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コンビニエンスストアの「サンクス」でアルバイトとして働く埼玉県の高校3年生の男子生徒が、労働組合を通じて、店の運営会社と「賃金支払いは1分単位」とすることを柱とする労働協約を結んだことが、ニュースで取り上げられていた。

■悪質な労基法違反は改めさせて当然
報道によると、当該コンビニエンスストアでは、職務に不可欠なユニフォームへの着替えの時間を労働時間に組み込んでいなかったり、15分未満の早出や残業を意図的に切り捨てるような形でタイムカードを切らせたりしていたようである。

このような労務管理の方法は、法的には明らかに間違っており、社会保険労務士である私としても、仮に顧問先で同様な労務管理が行われたいたとしたら、直ちに改善に向けたアドバイスに着手するであろう。

■残業代を「丸める」ことが行われる3つの理由
法的には、「1分単位で残業管理を行うこと」が正しいという事実は揺るがない。

それでも、なぜ、実務上の慣習として、少なからずの会社がこれまで、早出や残業を10分とか15分単位で丸めてきたのか、その背景を考えてみよう。

そこには、大きく分けて、3つの理由があると考えられる。

第1は、残業代のコストカットである。

経営者の労働基準法に対する認識が不足しているケースもあれば、本当に経営が苦しくてやむにやまれず、というケースも存在しているようである。

第2は、給与計算の事務の煩雑さの回避である。

1分単位でタイムカードを集計したり、残業代の計算をしたりするのは、給与計算担当者にとって負担が大きいので、キリの良い数字で業務の効率化を図りたい、という目的で残業代を丸めている会社は少なからず存在している。

第3は、実勤務時間と勤怠管理のタイムラグという理由である。

たとえば、タイムカードが離れた場所に置かれているとか、オフィスの入退出時に指紋認証で勤怠を管理しているといったような理由で、その誤差を10分とか15分とかで見込んでいるという考え方である。

今回のサンクスのケースにおいては、報道によると第1の理由が主たるものであると推測されるが、複合的な理由も絡んでいると思われるので、上記3つの理由それぞれの角度から、解決に向けての方向性を提案したい。

■コストカットのための残業代の切り捨ては絶対に許されない
まず、第1の理由である、単なる残業代のカット目的であるが、これはどのような理由を付けたとしても、法的には許されるものではない。

会社は直ちに実労働時間に応じた残業代を支払うようにすべきである。

もし、全ての残業代を払ったら本当に経営が立ち行かないということであれば、労働者に頭を下げて、最低賃金を下回らない範囲で時給の見直しに同意をしてもらったり、シフトを減らしてもらい、より少ない人数で効率的に業務を回すよう努めるなどの対応が必要であろう。

また、サンクスのようなコンビニで勤務する場合は、制服に着替えることが必須であるから、勤務開始時間を、レジに立つ時間ではなく、店舗に到着して着替えを始める時間にし、勤務終了時間を着替えが終わる時間にすべきである。

このとき、単に「制服に着替える時間を勤務時間にする」ということにするだけでは、人によって着替える時間が違ったり、1時間前に店舗に到着して着替えを済ませて控室で待っている人はどうなるのという疑問が生じたりして、スタッフ間での不公平感にもつながってしまう。

そのようなことにならないよう、会社としては、就業規則等において、「勤務開始時刻の5分前から賃金が発生するが、この時間内に制服へ着替える等の準備を完了させること。」「会社の許可なく、勤務開始時間5分前より早く入店することは認めない。」といったような規定を整備しておくことが重要である。

■システムを使えば1分単位の給与計算も困難ではない
次に第2の理由についてである。

給与計算の工数削減のため、残業時間を丸めるという考え方には、第1の理由よりは合理性があるように思われる。

だが、それであっても、実労働時間を1分でも切り捨てるのが違法であることには変わりないので、どうしても15分単位で残業時間の管理を行いたいならば、「切り捨て」ではなく「切り上げ」で対応すべきである。

すなわち、1分でも残業を行ったら、15分の残業代が支払われるという考え方である。会社にとっては人件費の過払いになってしまうが、労務管理の簡素化のほうが優先順位は高いということであれば、このような考え方も選択肢としてはあり得るであろう。

あるいは、勤怠管理ソフトなどITの助けを借りて1分単位で労働時間の集計や給与計算ができる仕組みを作ることである。

この点、仕組みを作るためのIT投資負担が懸念されるが、幸いなことに、今回問題となったサンクスの場合は、報道によると、本部が既に店舗の勤務管理システムを提供していて、システムの設定さえ変更すれば、1分単位での勤務時間集計ができるような仕組みになっているようだ。

とするならば、サンクスにおいては、1分単位で残業管理を行い、それに応じた残業代を支払うことは、給与計算という側面からも不可能ではなさそうである。

■タイムカードの打刻ルールを徹底することが大切
最後に、第3の「実勤務時間と勤怠管理のタイムラグ」という理由に関しても考察したい。

法的には、会社が別段の証拠を示さない限り、「タイムカードの打刻時間がイコール勤務時間である」という推定が働くことになっている。

したがって、実務上は、次の2つのうち、どちらかの対応がとられている。

1つ目は、「タイムカードと勤務時間の切り離し」である。

タイムカードは打刻時間に関わらず、あくまでも「到着」「退出」を記録したものに過ぎず、早出や残業で仕事をさせる場合は、会社が都度「業務命令書」を発行し、業務命令書がないにも関わらず所定労働時間外で社内に滞在していた時間は不就労時間とする、というルールの周知と運用を徹底する方法である。

日常的にこのような労務管理が行われていれば、タイムカードではなく、「業務命令書」で指示された時間が実労働時間として法的にも推定される。

2つ目は、タイムカードの打刻ルールの徹底である。

第1の「業務命令書」を発行する方法は、都度業務命令書を発行する工数が少なからず発生するので、組織のしっかりと整った企業でなければ現実的に運用は難しい。

そこで、タイムカードを実労働時間の管理ツールであることは認めた上で、タイムカードの打刻をしっかりと管理していく、というのが多くの会社にとっては実現可能な選択肢となるであろう。

サンクスにおいても、前述したよう、着替え等の時間を5分と設定したならば、勤務開始5分前にタイムカードを打刻させ、また、勤務終了5分後までに私服への着替えを完了させ、5分経過するまでにタイムカードも打刻させるよう指導を徹底するということである。

就業規則にも、「勤務時間終了後は、直ちに制服から私服に着替え、着替えを5分以内に完了させること。化粧直しなどはタイムカード打刻後に行うようにすること。」などと定めておくべきであろう。

■サンクスにおける次のステップとは
このように、1分単位の労務管理をベースとして、就業規則等で運用ルールをしっかりと定めることによって、労使双方が納得のいく労務管理を行うことができるようになる。

1分単位で厳密な労務管理を行うならば、それに付随して、勤務時間中に私用で職場を離脱する場合、何が許されて(トイレなど)、何が許されないか(私用電話など)といったような、職場のルールも、改めて整理および明確化する必要も出てくるであろう。

しかしながら、今回の件のニュース報道などを見ていると、「賃金支払いは1分単位とする」という労働協約を結んだという事実だけが大きく報道され、実際に1分単位の労務管理をどのように行っていくのか、という点にはほとんど言及が見られなかった。私は、その点に違和感を感じたのだ。

運用の仕組みがきちんと作りあがられなければ、折角の労働協約も「絵に描いた餅」にもなりかねない。

次のステップとしては、「店舗において、どのように1分単位の労務管理を行っていくのか」という現実的な運用論について、労使お互いが納得いくよう、膝を詰めて話し合ってほしいものである。

《参考記事》
■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■独立するなら学びたい、AKB48のキャリアウーマン岩佐美咲の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47686063-20160201.html
■軽井沢スキーバス転落事故。国が本気にならなければ悲劇は繰り返される。榊 裕葵
http://sharescafe.net/47553437-20160118.html
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html

榊裕葵 あおいヒューマンリソースコンサルティング代表 特定社会保険労務士・CFP 


※一部誤解を与える表現があったため本文を訂正しました。 榊裕葵 2016/3/17 18:00

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