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また悲惨な事故が起こってしまった。軽井沢のバスの事故で14名もの命が失われた。スキー場へ向かうバスだけあって、乗客の多くは未来ある大学生の若者であり、私の母校である首都大学東京の学生も巻き込まれてしまったことは非常に残念である。

■国が本気になって法改正することが必要
私は、国が本気になって法改正をしなければ、このような事故は限りなく繰り返されると思う。

その理由を以下3項目に分けて説明したい。

■契約社員には健康診断の義務がない
第1は、非正規労働者に対する健康診断実施義務の法的不備だ。

事故発生時にハンドルを握っていた土屋運転手は、契約社員としてイーエスピー社に勤務していたということであった。

多くの報道では、土屋運転手が入社時の健康診断を実施していなかたことを問題視しているが、労働安全衛生法上、契約社員に対する健康診断の不実施は、違法ではない可能性が高いのである。

というのも、労働安全衛生法では雇入れ時に健康診断を義務付けているが、そこには「常時雇用する労働者を雇入れた場合」という但し書きがついているからである。

常時雇用する労働者とは、正社員はもちろん含まれるが、非正規社員の場合は、「1年を超える雇用契約を結び、かつ、正社員の4分の3以上の所定労働時間の者」に限り含まれるという扱いになる。

したがって、会社が次のような説明をしたならば、健康診断の不実施を違法とすることは難しいであろう。

「土屋運転手には、冬のスキーシーズンで人手が足りないから、取りあえず3月までの短期雇用契約ということで合意していました。したがって、労働安全衛生法上の健康診断の義務的対象者からは除外されており、会社に法令違反はありませんでした。」

現在の労働安全衛生法のもとでは、このような抜け道が用意されてしまっているのである。

だが、一般的な感覚からしても、大勢の人の命を預かるバスのドライバーが、非正規雇用であったばかりに、健康診断を受けることなくハンドルを握ることができるなんて、法律の不備としか言いようがないであろう。

確かに、週1回だけのパート労働者にまで会社の費用負担で健康診断を義務付けるのは非現実的かもしれないが、少なくとも人命に直接かかわるような業種の場合は、いかなる労働者であれ、健康診断を義務化すべきだ。

■労働関係諸法令違反に対する「後の祭り」
第2は、国の労働関係諸法令違反に対する取締りの甘さだ。

先ほどの健康診断の例を引用するならば、仮に、土屋運転手が正社員として採用されていたとして、入社時の健康診断を怠った場合、会社はどのような罰則を受ける可能性があるのだろうか。

なんと、たった50万円以下の罰金である。懲役刑は想定されていない。

また、仮に労働基準監督署が立ち入り検査を行ったとしても、健康診断を怠っていたことをもって実際に起訴をするかというと、少なくとも私の知る限りではそのような例はない。

健康診断の実施義務違反に限らず、サービス残業や有給休暇の付与義務違反などがあったとしても、基本的には行政指導にとどまり、労働基準法や労働安全衛生法違反で起訴をされたり刑事罰を受けたりするのは非常に稀なのである。

したがって、経営に余裕がない零細業者は、法律に定められた対応をすることのコストと、発覚するリスクを天秤にかけ、労働関係の諸法令を無視してしまいかねない。

逆に言えば、健康診断を行っていなかったとか、長時間労働で疲労が蓄積していたとかは、今回の死亡事故のような重大な結果が生じて、初めて事後的に問題視されるということであり、事前に予防する行政の監視が充分に働いているとはいえないのだ。これは、大変恐ろしいことである。

また、バス業者に関しては、国土交通省も立ち入り検査や行政指導をする権限を持っており、今回の事故を受けて緊急の立ち入り検査を行った結果、20件近い違反を発見したそうであるが、もはや「後の祭り」である。

フジテレビ系の動画ニュース(2015年1月18日0時11分)によると、国土交通省はこの立ち入り検査の結果を受け、「ここまでひどい状況は例がない」とコメントしているが、そのような状況を放置する結果を作り出してしまった行政にも責任の一端はあると言えよう。

■発注元の旅行会社への規制を強化すべき
第3は、旅行業者のダンピングに対する取締りの甘さである。

今回のツアーでは、発注元のキースツアー社が、法律上の規制を下回る運賃での発注を働きかけたようだ。

ツアー会社とバス会社の力関係に基づくと、バス会社がツアー会社からの発注がなければ仕事を得ることが難しいので、不利な条件であったとしても受けざるを得ないという構図がある。

この点、仕事を発注したキースツアー社は、ダンピングを計画的に行った可能性が高い。

キースツアー社が顧客に対して売り出したツアー代金は、リフト券やホテル代込みで1泊3日13,000円~2泊4日20,000円程度だったようだ(NHK NEWS WEB 2016年1月15日18時18分)。

ざっくりとした試算になるが、一般的な相場感およびスケールメリットによるある程度の割引も踏まえ、1泊コース7,000円、2泊コース14,000円をリフト券やホテル代と見積るならば、6,000円がバス代を含めたそれ以外のコストということになろうか。

バスに乗っていた乗客は39名であるから、6,000円×39名=234,000円の中からキースツアー社の経費・利益および、バスのチャーター代金を賄わなければならない。

法律の規定にのっとったバスの最低チャーター価格は27万円とのことであるから、法定どおりの価格でバスを発注したのではキースツアー社は赤字になってしまう。

だから、ダンピングしてイーエスピー社に19万円で発注したのだ。

今回事故を起こしたバスの定員は45名であったというから、ほぼ満席であったと言ってよいであろう。それでもダンピングをしなければ採算が取れないというのは、キースツアー社の13,000円~20,000円というツアー代金の値付け自体がおかしいわけだ。下請け業者を違法にダンピングする前提で商品設計していると言われても仕方がないであろう。

19万円で受注せざるを得なかったイーエスピー社は、ガソリン代、高速代、駐車場代、運転手の人件費などの直接的費用を除いたら、粗利益は10万円残るか残らないか、というところであろう。

その中からバスの整備費や買替のための積立、租税公課や保険料、さらには間接要員の人件費などを負担していかなければならないので、台所事情は火の車であることは想像に難くない。運転手の健康管理や教育、適性検査などに時間やコストをかける余裕はなかったのであろう。

経費に余裕があれば、社長が兼任せずとも、専任の運行管理者を雇用して、点呼漏れや書類の不備を防げたかもしれない。

たしかに、無理を承知の19万円で仕事を受けたイーエスピー社にも責任がないとは言えない。だが、経営の苦しいバス会社の足元を見て、無理な価格で発注している風上の旅行会社に対しての規制を強化しなければ、このようなダンピング発注はなくならない。

この点、現在の法制度のもとでは、旅行会社は、「貸切バス事業者が、届出運賃違反で行政処分を受け、旅行業者の関与が疑われる場合、地方運輸局より国土交. 通本省を通じて観光庁に通報され、立入検査等旅行業法に基づく措置が講じられる」という、二次的な責任しか負わない。

だが、ダンピングは旅行業者側の主導で行われているという実態を踏まえ、旅行会社側のダンピングを厳しく取り締まるような法規制を定めるべきであろう。

■結び
事故を起こした特定の業者だけがスケープコードにされ、世論からも袋叩きにされるが、結局「喉元過ぎれば、熱さを忘れる」になってしまい、抜本的に法改正が行われ、根底から関係者の意識が変わらない限り、今後も同じ事故が繰り返されてしまうであろう。

2012年の関越道、2015年の東名阪、そして今回の軽井沢と、いつまでツアーバスの事故は続くのであろうか。抜本的な法改正をして、これ以上の悲劇が発生するのを防いでほしいと願ってやまない。

今回の事故で犠牲になった方々のご冥福をお祈りして筆を置くこととする。

《参考記事》
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html
■中小企業の経営者が知っておきたい有給休暇対応 4つのテクニック 榊 裕葵
http://blog.livedoor.jp/aoi_hrc/archives/37538086.html
■職人の世界に労働基準法は適用されるか?
http://sharescafe.net/41988647-20141120.html
■経験者だから語れる。パワハラで自殺しないために知っておきたい2つのこと。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/42167544-20141201.html
■女子大生エンジニアが少子高齢化の日本を救うかもしれないと考えた理由 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47494360-20160112.html

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵


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