第97回全国高校野球・東東京大会で話題になった「聞こえない捕手」玉田宙くんをご記憶の方は多かろう。都立大森高校野球部、生まれつき両耳が聞こえない正捕手の武器は身ぶりやグラウンドの土を使った筆談だ。

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高校野球東京予選4回戦で強豪・関東一高に敗退して宙くんの高校野球は終わったが、彼の夏には続きがあった。フランスへの一人旅に行ってきたのだ。

旅は10日間。宙くんは同じ年(17才)のろう者リザンドラさんをフランス郊外の街ポワティエに訪ねた。滞在はリザンドラさん宅。旅の間はノートルダム寺院、モンマルトルの丘、といった定番の観光を楽しむかたわら、パリやポワティエのろう学校を訪ねたり、世界のろう学校発祥の地を訪れたりもしたそうだ。旅の様子はフランス在住の映画監督・藤原亜希さんの手でドキュメンタリー映画として制作される予定だが、それに先立って、宙くんに旅のことを聞いてみることにした。

■ 怖くはない。どんな体験ができるかが楽しみで。

若松:フランス旅の直接のきっかけは、パリを拠点に活動する映画監督・藤原亜希さんがドキュメンタリー映画を制作したいと宙くんに会いに来たことだと聞いています。しかし、出会っただけで「フランスに行くぞ!」とはならないですよね。どんな気持ちからフランス行きを決意なさったのですか?それとも、昔から海外一人旅に興味があったのですか?

宙くん:はい、興味がありました。六年前のことですが、兄と二人でイギリスの叔父さんの家へ行った事があります。その時に、ロンドンで英語が分からなくて困っている兄を見て、僕も何とかしなきゃと思いました。兄がひとつずつ問題を解決するたびに嬉しくて、いつか自分でもやってみたいと思いました。

宙くんのお母さま、さとみさん:ロンドンヒースロー空港からブライトンまで2時間半の道中、チケット詐欺に遭いそうになったり、電車の乗り換えがわからずロンドンの町をうろついたり、いろいろあったようです。長男の話では、宙はちょっと目を離すと店に入って行ったり、アイスを見るとねだったりと、好奇心が強く楽天的で世話をするのが大変だったそうです。

一方、宙の話では、兄はちっとも英語を使わず、わからないなら身振りでいいから誰かに聞けばいいのにと思ったそうです。

若松:フランスへ旅に出るのは、怖くはありませんでしたか?

宙くん:イギリスで経験したことがとても楽しかったので、海外一人旅とはどんな体験ができるか知りたくて、逆に楽しみでした。

■ 「どうやって人とコミュニケーションをとるかを考えるのが大好き」

若松:映画制作のための資金はクラウドファンディングで集めていると聞いています。そのサイト Readyfor.jp のなかで宙くんは、“ろう者は『聞こえる人よりできない人』ではなく、『聞こえる人にできない事で、ろう者にできることもある』” と語っていますね。聞こえる私たちにはイメージができない部分でもあります。宙くんにできて、私たちにできないコミュニケーションってどんなものですか?

宙くん:僕は声と言うものを信用してないから、どうやって人とコミュニケーションをとるか考えるのが大好きです。フランス人も英語があまり得意ではないので、英語の筆談を少しと、身振りとでコミュニケーションをとりました。通じたときの喜びが何とも言えず楽しいです。

見知らぬフランス人にホテルまでの道を聞いたり、お店の人におまけしてもらったりしました。帰りの飛行機では隣に座ったフランス人と友だちになって、彼の通訳や案内をしたりもしました。

監督の藤原さんと打合せをしたときに、(フランスでの)ホテルの場所を詳しく教えてくれようとしたので断りました。代わりにホテルの名前と住所と通りの名前をフランス語で書いてもらいました。僕は、それを使って現地のフランス人にホテルまでの道を教えてもらおうと思っていたからです。

はじめからわかっていることをやるのは面白くないです。見えないこと、わからないことに挑戦するから、クリアしたとき最高に気持ちがいいのだと思います。

■ 「寿司を食べようとしたら醤油に蜂蜜が入っていてがっかり」

若松:フランスでホームステイしたブータン家はリザンドラさんのお宅ですか?

宙くん:はい、そうです。僕が行ったときは、ちょうど引っ越しやアパートのリフォームをしている最中だったので、それを手伝うはめになりました。大変だったけど面白かったです。

若松:ホームステイ、初めてだったと思います。どんなお宅でしたか?そして、率直にどんな感想をお持ちになりましたか?

宙くん:自分の想像より家が広くて、驚きました。賑やかで雰囲気も良く住みやすそうだなと感じました。初対面のときから心を開くことができ、とても楽しかったです。

日本手話とフランス手話は違う言語だけど、3日目には日常会話に苦労しませんでした。手話の文法で似ているところがあるのと、お互いにろう者として同じような経験をしているので、通じやすいのです。

食べ物は、日本の方が美味しいです。寿司を食べようとしたら醤油に蜂蜜が入っていてがっかりしたり、カップラーメンも甘くてまずかったですね。

でも、パンは最高に美味しくて毎日パン屋に通いました。2日めに、お店の人が残ったシューケットをおまけしてくれました。フランスのパンはパリパリで美味しくて、それに比べると日本のパンはガムのようで僕にはまずく感じます。

■夢は聴覚障害者も楽しく生きられる日本。

若松:旅を追えて帰国しました。宙くんには何か変化がありましたか?

宙くん:フランス人ろう者と日本人ろう者の違いがわかりました。フランス人ろう者は、自分たちの歴史をみんな知っていました。中世のろう者がどんな生活をしていたのか、どんな教育を受けてきたのかを知っています。そしてろう者としてのアイデンティティをもっています。日本のろう者は歴史をあまり知らないし、アイデンティティをもたない人も多くいます。それは、フランスに行ったからそこわかったことです。

おかげで、次の目標や挑戦などが見えてきました。それは大きな壁だけど、乗り越えられるように頑張りたいと思います。

若松:宙さんの次の夢はなんですか?あるいは、ほかの国にも行ってみたいと思うようになりましたか?

宙くん:僕の夢は、ろう者だけじゃなく聴覚障害者(ろう者・難聴者・中途失聴者)が楽しく生きられるようにすることです。誰もが幸せな生活を送れる社会にしたいです。

そのためには、海外のろう者の力を借りる必要があります。だから世界中に行ってみたいです。聴覚障害者に対する支援は日本より世界の方が優れているからです。僕は世界中のろう者のネットワークを使って、日本のろう者と聴覚障害者が社会の中で幸せに暮らせるようにしたいです。

■ 宙くんの旅から見えるコミュニケーションのヒント

ここまで、宙くんのインタビューをお読みいただいた。このインタビューを通じてもっとも強く感じたのは、宙くんはそもそも、コミュニケーションを難しいものだとは“これっぽっち”も思っていないということだ。

それには、野球部でチームメイトと連携をとっていた経験が生きているかもしれないし、『フランスのパンはパリパリで美味しくて、それに比べると日本のパンはガムのようだ』という豊かな感性もあるかもしれない。しかし、何より一番の理由は、宙くん自身の「未知をおもしろがる心」だとも想像する。宙くんの話、みなさまはどうお読みになっただろうか。

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若松 千枝加 留学ジャーナリスト


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