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先日、ブルームバーグで少し気になるニュースを見つけました。

ある研究結果から、「貧富の差が大きい国や地域では、お金持ちは普通の人よりもケチになる」ことが分かったらしいのです。
米科学アカデミー紀要に今週発表された研究は、貧富の差と利他主義との関係を調べた最初のものだ。米国でのこれまでの一部の研究では、金持ちは中産階級よりもけちであることを示した。しかし欧州と日本での研究では、同じ傾向は見られなかった。
(中略)
論文の執筆者たちは、富が少数の人に集中するとこれらの金持ちは「自分は他の人より重要で多くの物を受け取る資格がある」と感じるようになり、「自分がお金を持っているのは正しいことだと確信」する結果、他人に施しをしようという意志がなくなるのかもしれないと分析している。
(『「金持ちはけち」は米国だけか、日欧の「謎」で新研究-鍵は貧富の差』、ブルームバーグ、2015/11/27)

米国のお金持ちは、本当にそんなにケチなのでしょうか?

この研究ではまた、お金持ちほどケチだという傾向は日本では見られなかったとしています。これもほんとうに本当なのでしょうか?

■高収入の人はあまり寄付をしない?
まず、米国について見てみたいと思います。寄付金に関する記事や資料で時々見かけるデータに、「米国ではお金持ちよりも貧しい人のほうが収入に対する寄付金の比率が大きい」というものがあります。

米国の公的な機関であるNCCS(全米慈善統計センター)による公開資料を見ると、年収が高くなるに従って寄付金比率(寄付金÷収入)が減り続け、年収100万ドル(1億2千万円)辺りで上昇に転じる、両端が高いU字型の分布を示しています。これが正しければ、米国では、収入が低い層と極めて高い層で、収入に対する寄付金の比率が高い一方、収入が100万ドルに満たない程度の“普通”の高収入層は、寄付金が少なくケチだということになります。

これは、ほんとうに本当なのでしょうか? NCCSの資料は他に元データがある二次資料なのですが、幸いにも一次資料(元データ)であるIRS(内国歳入庁)の統計データも公開されているため、そちらを直接確認してみることにしました。

次のグラフは、IRS(内国歳入庁)データの最新版(2013年)に基づき、NCCS資料と同じ方法(収入区分については変更)で集計した寄付金比率と、1人当たりの寄付金の平均額を図示したものです。当然ですが、NCCS資料と同様のU字型傾向を示しています。
寄付金比率(米国)2
おそらく、U字型傾向を示す根拠の多くが、ここで参照しているデータ(IRS SOI Tax Stats - Individual Statistical Tables by Size of Adjusted Gross Income、第2.1表)を元にしていると思われます。

■U字型傾向には、大きな疑問符
しかし、このデータから単純に年収帯ごとの寄付金比率を求めるのは、妥当ではないかもしれません。

実はこのデータの分母となっているのは、税務申告の際に科目別控除を申告した人だけなのです。税務申告件数1億4500万件中、対象は4400万件と、全体の3割です。年収帯ごとに見ると、年収20万ドル(2400万円)以上の高収入層ではいずれも概ね9割以上であるのに対し、3万ドル未満の層ではたったの5%程度です。

低収入層の多くが寄付金を申告していないのは、税務に関するリテラシーの問題もあるかもしれません。税理士や会計士が申告事務を行う高収入層で捕捉率が高いのは、当然と言えば当然でしょう。しかし、常識的に考えれば、申告した人に比べると申告していない人の寄付金比率は平均的には低いはずです。Giving USAの年次レポートによる推計を参考にすると、概ね申告額の4分の1程度が申告されていない寄付金額になるようです。

そこで、申告された寄付金額の4分の1を、上のグラフの年収帯ごとの寄付金比率で加重し、科目別控除申告を行わなかった残りの人たちに配分して、全税務申告者の調整後寄付金比率を算出しました。参考までに、上図の寄付金比率と、分子を変えず分母だけ単純に全体の収入に置き換えた寄付金比率も折れ線で表示しています。
寄付金比率(米国)4
年収3万ドル(360万円)未満の低収入層の寄付金比率が2.8%とやや高いのですが、その他の50万ドル(6000万円)未満のすべての年収帯で2.2~2.3%程度という、非常に綺麗な分布になりました。50万ドルを超えたところでは、収入が増えるに連れて収入に対する寄付金の比率が上昇する傾向が確認できます。

良く知られているU字型の分布よりも、こちらの分布の方が実態に近いだろうと、私は考えています。

FacebookのザッカーバーグCEOが保有する自社株のほぼすべてを寄付すると発表したように、米国の大金持ちと言われる人たちが慈善事業の支援に熱心だということは良く知られています。そこまでではないものの、大金持ちではない”普通”のお金持ちの皆さんも、実はかなりの寄付好きだったのです。

■研究結果との整合性
年収3万ドル(360万円)未満の低収入層で利他的な傾向がやや強いという試算の結果は、年収12万5千ドル(1500万円)以上のお金持ちのほうが比較的年収が低い層よりもケチだと評価した研究結果と、相反するものではありません。何故なら、小規模なサンプルテストに年収100万ドル(1億2000万円)を超す富裕層は参加していない可能性が高い上、全申告者の45%もいる年収3万ドル未満の層は大勢含まれるだろうからです。

ですので、研究結果のとおり、米国のお金持ちは相対的にややケチだというのは、そう言えなくもないのでしょう。但し、「その程度は大きくはない」、「大金持ちには当てはまらない」といった注釈が必要だろうと思います。

行動経済学では、本人の努力で取得した報酬よりも、偶然の運によって取得した報酬の方が、その一部を他人に提供することへの心理的な抵抗が小さいことが知られています。

全体の二割が年収7.5~20万ドル(900~2400万円)という米国では、このあたりの層が一番、自分が受け取る報酬を自分の努力と才能で獲得したものだと信じているのかもしれません。

■日本人は全体的にケチである
次に、日本について見てみます。グラフは、総務省の家計調査から作成したものです。年間収入五分位階級というのは、調査サンプル全体を年収の大小で区切り、5つの同じサイズのグループに分けたものです。
寄付金比率(日本)
税務申告者を対象とした米国の資料に比べると調査対象のサイズが小さいためブレが大きいのですが、IV(平均年収612万円)やV(平均年収1075万円)の比較的高収入な世帯で寄付金の比率が小さいことは、明らかな傾向と言って良いのではないでしょうか。

ちなみに、米国の寄付金比率と比較した場合、日本は40分の1程度にしかなりません。寄付行動で見ると日本のお金持ちはケチだと言えますが、ケチなのはお金持ちだけではないのです。

2014年家計調査では、世帯ごとの平均寄付額は3660円とされています。一年間で、です。一方、米国の平均は、私の推計では税務申告者一人あたり年間20万円以上です。世帯ごとで見れば、もっと多いでしょう。

家計調査による平均寄付額は、甚大な被害をもたらした東日本大震災があった2011年でも、その前年の2倍に満たない6448円にしかなりませんでした。そして、翌年2012年には2374円と大きく減らしてしまいました。

ある調査では、GDPに対する寄付金額の比率は、OECD加盟国等36か国中、日本は29位でした。税額と社会保険料の合計が大きな国ではこの比率は小さく、小さな国では大きいという傾向があるのですが、日本はこの値が小さいにも関わらず、寄付金の比率も小さいという、とても残念な状況なのです。

■寄付金だけの問題ではない
日本人があまり寄付をしないという事実の根底にある我々が抱える問題は、実は寄付行動に限ったものではありません。

2014年に米PEW研究所が実施した調査では、「貧富の不平等は重大な問題」と考える人の割合が、他の先進諸国平均の半分と圧倒的に少ないことが報告されました。日本人が弱者に厳しいというのは、国際的な常識になりつつあります。

「正社員は非正規よりも当然優遇されるべき」と当たり前のように考えてしまうのも、これと無関係ではないでしょう。日本は、ILO(国際労働機関)の労働条約のうち、「雇用と職業における差別待遇の禁止」について、批准できない国なのです。

また、世の中の問題を何でも政府や企業任せにしてしまう当事者意識の欠如や、他人の努力をきちんと評価しない姿勢なども、寄付行動を妨げる要因になっているように思います。多額の寄付をした有名人を「売名行為」と非難するようなケースは、後者の典型でしょう。

日本には、漠然と「お金は悪」のように考える人が少なくありません。そのため、お金に対して正面から向き合わずにいたことで、お金の活かし方が分からなくなっているのでしょう。寄付や個人投資が少ないというのは、その表れではないでしょうか。

お金や経済に係るリテラシーは数学や読解力と関連するというのが世界の常識なのですが、数学や読解の能力が高いはずの日本には、お金や経済のリテラシーが低い人が実は多いのです。詐欺被害やギャンブル依存等の社会問題にも繋がる大きな問題です。

日本人にとって寄付をするという行動がもっと身近になったとき、日本はきっと、今よりずっと良い国になっているのだと思います。

お金の問題については、以下の記事も参考にしてください。
■スター・ウォーズを特別料金にするのはともかく、日本がそもそもダントツに映画が高い件。 本田康博
http://sharescafe.net/46947203-20151119.html
■「すき家のゼンショーがベア2000円」に感じる空々しさの正体は、やはり雇用格差問題だった。 本田康博
http://sharescafe.net/43888995-20150320.html
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実。 本田康博
http://sharescafe.net/42224151-20141206.html
■デリバティブで損失を出したあげく金融機関を訴える「名門大学」で金融教育が必要なのは、学生だけじゃない。 本田康博
http://sharescafe.net/43414929-20150217.html
■借金返済のために風俗店で働く女子学生の問題が、本当は奨学金のせいではない明らかな理由。 本田康博
http://sharescafe.net/42555365-20141225.html

注:すべて、1米ドル=120円で換算。

本田康博 証券アナリスト・馬主


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