海イメージ写真2
■任天堂岩田社長がこだわった「ブルーオーシャン市場」の開拓
7月29日、任天堂は平成27年4~6月期の連結決算を発表しました。
売上高は前年同期比20・8%増の902億円、最終損益は82億円となり、4~6月期としては5年ぶりに黒字に転換しました。

4~6月期の業績回復の背景には、任天堂の収益源が広がったことが挙げられます。新たなサービスとして投入した「ゲーム連動型フィギュア」や「有料コンテンツ配信」などの派生サービスが好調に推移した結果、5年ぶりの黒字転換を果たすことができたようです。 

ゲーム専用機とソフトの一体販売をメインとしながらも、「派生サービス」の販売も強化していく戦略は、7月11日に急逝した岩田聡社長が推進してきた戦略であり、岩田社長の思いが実を結んだ結果であるといえるでしょう。

岩田社長は、前社長山内 溥氏の後を継ぎ、「任天堂DS」や「Wii」などのゲーム機を次々とヒットさせ、一時は任天堂を時価総額10兆円まで伸ばしたカリスマ経営者でしたが、その岩田社長が実践した経営戦略は、「ブルーオーシャン戦略」と呼ばれるものでした。

任天堂は「Wii」がヒットした頃から、新たな価値創造を核とする戦略論である「ブルーオーシャン戦略」を実践している企業として、経営戦略の研究家などの間で注目を集めてきました。岩田社長は、2014年1月の第3四半期決算説明会の席上で、以下のように話しています。


任天堂は連結従業員数が5000人あまりと、決してリソースリッチな企業ではありません。他と同じことをして、単純な体力勝負を挑むのは、当社の強みが活かせる分野ではありません。「他に比べてどこそこが劣っているから追いつく努力をするべきだ」「なぜ今こんなに流行していることに取り組まないのか?」というようなご指摘もよくいただくことがあるのですが、中長期の視点で見れば、流行の後追いは、任天堂という娯楽企業の経営にとって、なんら良い結果をもたらすことにはならないと考えています。

むしろ任天堂は、どうやって新たに競争相手のいないブルーオーシャンを探し出して、新しい提案をして新しい市場を創り出すということにしっかり向き合うか、ということを中長期で目指していくことを、これからも変わらず大切にしてまいります。 (2014年1月30日(木) 経営方針説明会 / 第3四半期決算説明会)

任天堂の前社長山内 溥氏が他社の追随を嫌い、「ファミコン」や「任天堂DS」など独自の路線を追求したことは良く知られています。岩田社長もこの路線を踏襲し、「ブルーオーシャン市場」の開拓を狙い、中高年などこれまでゲーム機に縁遠かった層を対象として「任天堂DS」や「Wii」など発売し、大成功を収めました、

その結果、任天堂は2008年に時価総額10兆円を達成し、当時トヨタや東京三菱UFJ銀行に次いで、時価総額3位を記録したほどでした。その後スマホの台頭などにより一時業績が低迷したものの、「常にブルーオーシャン市場を開拓し、そこに新たな価値を提供していく」という任天堂の姿勢が揺らぐことはありませんでした。

その姿勢が4月~6月期における「派生サービス」のヒットに繋がり、業績回復を成し遂げたといえるでしょう。そして今後も、「常にブルーオーシャン市場の開拓に挑戦していく。」という任天堂のDNAは、脈々と継承されていくものと思います。

■ブルーオーシャン戦略とはなにか
任天堂が実践してきたブルーオーシャン戦略とは、そもそもどのような戦略なのでしょうか?

ブルーオーシャン戦略とは、新規需要を主体的に創造し、競争が存在しない状況を創り出すことを図る経営戦略論のことであり、フランスの欧州経営大学院(INSEAD)教授のW・チャン・キムとレネ・モボルニュにより、2004年10月に「ハーバードビジネスレビュー」で発表されました。

その翌年に単行本が出版され、全世界で大ベストセラーになりました。その後ブルーオーシャン戦略は、世界100か国以上の先進企業に採用され、欧米の企業はもちろんのこと、アジアの主要企業でも採用が進んでいます。

単行本では、企業が生き残るために、既存の商品やサービスを改良することで、高コストの激しい「血みどろ」の争いを繰り広げる既存の市場を「レッドオーシャン」、競争者のいない新たな市場で、まだ生まれていない無限に広がる可能性を秘めた未知の市場空間を「ブルーオーシャン」と名づけています。

各社が激しい競争を繰り広げているレッドオーシャン市場で競合に打ち勝つためには、かなりの経営資源を費やすことになりますが、この競争とは無縁の「ブルーオーシャン」という新しい価値市場を創造し、ユーザーに革新的な製品・サービスを提供することにより競争を無力化し、利潤の最大化を実現しようというのが、ブルーオーシャン戦略の基本的な考え方となっています。

ブルーオーシャン戦略の核となるものは、「バリューイノベーション(価値革新)」という考え方です。バリューイノベーションは、市場の境界線を引き直すことにより新たな価値を創造し、「差別化」と「低コスト」の両方を実現しようとする考え方のことです。

ブルーオーシャン戦略では、バリューイノベーション実現のためのツールやフレームがいくつか用意されていますが、「アクション・マトリクス」「戦略キャンバス」「6つのパス」などが代表的なツールとなっています。

また日本における任天堂以外のブルーオーシャン戦略の事例としては、格安理容チェーンの「QBハウス」、個別指導塾の「明光義塾」の例などが挙げられています。

■ブルーオーシャン戦略に関するいくつかの誤解
しかしながらブルーオーシャン戦略は、日本では単なる「ブーム」として捉えられてしまい、現在ではすっかり忘れられた戦略論になりつつあります。それにはいくつかの理由があるようです。その代表的なものは、以下の通りです。

1.ブルーオーシャン市場の開拓を狙って新コンセプトの製品を開発し、市場に投入したとしても、消費者に理解されるのに時間がかかる。また成功するとすぐに競合他社が追随し、市場がレッドオーシャン化するスピードが早いため、先行者メリットを十分に享受することができない。

2.ブルーオーシャン戦略が提示しているツールやフレームを活用して、革新的な製品を開発できるなどありえない。革新的な製品の開発は、そんなに生易しいものではない。

以上のような指摘は、的外れなものではありません。しかし企業戦略は、ひとつの戦略を採用するだけで、全て事足りるわけではありません。それぞれの商品やサービスを取り巻く環境や市場特性に併せて、様々な戦略を複合的に組み合わせながら、企業全体で競争優位性を形成していくことが肝要となります。

よって、「ブルーオーシャン戦略」もひとつの戦略オプションに過ぎず、他の戦略と併用することで、初めて実効性が上がる性質のものなのです。

また、ブルーオーシャン戦略のツールやフレームの活用によって、革新的な新製品などの開発がすぐに出来るようになる、などということは、もちろんありません。

新商品の開発等の作業は、レッドオーシャン市場における商品開発などの場合と同じく、労力がかかるものであることにも変わりはありませんが、一方でブルーオーシャン戦略のツールやフレームを活用することにより、新たな価値を提供できる新商品や新サービスの開発がより迅速に、かつ効率的に行える可能性は高くなった、ということは間違いなさそうです。

■日本における「ブルーオーシャン市場の開拓」の可能性
ブルーオーシャン戦略は、任天堂など一部の企業を除くと、日本ではこのまま忘れ去られていくのでしょうか? しかしながら、ブルーオーシャン市場の開拓に挑戦し、見事に成功している企業が何社も存在していることも事実です。 

その一つとして、典型的なレッドオーシャン市場である外食業界において、ブルーオーシャン市場を開拓して成功した「俺の株式会社」の例をご紹介します。

「俺の株式会社」は、ブックオフの創業者坂本孝氏が2012年に設立した、外食事業を展開する企業です。2012年に開業した「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」をはじめとした「俺の」を冠する料理店の業態は、一流のレストランで腕をふるっていたシェフを招聘し、高級食材を使いながらも「立席」をメインとすることにより客の収容数を高めると同時に、回転を速めることにより低価格での料理提供を実現し、急成長を遂げています。 

坂本孝氏は、普段高級レストランなどで食事をする習慣をもたない顧客層の存在に着目し、「高級レストランで提供している食事を、格安料金で提供する。」という事業コンセプトにより、外食市場という典型的なレッドオーシャン市場に参入しながらも、今まで経済的な理由などにより、頻繁に本格的なイタリアンやフレンチを食べる機会を持てなかった顧客層の支持を獲得することができ、ブルーオーシャン市場の創出に成功しています。 

併せて、通常のマーケティング戦略も併用し、積極的な広報活動等を通じたブランド形成と、積極的な出店を行うチャネル政策により参入障壁を高めることにも成功しており、現在は他に有力な競合が見当たらない状況となっています。よって、「高級料理を格安価格で提供する外食サービス」は、他に類似サービスが殆ど存在しないため、今後も大きく成長するポテンシャルを秘めています。

「俺の株式会社」の成功事例は、「ブルーオーシャン市場は、日本にはもはや存在しない。」と決めつけることが早計であり、自社の事業領域がレッドオーシャン市場であったとしても、その中のブルーオーシャン領域の開拓に挑戦することにより、眠っている潜在需要を未だ掘り起こせる可能性があることを示したもの、と言えるでしょう。

【参考記事】
■「経営革新計画」を活用した新製品・サービス等の開発
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-12.html
■大塚家具を復活させた、久美子社長の「レジリエンス」
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-14.html
■ステーキけんの社長も間違える、マクドナルドの原価96.1%について
http://sharescafe.net/44569762-20150503.html
■ライザップと行列ができる本屋の共通点
http://sharescafe.net/44050998-20150331.html
■KDDIがナタリーを買った理由~デジタルメディア・ビジネスデザインという24番目の利益モデルについて~
http://sharescafe.net/40893845-20140918.html

株式会社デュアルイノベーション 代表取締役
経営コンサルタント 川崎隆夫 

この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加


シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。