旋盤

「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013 大賞」
著者である諏訪貴子さん(ダイヤ精機株式会社代表取締役社長)を語るうえでもはや欠かせない肩書である。一見、華やかそうな経歴に見える。しかし2004年、父親である先代の急逝によって社長を引き継いだ時、彼女は専業主婦だった。新卒で入社した大手企業に2年間と、出産後、父親に請われてダイヤ精機に勤めた短期間を除き、会社組織で働いた経験はない。そしてその時、ダイヤ精機の売上は減収の一途をたどっていた。

それから12年、会社を立て直し、「町工場の星」とメディアに取り上げらえるようになった。ここにいたるまで、順風満帆だったわけではない。多くの困難があった中、それを乗り越えることができたのは「人を大切に育て、活かしてきた」からである。


<目次 >
はじめに
序 章 未来が描ける町工場に
第1章 「応募者ゼロ」からの大逆転
第2章 “見守り"で新入社員を育てる
第3章 「人財マップ」で若手を育てる
第4章 「頼むね」の刷り込みで幹部を育てる
第5章 ベテランを「最高の教官」に
第6章 「女将」のコミュニケーション論

■年下の社員が3名しかいない
諏訪さんが社長に就任したのは32歳の時。社内に年下の社員は3名しかいなかった。22名の社員のうち14名が50代以上、6割を超えていた。典型的な逆ピラミッド型の人員構成だった。

現在は、34名中21名が20代・30代。大幅な若返りに成功している。若者の採用活動に力を入れた結果だが、その方針はユニークなものだった。

まず、ホームページ(HP)やパンフレットのターゲットを若者ではなくその「親」世代に合わせた。就職先を決めるとき最後に背中を押すのは親だから、という理由である。

製造業でよく見られるのは、自社製品の写真を数多く載せて、技術力のある堅実な会社であることをアピールするものだ。親御さんもそこは気になるところであるに違いない。しかしもっと気になるのは「どんな仲間と働くのか」「どんな雰囲気の会社か」ということではないだろうか。
昨今、メンタルヘルスの問題などが取り出さされるようになっているから今まで以上に気になるはずだ。だからポイントを変えた。社員の就業風景や笑顔の諏訪社長の写真をちりばめ、明るさ、親しみやすさ、働きやすさなどが伝わりやすいように工夫したそうだ。

おそらくこうした雰囲気は、親世代だけでなく実際に就職する若者にも伝わっているのではないだろうか。仕事に就く前の若者にとって技術力の高さや数字で示される安定性は、想像の域を出ない。それに比べ、「ここならなじめそうだ」「楽しく働けそうだ」ということは直感で理解できると思うのである。

■未経験者を「ダイヤ精機の色」に染める
もう一つ、中途採用の条件から「経験者」を外した。

技術を要する仕事の場合、「経験者」を採用したほうが即戦力になってくれると思いやすい。確かにそうした場面も多くあるのだろう。しかし一方で、「自分が習ってきたやり方と違う」「経験が生かせない」と言って辞めてしまうケースも見受けられる。ならば未経験者をゼロから育てればいい。自分たちの会社のやり方を受け入れてくれる人を採用していけばいい、と考えた。

未経験者ということでサービス業出身者をばかり採用したこともある。こうした職業を経てきた人は総じてコミュニケーション力が高い。だから、気難しいといわれるベテランの職人にも臆することなく話しかけ、素直に教えを乞うことができた。結果として成長が早い。「経験者」にこだわる必要はない、自分たちの育て方次第だ、と思えるきっかけになった。

だから、と言っていいのかわからないが、いま、採用で最も重視しているのは「ヒューマンスキル」、もう少し具体的に言えば「家族のように付き合える人柄」だそうだ。誰とでも親しく接することができる、謙虚さ、素直さ、向上心…… 先輩が教えてくれることを素直に学び、貪欲に新しいことに挑む。こうした性格の人のほうが、早く成長していくことに確信を持つようになったからである。

人材育成のやり方も試行錯誤を重ねながら作ってきた。続けるうちに人も育ち、離職率も大幅に低下した。こうして若返りを達成し、職場は活性化し、業績回復につながっていったのである。

■最期まで働き続けることができる職場へ
若返りを進める場合、高齢者から退職者を募ったり、場合によっては退職奨励をしたりするという話をよく聞く。しかし、ダイヤ精機はそれとは真逆のやり方をしている。

社長就任後すぐに、60歳定年制を65歳まで延長した。若手社員の採用を強化し始めた2007年には70歳定年制へ。さらに70歳を過ぎても、本人が希望するなら働き続けることができる制度を作り上げている。

もちろん70歳を超えた方がすべて働いているわけではない。また働き方もフルタイムで、というわけではなく、午前中だけ、9時から17時までなど、それぞれの人の希望と事情に合わせ、柔軟に対応している。

余生を楽しみたいと思ったり体力に自信がかなったりと引退をする人もいる一方で、死ぬまでダイヤ精機で働きたいと最期まで仕事を続けた社員もいるそうだ。

諏訪社長は以前、「私の夢は先輩たちが築き上げてきた技術を後世に残すこと」と語っている。技術を継承していこうと思うなら、受け手である若者だけでなく、伝え手である高齢者も大切にしなくてはならない。そうしなければ伝わるものも伝わらない。

「高齢者VS若者」
昨今、世代間闘争のような言い方をする人が増えている。だが、それでは何も解決しない。確かに日本のさまざまなシステムは、高齢者に有利に、若者に不利になるように仕組みになっている。それは変えていかなければならないと私は考えているが、決して闘争による変革であってはならないと思う。

世代間に架け橋をつくること。それが先人の功績を次世代につないでいきたいと考える人がするべきことだろう。

■リーダー自らが架け橋となる
ただ、架け橋を作るといっても簡単ではない。世代が違う者同士が理解しあうのは難しいことだ。そんなときこそ、リーダーの出番ではないだろうか。

ダイヤ精機は諏訪社長自らが社員の中に飛び込み、コミュニケーションに核になってきた。「なんでも言い合える」「家族のように付き合える」ように、冗談を飛ばし、笑顔の絶えない職場づくりに邁進してきた様が、本書の中に描かれている。

「職場の規律がそれで保たれるのか」という考え方もあるだろう。それはそれぞれの会社の状況による。ただダイヤ精機はこうして実績を残してきた。それに対しては素直に、自分たちも学べることはないかと考えてみる必要はあると思うのだ。

諏訪社長は、高齢者と若者の間をつなぐ世代。そのことはプラスに働いたに違いない。世代間の架け橋として、ミドル世代はうってつけだ。そしていま、諏訪社長より少し下の年代の二人が副工場長となり、次世代リーダーとして認知されはじめている。これから会社のコミュニケーションの中心になっていくのだろう。こうした人たちが「架け橋」になることで、技術や精神は継承されていくのだと感じている。

■リーダーを”やらせていただいている”という想い
以前、諏訪社長にお話し伺ったときに、印象に残った一言がある。

「ものを作り出しているのは現場で働く人、それにお金を払ってくれるのはお客様。私は社長という役割として、みんなが稼ぎ出したお金を管理して分配しているだけだと思っています。リーダーを”やらせていただいている”という感じです。」

こうした考え方を「サーバント・リーダーシップ」というのだと最近知った、と本書に書かれている。自分がやってきたことが経営学の中でも認められていると知って自信になったそうだ。

リーダーが一人で突っ走ったところで組織は動かない。組織を動かすのは現場の力だからだ。だからこそ、現場を支え、現場に奉仕するようなリーダーのあり方が、もっと注目されるべきではないだろうか。

「募集しても人が集まらない」
「望んでいるように人が育たない」
経営者の方からよく聞く話だ。

確かに多くの企業で感じていることだろう。しかし、手をこまねいていてはなんの解決にもならない。そうした困難を克服してきた会社がある。その経験に学ぶことが必要ではないだろうか。ダイヤ精機の取り組み、諏訪社長の挑戦は、人材に悩みを抱えている人の希望になるはずだ。


《参考記事》
■【読書】ザ・町工場 「女将」がつくる最強の職人集団/諏訪貴子
http://blog.livedoor.jp/nakahisashi/archives/1055193795.html
■引き受ける勇気~【書評】『町工場の娘~主婦から社長になった2代目の10年戦争』(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/43083984-20150127.html
■中小零細企業に必要な「仕事がうまい」人材(玉木潤一郎 経営者)
http://sharescafe.net/48242519-20160331.html
■長時間労働がなかなか減らせない会社への処方箋。(小紫恵美子 中小企業診断士) 
http://sharescafe.net/48208264-20160327.html
■自動運転技術が確立されたとき、中小企業にとってチャンスが訪れます(岡崎よしひろ 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48236024-20160331.html

中郡久雄 中小企業診断士


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