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次のニュースが目に飛び込んできて、正直私は判決内容に驚かされたものだ。

■判決には問題点がある
定年後に再雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのは違法だとして、定年前と同じ賃金を払うよう勤務先の横浜市の運送会社に求めた訴訟の判決が13日、東京地裁であった。佐々木宗啓裁判長は「業務の内容や責任が同じなのに賃金を下げるのは、労働契約法に反する」と認定。定年前の賃金規定を適用して差額分を支払うよう同社に命じた。(朝日新聞DEGITAL 2016年5月13日19時43分)


この判決は地裁レベルのものであるが、最高裁でも確定してしまうと、我が国の労働環境にマイナスの意味で大きな影響を与えることにならないだろうかと私は懸念している。

その理由を3点述べたい。

■国の高齢者再雇用制度を自己否定している
第1は、国が設けた高齢者雇用支援制度を自己否定しているとうことである。

現在の法制度のもとでは、再雇用後の賃金が従前の75%未満に低下した場合、「高年齢雇用継続給付金」が雇用保険から支給されることになっている。

低下した賃金の率に応じ、最大で定年前賃金の約15%の給付金が5年間支給されるこという制度である。

また、男性の場合は平成37年、女性の場合は平成42年までは、生年月日により支給開始年齢は異なるが、60歳代前半から「特別支給の老齢厚生年金」が支給されることとなっている。

したがって実務上は、再雇用制度により賃金が低下するとはいえ、再雇用後の賃金に高年齢雇用継続給付金と特別支給の老齢厚生年金を加えれば、再雇用後の賃金が再雇用前の6割程度になってとしても、本人の手取りは再雇用前の8割~9割程度は確保できているのである。(今回の裁判の原告がどうであったかの事実確認はできていないが、制度上の一般論として)

それでも、再雇用後の賃金低下は本当に違法と言って良いのであろうか。

逆に、再雇用後に賃金が低下しない場合は、高年齢雇用継続給付金は不支給、特別支給の老齢厚生年金も支給停止となる可能性が高い。

したがって、裁判官が高年齢雇用継続給付金や特別支給の老齢厚生年金を考慮せずに判決が出てしまったのではないかという疑問が残るし、逆に、それらを知った上でこのような判決を出したとしたならば、本来国が担うべきはずの高齢者の雇用コストを企業に転換していると言わざるを得ない。

■若手世代の労働環境をさらに苛酷にする恐れ
第2は、若手世代の雇用環境をさらに厳しいものにする恐れが高いことである。

現在、高年齢雇用対策法により65歳までの継続雇用が義務付けられているが、具体的な選択肢としては、「定年を65歳に引きあげること」または「65歳までの再雇用制度を設けること」の2つとなっている。

この点、定年延長の場合は賃金を含めた60歳までの労働条件を65歳まで継続することになるので、多くの企業では自社の経営体力に合わせた労働条件を提示できるよう再雇用制度を選択している。

様々な職種や職務を提供できる大企業であればともかく、多くの中小企業においては再雇用前と再雇用後でガラッと仕事を変えることはできないであろうから、今回の判決が最高裁でも確定すると、実質的に定年が65歳まで延長されたのと同じ意味合いを持つことになるであろう。

そうすると、企業は定年前の水準で65歳まで雇用継続するための人件費の原資を捻出する必要性に直面することとなる。

その結果、何が起こるかというと、企業が負担できる総人件費には限りがあるので、昇給の抑制や採用の見送り(あるいは非正規での採用)などが行われ、主に若手社員の雇用環境を一層厳しいものにすることが懸念される。

高齢者の活躍も重要であるが、若者が希望を持って働ける国にするということも同じくらい重要な施策であるはずなので、裁判所もバランスのとれた視点で判決を出してほしいものである。

■我が国の労働環境の実態に沿った判決か
第3は、我が国の労働慣習にそぐわない判決なのではないかという懸念である。

徐々に変化してきているとはいえ、我が国においてはまだまだ「職務給」ではなく「職能給」が賃金制度のベースである。

「職務給」は、欧米で多くとりいれられている考え方だが、仕事自体と賃金額が紐づいており、労働者の年齢や勤続年数などの属性に関わらず、現在実際に従事している仕事内容によって賃金が決まるという賃金制度である。

たしかに、この「職務給」の考え方であれば同じ仕事をしていて定年後に突然賃金が下がるというのは不合理であろう。

これに対し、「職能給」とは、その人が実際に遂行している仕事ではなく、その人自身の属人的、潜在的な能力を評価して給与を決めるという考え方である。

そして、「職能は勤続年数に応じてアップする」というのが日本企業のスタンダードな考え方であったので、従事している仕事の内容自体が実質的に変わらなくても年齢に応じた定期昇給をさせてきたわけである。これが、いわゆる「年功序列」の正体である。

一般的に日本企業は長期雇用を前提としているので、給与額も「20代は少ないが、徐々に昇給して、定年近くはゆとりがでる」という体系になっており、勤続年数全体で平均して考えれば、職能に見合っていて、プラスもマイナスもない、という考え方が成り立っていたわけである。

そういう考え方を前提とするならば、定年までの雇用期間の平均賃金をとって、再雇用時の賃金を定年退職時の賃金の6割~7割の水準とすることは、あながち不合理なことではないであろう。

再雇用時の賃金の決定にあたっては、定年した瞬間の賃金のみを短絡的に見るだけではなく、その会社の雇用制度全体の考え方を踏まえた上で、妥当性を判断しなければならないのではないだろうか、ということである。

■結び
私見であるが、定年後は6、7割の賃金で再雇用され、高年齢雇用継続給付金や在職老齢年金で国が支援をして手取りは再雇用前の8~9割になる現在の実務運用は、高齢者雇用に関しバランスが取れた姿だと思う。

今回の判決が最高裁でも確定すると、多くの企業で日常的に行われてきた再雇用制度が実は違法だったということになり、日本中で訴訟や労働審判が起こるなど、大混乱が起きる恐れがある。

高年齢雇用継続給付や在職老齢年金制度も根本的に見直さなければならなくなるであろう。

もちろん、公序良俗に反するような再雇用後の賃下げは許されるものではないが、個々の企業によって事情は異なるはずなので、控訴審、上告審には慎重な司法判断を求めたいところである。

《参考記事》
■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■独立するなら学びたい、AKB48のキャリアウーマン岩佐美咲の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47686063-20160201.html
■軽井沢スキーバス転落事故。国が本気にならなければ悲劇は繰り返される。榊 裕葵
http://sharescafe.net/47553437-20160118.html
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html

榊裕葵 あおいヒューマンリソースコンサルティング代表 特定社会保険労務士・CFP 


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