんは、子供には将来、自分のやりたいことに取り組む人生を送ってほしいと願っている。だとすると、親自身も自分が信じる道を歩まなければウソになる、と考えた。
その直後に、三木さんは辞表を提出した。もちろん、離婚も思いとどまった。

数年前に都心にマンションを買ったばかりで家のローンがまだ残っていたが、奥様も働いていたのと、以前から投資を細々として給料以外にも収入があったので、経済的にそれほど心配しなくてよい状態だったのも幸いだった。

■思いを共にする仲間との絆
会社を辞めたものの、どんな働き方をしたらよいか、しばらく三木さんは試行錯誤した。林業への就労訓練にも参加したが、林業従事者になるには年齢が高すぎることが判明。また週3日程度を森で、それ以外を東京で活動しようと思っていた三木さんと、毎日森で作業する林業従事者とは条件が合わなかった。

「会社員を辞めたのは早まったか…と一時は途方にくれました」と三木さんは当時のことを振り返る。「しかし改めて考えると、自分がしたかったことは、木材を切り出して売る、いわゆる“林業”とはちょっと違うことに気づきました。もっと教育や哲学に近い領域といえばよいでしょうか…。」

森との関わり方を模索していた時に出会ったのが、「きらめ樹(きらめき)間伐」を普及促進している大西義治氏だった。「きらめ樹」は、木の皮をむいて立ち枯れさせることで木を間引く方法だ。大西氏は、誰もが行いやすいこの手法を活用して、都会人が都会の生活の合間に森林の間伐に従事するプロジェクトを展開していた。

また、会社勤めを辞めたことを機に、コーチングを共に学んだ仲間3人で合同会社ウィンクルム(=絆)を設立することになった。「ウィンクルムは、ビジネスとして何をするというプランがはっきりあったわけではないんです。ただ『自然と人間の共生を目指して一緒に働きたい』という思いだけで作ってしまいました(笑)」

現在、三木さんは、「きらめ樹」の活動として間伐とそこで採取された木材を活用する活動のほか、ウィンクルムのメンバーとして、都会人が森の中で過ごすツアーや企業研修を企画、実施している。
「森と都会とを循環するような生き方に対するニーズがあるのか、当初はまったく見当もつけないまま、始めてしまいました。初めて見ると思った以上に、心を動かしてくれる人がいるのはうれしい発見でした」

■「サングラス」を外す難しさ
「何事も、自分の思い込みだけで判断してはいけないなと思っています」
会社員から転身した経緯を振り返り、三木さんは語る。会社員時代、家族や同僚、上司はまるで敵のように思い込んでいた。その思い込みを「サングラス」と三木さんは表現した。「サングラスを外してやっと本当の世界が見えてくる。自分が正しく、それを理解でない他者が間違っていると思っていました。今は自分の考えは絶対の正ではなく、可能性の一つにしかすぎないと思っています」

40代以降のミドルがキャリアチェンジをするうえでの難所は、経済的なもの、家族との関係…多々あげられる。しかし最も難しいことは「サングラスを外すこと」ではないだろうか。会社員としての経験を積むにつれ、組織の中の自分自身の立ち位置が固まり、そこからものを見るようになる。これがいわゆる「サングラス」だ。一度かけてしまうと、その色がかかった世界に慣れてしまい、サングラスをかけていること自体を意識しなくなってしまう。

では「サングラス」を外すにはどうしたらよいか?一つの答えは、会社勤めをしながらも、会社以外の場に身を置いてみることだと筆者は考える。会社とは全く異なる人間関係の中に身を置くことで、自分や今いる会社組織を客観的に見つめ直すことができる。ただし、時間はかかる。三木さんも、自分のサングラスに気づけたのも、コーチングを学んだり、森の活動に参加したり、数々の経験を重ねた後だった。またその結果、退職ではなく会社に残る選択もありうる。重要なのは、自分のことを今までにない視点から眺め、これからのキャリアを自分で選択することだ。

「世の中は問題ばかりあるように思えていたけれど、それは自分の意識がそう見せていただけ。世界は美しいものに満ちていると、今は心から思っています」
そう語る三木さんはいま、「世界木こり会議」を実現しようと奔走している。世界各国から森に関する叡智を集め分かち合う場を作るのだという。どんな知恵が生まれるのか、個人的にも楽しみにしている。
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【三木一弥さん経歴】
木こり。合同会社ウィンクルム 共同代表。
1969年兵庫県に生まれる。横浜国立大学工学部卒業後、大手産業機械メーカーに入社。水関連のプラントエンジニアの後、事業整理、立て直しに奮闘。2013年に退社。現在は、企業の従業員を対象とした「森のリトリート」や、間伐の体験会「きらめ樹フェス」主催、間伐材での製材、木工などに従事。森の学び場や遊び場としての価値創造を通じて自然と人間とが調和した世界の実現を目指している。
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【参考記事】
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