風
日本を代表する伝統的大企業・三菱自動車で発生した燃費試験不正問題は、企業の存続を脅かすほどの巨大なリスクになっています。かつてのリコール隠し問題で経営危機に陥ったばかりの同社で、なぜ再びこのような不祥事が発生したのか、大企業・優等組織にありがちな課題があるのではないでしょうか。それは「風通しの良い社風」の誤解にあるかも知れません。

■ムカデ
独眼竜・伊達政宗の右腕と呼ばれた伊達成実(しげざね)。武勇に優れた伊達成実の兜の前立はムカデでした。ムカデは後退しない(できない)神獣とされ、武士の姿勢として尊ばれたことから、前立や旗印に使われるイメージキャラクターなのでした。負けを認めない、負けることはすなわち死という精神論は長く日本の戦闘組織では共有されてきたといえます。

戦国時代の戦陣訓、明治期の軍人勅諭などでも「生きて虜囚の辱めを受けず」という精神は語られ、戦いにおける決死の覚悟は強い戦闘集団作りの一つだったと思います。1929年の俘虜の待遇に関する条約、ジュネーブ捕虜条約などともいわれる国際的な捕虜扱いに関する条約に対し、日本は署名まで行ったものの軍部の反対で批准しませんでした。帝国軍人は捕虜にならない、つまり=捕虜は死を意味するということが広く行きわたっていたのでしょう。

退路を断つことや決死のモラール(士気高揚)は戦略上取り得る選択肢であり、一方的に愚かな考えだと否定をするつもりはありません。ただしロジスティクス(兵站)、つまりは継戦能力を考えた場合、限りなく乾坤一擲の、正に雌雄を決する戦い以外で用いるのは無理があります。緒戦勝利で戦線を拡大しても、精神論だけで継戦はできるものではなく、結果としてロジティクスの破たんが敗戦につながったことは、この戦略の適不適を表しているといえます。


■クワイ川鉄橋
映画・戦場にかける橋では、ビルマ戦線で捕虜となったイギリス軍のニコルソン大佐(サー・アレック・ギネス)に対し、日本軍捕虜収容所長の斉藤大佐(早川雪州)から、捕虜全員でクワイ川鉄橋工事を命じられます。しかしニコルソン大佐はジュネーブ条約に則り適正な捕虜の扱い、つまり将校は作業をせず指揮を取り、兵卒が作業を行うという杓子定規な主張をし、重営倉に投獄されます。

さまざまな相克を経て、結局連合軍捕虜側の主張を飲んだ結果、鉄橋工事はぐんぐん進んで行くという、相克する価値観の葛藤がこの映画の最大のテーマだと思うのですが、欧米型合理主義が勝ったとも見て取れます。もちろん日本軍が単に愚かで残虐だったという描かれ方でもなく、異なる価値観の邂逅が感動を呼ぶ名作映画です。

「価値観が異なること」は、組織間ではもちろん、組織内であっても必ず生じることです。価値観の統一が図れれば図れるほど強い組織になりますが、完全一致というのは組織が大きくなればなるほど難しく、現実的に大企業等の巨大組織での完全な意識統一などあり得ません。意思統一を図ることと、意思統一ができることは当然ですが全く別物です。


■大組織の弱点
伝統的大企業や公務員といった巨大組織の場合、組織としての大きさと優秀さが並行します。昨今の新卒学生が「大企業ばかり志向する」という批判的意見がありますが、実はキャリア選択としてはきわめて成功率の高い選択です。もちろんあらゆる学生が一流企業/大企業を目指す結果、競争率は激化し、当然誰もが入社できる訳ではなくなり、結果として大企業に採用される学生は選りすぐられたエリートになっていくというのは今に始まったことではないのです。

基本的に中小企業より大企業の方が、偏差値的な意味でいえば優秀な学生が集まり、比較優位的に能力も高い人材が多いといえます。一方、そうした巨大組織は優秀な人材が多いゆえの脆弱さをも持っています。それは価値観の多様さへの理解においてです。人間、皆が皆優秀ではありません。全員のモチベーションが高い、「意識高い」人材だけで構成される組織は普通はありません。ズルをしたい、手を抜きたい、怠けたい・・・といった人間には負の要素が必ずあり、それを律するための道徳や法律がありますが、それでも犯罪を犯す人は大企業のサラリーマンですら常にいる現実があります。

不祥事が発生すると、その対策として教育の充実や徹底がよく挙げられます。もちろん情報共有による不祥事再発防止は基本ですから、教育が重要なことは言を待ちません。しかしそれだけでは価値観の異なる構成員で組織される企業の行動すべてを律することはできません。必ず「あるべき」姿から外れる人間は出てくるものとの考えを前提とするのがリスク管理です。


■教育より司法取引こそが現実的リスク管理
適切な情報共有として教育は絶対に欠かせません。さらにそれでも取りこぼす人間の弱さを受容するのも組織の力ではないでしょうか。「当社にはそんな心得違いな者は一人もいない」と考えるのは精神論としては理解できますが、現実から目をそむけていると言わざるを得ません。心得違いな者は絶対にいるのです。それを排除することは人間が人間である以上不可能だと考えます。

むしろ心得違いな者は必ず出るという前提で、ミス、怠惰、手抜きが起こった時のダメージを最小限に抑えることがリスク管理の要諦です。それには情報の共有をいかに図れるかがカギになります。罰することを目的とせず、情報開示を目的とした措置、会社にダメージを与える行為や情報をいかに吸い上げられるかを考える必要があります。

外国の裁判では司法取引があり、有効な証言をすることで罪が減免されるといった特例があります。大事のために小事には目をつぶるというきわめて功利主義的考え方だと思いますが、私は組織運営において有効だと思っています。正直に情報開示をすればさらに罰せられるとわかって情報開示できるほど人間はできていません。できていない人間がいると認識するのが前提です。


■上辺の「風通しの良さ」からの脱却
現実的にいえば、例えば問題行動・疑問があった際に、匿名で相談できる窓口設置などは有効です。ただし注意しなければならないことは、タレこみ者を追い詰めるようなことがあれば、この機能はすべて失われるということです。現在も内部告発(公益通報)をした結果、告発者が罰せられるという事態のおかげで、内部告発は限りなく機能しなくなっています。組織の存続を脅かすような巨大リスクを詳らかにするためには、通報者や相談者を罰してはなりません。

「当社は風通しの良い社風」とおっしゃる社長さんを雑誌インタビューなどで見かけますが、トップがこうした発言をしている時は要注意です。それは「トップにとって都合の良い情報だけ風通しが良い社風」の可能性があるからです。伝統的大企業などでは、不心得自体があり得ない存在とされている可能性が高いのです。それでは組織としてのリスク管理はできません。人間の弱さを織り込まない組織管理はあり得ません。

教育は大切ですし欠かすことはできません。しかしそれはモラルハザードを起こさないためには有効であっても、起きてしまう危機への対処ではありません。組織管理において人間の弱さ・愚かさを織り込まない対策は、危機管理とは呼べないものであることを認識していただきたいと思います。



【参考記事】
■上司の責任 不始末発生!問題児部下を持たされたら
http://shachosan.rm-london.com/?eid=850261
■「英語を勉強する」ために必要なモノ・・・・・戦略思考
http://shachosan.rm-london.com/?eid=826871
■本当に必要?就活用マナー講座 (増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/48109814-20160317.html
■学生が企業に求める真の情報(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/47903526-20160224.html
■内定辞退の作法(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/46036751-20150826.html

増沢隆太 人事コンサルタント 株式会社RMロンドンパートナーズ代表取締役


この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加




関連コンテンツ

シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール