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新国立競技場の建設費用があまりに多額だとして建設計画を見直すといった議論が行われています。

報道では、
総工費が2520億円に膨らんだ新国立競技場の建設計画について、政府がアーチ構造の中止や6万人規模への縮小で見直しの検討に入った。急転直下の方針転換は、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)とともに計画を進めてきた文部科学省ですら“寝耳に水”の事態。ある幹部は「今からの見直しは不可能に限りなく近い」と困惑を隠せない。2015年7月16日 産経ニュース


とされています。本項では、この報道を元に一旦立てた計画を見直す際に何を判断の材料とし、逆に何を材料としてはならないかについて考えてみたいと思います。

本件について意見はいろいろあると思います。しかし経営学的には次のような考え方ができるのです。

■判断の材料とすべきもの

まず、このような場合に判断の材料としなければならないものを考えていきたいと思います。報道ではある幹部が『今からの見直しは不可能に限りなく近い』とまで言っているわけですからその理由について考えていきたいと思います。

ココでのポイントは『今からの…』と言っているところです。つまり、計画を変更すると将来に発生する費用が過大になる。つまり計画変更は現実的ではないと言っていると解釈できます。

これは、計画を見直した場合に発生する【これからの】費用が非常に大きくなるという意味と言い換えても良いと思います。

しかしながら、計画を変更した場合に発生する費用が大きなものとなったとしても、現行計画のままで実施した場合に【これから】発生する費用よりも小さければその計画変更は合理的であると考えられます。

そのため、もし新計画と現行計画について比較を行いたいのであれば、新計画の費用として、納期に間に合わせるために必要な費用(新デザインの募集・選定や事務方の人件費、工期を急ぐために発生する費用等。一般的に納期が厳しくなれば費用もその分増加します。)を見積もる必要があります。

これに対し、現行の計画側も、総費用ではなく、【これから】発生するであろう費用を再度見積もる必要があります。

双方の【これから】発生する費用を比較すれば、現行案のままで行く方が合理的なのか、変更した方が合理的なのかを考えることが可能となります。

■判断の材料としてはいけないもの

さて、逆に判断の材料としてはならない情報もあります。既に支払ってしまった費用や、支払う事が決定している費用です。これは、今更何を言っても取り返せない費用なので判断に入れても仕方ないのです。

どんなに大騒ぎしても、現行案をここまで持ってくるために費やしたお金は返ってきませんので、議論するだけ無駄なのです。(もちろん事後的に検証する事は必要ですが、計画変更すべきか否かの判断には直接関係のない議論となります。)

総工費について言及されるケースが多いように感じますが、計画が動き出している段階では、総工費自体に既にどのような意思決定をしても取り戻すことができない費用が含まれていますので、総工費を意思決定の材料にすると判断を誤る危険性が生じます。

どのような意思決定をしても取り戻すことのできない費用をサンクコスト(埋没原価)と呼び、これは無視しなければならないというのが経営学的な知恵なのですね。

■身近なケースでサンクコストを無視して考えてみると

例えば、あなたは今、マイホームを建てるために奔走しているとします。そして、ある程度話が進んでいる時に、親族から「安くやってくれる業者さんを紹介するよ」と言われたとします。

現行の案では総工費3,000万円。但し設計費として1,000万円をすでに支払っており、契約を破棄した場合、この設計費の1,000万円は諦める必要が出てきます。また、紹介を受けた業者さんは、総工費2,000万円と言っています。

両社とも建築する住宅の品質に差異がないとして、このような時にどのように判断するのが合理的でしょうか?

「1,000万円がもったいないから現行案で行く」と考える人も多いと思いますが、答えは「どちらの案も変わらない」となります。

この場合、現行案で発生する今日以降の費用は2,000万円(3,000万円-既に払った1,000万円)となります。また、紹介を受けた業者さんに変えた場合には、今日以降発生する費用が2,000万円となります。つまり、どちらの案を選択しても、【これから】発生する費用は2,000万円となり、双方変わらないといった判断になるのです。

(この例では、既に支払った、設計費の1,000万円はどちらの案にしても戻ってくることはないので、意思決定の際に考慮してはならないサンクコストとなります。)

■なにと比較しなければならないかを考える必要があります

このように、比較すべきは総工費ではなく、これから発生するであろう費用同士となります。確かに新国立競技場は『総工費が2520億円に膨らんだ』と言われており、個人的には費用がかかり過ぎのような感じがします。

しかし、総費用が高いから見直すという議論ではなく、上で見てきたように、見直しをした際に『これから』かかる費用と、現行の計画で言った際に『これから』発生する費用同士を比較しないと正しい議論ができないのです。

サンクコストについて考える機会として新国立競技場のお話を引き合いに出しましたが、筆者は特に現行案に対して賛成も反対もしていません。新国立競技場がどのような形で決着するかはわかりませんが、末永く日本を代表する競技場として活用される事が望まれますね。

【参考記事】
■キングジムの型破り開発術を中小企業が単純にマネしてはいけない理由(岡崎よしひろ 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/44623331-20150507.html
■もう起業貧乏にはならない!専門家のアドバイスを『タダ』で利用し起業する方法(岡崎よしひろ 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/42751168-20150106.html
■『こびとづかん』急拡大で倒産。好事魔多しと言いますが企業の急拡大は危険なのです
http://4416keiei.net/archives/13878143.html
■耳触りの良い『軽減税率』導入に伴うコストはだれが負担するのですか?(岡崎よしひろ 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/39890391-20140717.html
■サンクコストの呪縛
http://keieimanga.net/archives/6720330.html

中小企業診断士 岡崎よしひろ

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