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最近ブロガーとして有名な橘玲さんがtwitterでもfacebookでもツイートを連投していて、周りでは盛り上がっています。特に以下の2つのツイートは私も昨年来重要だと思っていたことです。



健康寿命を延ばし、80まで働けるような社会設計は、我が国において、サステナブルな唯一の解決策ではないかと思うこの頃です。

しかしながら、この唯一の解決策とも言える「80まで現役」には大きな問題点があります。それは、私が2014年度のベスト論文に推薦したいスタンフォード大学教授のLazear先生と北京大学のLiang教授 とWang教授による「Demographics and entrepreneurship」(注1)で示されているように、高齢者が若者の就業機会を奪うため、若者の起業の機会が奪われてしまうことです。

起業には若い世代の新しい発想が不可欠でしょう。高齢化で、そもそも若者の比率が少なくなること自体、起業の減少につながり、経済の停滞をもたらします。高齢者の就業は、そもそも少なくなった若者の起業の比率自体を下げてしまうのです。

「80まで現役」には、「でも若者の足を引っ張らない」という必須条件が付いていると考えています。では、実際どうすればいいのでしょうか。そもそも働けるが権限は縮小するというのが制度的な方向だと思います。その意味で、東京大学経済学部教授の柳川先生の40歳退職提言は特筆に値すると思います。制度的な検討も今後進めなくてはならない課題だと思います。

また、「若者の足を引っ張らない」働き方を考えることも重要ではないでしょうか。それには橘さんのもう一つのツイートが参考になります。



これには私は大賛成で、自分が好きなことをしている方が、過干渉を抑えるにも有効だと思います。
米国在住のエッセイストで、書評家でもある渡辺由佳里さんの著書「どうせなら、楽しく生きよう」(参考文献)は、まさにそういった生き方を示した画期的な啓発本です。ここでは、「好きを仕事に80まで現役」という生き方のススメとして、本書を紹介したいと思います。

■これまでの仕事観と離れて
タイトルの「どうせなら、楽しく生きよう」、正直、最初にこのタイトルを聞いた時、私自身がタイトル自体に投げやりな感じを受けてしまいました。しかし、それ自体が、日本社会、ひいては現代社会の問題の核心をついているのではと思います。産業革命以降、オートメーション化と流れ作業で、人が好き好んで出来ない仕事が一般的になってしまったのは頑然とした事実でしょう。そういった社会で生きるためには、むしろ好き好んで出来ないことをいかに行うかということが、仕事観の形成でも最大の課題となったのではないでしょうか。実際、経済学の基本モデルでも、仕事は賃金をもらうための不の満足を生む(不効用の)作業と定義され、仕事以外から満足(効用)を得ることが前提になっています。

しかし、仕事は自己実現の手段でもあります。また、IT技術や人口知能(AI)等の技術の進歩は、単純労働以外の仕事の重要性を高め、創造性が高いクリエイティブな仕事の重要性を高めたとも言えます。現代の先進国では、創造性の高く、楽しくできる仕事こそが高付加価値をもたらし、社会的にも重要になっているということができるでしょう。本書は、好きを仕事にすることの意義が、説得力をもって描かれています。それは、クリエイティブで創造性の高い、付加価値を生む仕事を80まで続けるための大きなヒントにもなると思います。

また、労働に対して不効用のみならず、効用が一部発生した場合、その分賃金が低くても良いため、その分競争力が高まることを意味します。そのため、企業の側も労働者を好きな仕事に配置させるインセンティブを持ちます。

■一番になること
ところで、本書の13章にも言及されているように、好きを仕事にすることができれば、それはだれもがそうしたいのではないでしょうか?むしろ、それができないからこそ、諦めて、別の仕事観を探っているというのが実情だと思います。そのため、本書の第2章のエイミーチェアによる子育て回想録「Battle Hymn of the Tiger Mother」のように、如何に能力を高め、競争に勝ち抜くかという観点のみからの教育論を論じた本が受け入れらるのでしょう。第2章で述べられているように、「Battle Hymn of the Tiger Mother」では、好きなことを仕事にするためではなく、1番になるためということが目的になっています。

本書はこれに対して、「タイガーペアレント」に育てられた子供が、将来払わねばならない「心理的なツケ」の大きさを警告し、書評の執筆を断った、ポー=ブロンソンの手紙を紹介しています。

■徹底的にやること
しかしながら、やりたくないことを全く行わないで済む仕事は先ずないでしょう。そこは折り合いをつけざるを得ません。また、特に教育上、嫌いなことも行う必要があることを教えることも重要だと思います。特に嫌いなことでもできる若いうちは、将来好きなことをするための十分な準備があったほうがいいでしょう。

でも、辛いことがあっても、好きなことをしているのだからやり切れるという意味もあります。その点、好きでやっている部分が多いほど、そういった折り合いもつけやすいと思います。また、好きな仕事に就くための競争も生まれるかもしれません。好きな仕事に就くためには、その競争の準備も必要で、そのためにはむしろ若い時に苦労しなければいけないかもしれません。

そのための準備で重要なのは、徹底的に何かしっかり行うことだと思います。私が本書で特にハッとしたのは、Kindle版の「12章 遊ぶことに罪悪感を覚える」の以下の一文です。「けれども、スポーツであれ、芸術であれ、学問であれ、熟練と達成への近道は「夢中になること」なのです。」

夢中にならなくても、「徹底的にやる」ということは、どんな仕事でも、作業でも、熟練と達成には不可欠だと思います。「徹底的にやるために、好きで、夢中にすることができるというのは一番幸せなことではないでしょうか。この本のタイトルはまさにそれを意味していると思います。

徹底的に行うもう一つの方法として、「面白くないことを辛抱強く行うこと」が本書の、好きで夢中になることの対極にあると思います。しかし、我が国では、そちらの方法が一般的でしょう。本書は「面白くないことを辛抱強く行うこと」の問題点についても、非常に説得的に説明されています。この部分に感銘を覚える読者は非常に多いのではないでしょうか。私が本書を勧めたい最大の理由がここにあります。

例えば、13章では現在「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰している糸井重里氏が、やりたいことをやるにはどうしたらいいかと考えて「ほぼ日刊イトイ新聞」を始めた経緯や、アポロ宇宙飛行士のアラン・ビーン氏が「やりたくないことをもうやらない」と決意し、49歳の時にNASAをやめて新しい仕事を始め、プロの画家に転向したことが、感動的に述べられています。

■独善に陥らないために
しかし、後者同様、好きで夢中になることにも問題点があると思います。特に、独りよがりになっていないかをチェックすることが不可欠です。

本書の著者の渡辺さんも競争が苦手と述べていますが、私も同様、競争よりも棲みわけの道を最優先にしています。しかし、現代社会で全く競争に晒されないのは不可能です。むしろ競争が現代の経済の最大の活力源であることを示したのが、経済学の最大の成果の一つでもあります。

競争のメリットとしては、勝つために努力することが社会の活性化のための重要な原動力になることが一つ挙げられます。また、他者と比較することで、自分の立ち位置が明らかになるという面もあります。

前者のインセンティブが必要でないという人でも、後者のような自分の能力がどのような水準かを一定期間内にチェックすることが必要で、チェックができる場に置くことは不可欠です。また、周りに耳が痛いことを言ってくれる人がいるのはとてもありがたいでしょう。

耳の痛いことを言ってくれる人の重要性を納得出来たのが、西武やヤクルトの監督をされていた広岡達朗氏の「意識革命の勧め」に出てくる中村天風氏のエピソードです。氏はインドでヨガの大酋長であるカリアッパと出会い、カリアッパに「本当に助かる道を教えてやるからついてきなさい」といわれたそうです。にもかかわらず。カリアッパは何も教えてくれないため、天風氏が教えて欲しいと尋ねた時、カリアッパが素焼きの容器に水を満たして持ってくるよう命じられ、その通りにすると、別の容器に湯を満たして持ってくるよう指示されました。両方が揃うとカリアッパは、「その湯を水の上から注げ」と言われ、バカバカしくなった中村天風氏は、「この国ではどうか知りませんが、私たち文明国の人間は、器いっぱいに入っている水の上から湯を注げば、水も湯もこぼれることを知っています。」と反論したそうです。

すると、カリアッパは「私がお前をここに連れてきた翌日からでも教えたいと思ったのに、おまの顔を見ていると、お前の顔のなかには、私がどんないいことをいってみても、そいつをみんな、こぼしてしまう。さっきの、水がいっぱい入っている容器のようにな。お前はそういう状態だと、私は見てたのだ。『いつになったら、この水をあけてくるかな。水をカラにしてさえすれば、そこで湯を注ぎ込んでやれば、湯がいっぱいになるんだがなあ』と思っていたが、お前はいっこうに水をあけてこない。お前の頭の中にいままでのお前が詰めこんだ役にも立たない屁理屈がいっぱい入っている以上、私がいくら大事なことを言ってみても無駄なんだ。私の言うことをお前は無条件で受け入れまい。受け入れないものを与える、そんな愚かなことは私はしないよ。わかったか」
 先生は「まいった」と思ったという。「お前はこれから教わるんだ。頭の中をからっぽにしておけよ」ということだなと気がついた。

広岡達朗氏の「意識改革の勧め」は、川上監督へのあまりに強い憎悪がちょっとキツいのですが、それ以外は野球関係者以外にもとても参考になることが多いです。例えば、元オリックスの監督で西武の80年代の常勝時代のキャプテン、石毛宏典氏の守備を指導する際、ノックの前に素手で転がしたボールを受け取らせるところから始め、多くの点を指摘することができたことが挙げられます。そして、特にこの部分はわたしにとっては、極め付けでした。天風氏の「私たち文明国の人間は」という一言は読者でも赤面するほどですが、相手への尊敬が人の言うことを聞くという点でいかに重要かがよくわかります。

■おわりに
「好きなことを仕事にして、80まで現役を貫く。」移民の受け入れに消極的で、少子化対策も全く不十分という我が国の状況で、これは今後の高齢化社会への唯一の解決策ではないかと思うこの頃です。

本書の15章には、Steve Jobsの言葉「旅そのものが旅の報酬である」という言葉があって驚きました。実は、「仕事の報酬は仕事だ」とはソニーの井深大氏の言葉ですが、ともに、意味は同じで、良い仕事をすればするほど楽しく、充実した仕事ができるようになるというはないでしょうか。楽しいことをして、多くを吸収できるのは現実には難しいことですが、やっていければと思う次第です。

【参考記事】
■三角関数もATPの知識も役に立つ。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/46125440-20150901.html
■肥満対策のトランス脂肪酸規制、日本は米国から規制作成のプロセスを学ぶべき。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/45438234-20150705.html
■マクドナルド フランチャイズ化でブランド価値の維持は大丈夫?(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/45180763-20150615.html
■マクドナルド業績悪化に見られるフランチャイズ化の功罪 (中泉拓也 関東学院大学 経済学部 教授)


中泉拓也 関東学院大学 経済学部 教授

《参考web page》
注1) 日本語の詳細な解説は以下を参照してください。大竹文雄「2014年11月25日 高齢化が起業を減らす」大竹文雄の経済脳を鍛える 日本経済研究センター https://www.jcer.or.jp/column/otake/index703.html

注2)定年前後に“社内失業”するのはこんな人!今こそ主張したい「40歳定年制」の本当の意味
――東京大学大学院・柳川範之教授インタビュー http://diamond.jp/articles/-/52752

《参考文献》
James Liang, Hui Wang, and Edward P. Lazear (2014) “Demographics and entrepreneurship,” NBER Working Paper 20506.



どうせなら、楽しく生きよう
渡辺由佳里
Freshspot Publishing
2014-04-16


意識革命のすすめ
広岡 達朗
講談社
1983-04



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