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■定年後の給料は下がるものなのか?
定年退職者には年齢の面で2つの格差があります。1つは、定年後は能力・意欲に関わらず高年齢というだけで低レベルの仕事しかなく、したがって低い賃金でしか働けなくなること。もう1つは、定年後も同じレベルの仕事、同じ責任で仕事しているのに定年前より賃金が低くなること。どちらに転んでも、年齢により賃金が低くなることに変わりはありません。前者は定年後の外部会社への再就職者、後者は定年後の同一会社での再雇用者の場合です。

後者については最近、定年後も同じ仕事、同じ責任で仕事しているのに定年前より低い賃金に抑えて働かせるのは違法であるとして、東京地裁で判決が出たばかりです(5月13日)。実際、企業の8割強が「定年と同じ仕事内容」で、再雇用者の賃金水準は定年時の7割弱にとどまるといいます(「労働政策研究・研修機構」2013年)。この判決が出た運送会社の社員も賃金が3割減になったということです。

この判決には、いくらかの異論もあるようです。改正高年齢者雇用安定法(2013年)の施行により、本人が希望すればいったん60歳で定年退職しても、65歳までは再雇用の形で勤めることができるようになりました。ただ、実際には賃金は定年前の30~40%の減額が一般的です。これは会社側からすれば、年功序列型の賃金体系では50代前半で社員の賃金が頂点になり、かつ60歳で退職金も支給し、そのうえあと5年も会社で抱えてやるのだから賃金が下がるのは再雇用のための条件だという考えです。

■給料と仕事のバランスが崩れているから違法
賃金を下げる以上は、それまでの権限や責任、職務レベルも落とすのが理に適っているはずです。権限もない代わりに責任もたいして問われない、業務も単調となるわけです。これを「余生」的勤務と考える再雇用社員であれば、納得がいくでしょう。これまでの激務、精神的障害になりかけるほどのストレスから解放され、かつ長時間残業なしで定時に帰れるようになるのですから。退職金ももらえ、老後の心配はしなくてよい。ローンも完済していれば、これはこれで成功したリタイアメントといえるでしょう。

しかし判決が違法としたのは、定年前と定年後の賃金と仕事のバランスが崩れているからです。定年後の賃下げを合法とするには、賃下げに見合ったレベルに仕事内容を下げればいいわけです。確かに、「同一労働・同一賃金」を妨げてきた大きな一因は、終身雇用と年功序列型賃金体系にあるといえます。日本の平均的な賃金カーブを見ればわかりますが、「同一労働・同一賃金」にするには、このカーブをもっと平坦にしなければならないし、それは企業にとっては大きな変革となるでしょう。賃金カーブを労働価値や労働能力に合わせてみれば、定年間際の社員がいかに給料を多くもらいすぎているかがわかります。だから、定年・再雇用を機に退職者にはこの賃金カーブをリセットし本来のあるべき給料に戻せばいいというやり方にたどりつきます。そのためには定年時点で仕事内容を見直さなければならないのです。

■賃下げが当たり前というのは大企業の発想だ
これまでの状況により恩恵を受けてきたのは、特に大手企業の大卒社員です。大多数の中小・零細企業は賃金も高くなく、退職金も大手に比べ1000万円も少ない場合もあります(厚生労働省の資料より)。賃金カーブの曲がり方も、中小企業では同じ形状でもそのカーブ自体が金額の低いレベルのところにあります。また、今回の判決のような現業社員(ドライバー等)は、賃金カーブの曲がり具合はかなり緩やかで、高卒では40代から定年までの20年間の賃金増加はせいぜい月額10万円程度です(総務省「賃金構造基本統計調査」より)。個別には、大手の大卒社員が再雇用で賃下げとなっても、その賃金の額が、中小社員の定年前の最高額ということも十分あります。退職金や賞与にしても大手の半分というところもざらなのです。

中小の社員は定年前と同じ責任で同じ仕事をしているのに、3割も賃下げになったら生活がかなり厳しくなります。まして、定年後はたいてい嘱託や契約社員(非正規)なので1年更新で身分も不安定となります。大手の社員は定年を機に、仮に「閑職」があてがわれて賃金が下がっても、中小の現役最高並みの賃金がもらえるのです。中小では、「閑職」をあてがって給料を出すほど余裕がありません。会社に残る以上は定年前と同じ「現役」ぶりが求められます。「定年退職したら、給料は下がる」――。それを当然だと言うのは、このような実態を把握していない大企業社員の発想です。

■定年退職者に待っている年齢による格差
こうしたことは、日本の雇用制度の悪弊の一部です。正規と非正規、男性・女性の性別格差に加えるべき年齢格差もあるのです。能力によって給与が差別されるなら問題ないし、違法でもない。しかし、雇用の入口のところで、一定年齢に達すれば年齢による差別があるというのは、正規と非正規の格差にもつながります。こういう考えが変わらなければ、「同一労働・同一賃金」などおぼつかないでしょう。

政府は、非正規賃金の底上げと言っていますが、同時に女性賃金の底上げ、高齢者賃金の底上げも同時に考えるべきです。もちろん、能力・意欲が伴っての底上げです(能力・意欲に合わせて底下げもある)。いったい政府が進める「同一労働・同一賃金」とは何か。正規社員と非正規社員の賃金や待遇をなくすことではないのか。非正規の中には、定年退職者も含まれていることを忘れているのではないでしょうか。

■中小会社の社員には給付や年金は当てにならない
これに関して、定年後の賃金が定年前に比べ一定割合下がると、それに応じて給付がある「高年齢雇用継続給付」というものがあります。計算の詳細は省きますが、たとえば定年前に比べ賃金が3割下がった場合、大手・中小の社員とも給付額込みの月収は定年前の約73%となります。4割下げでは、両者とも元の賃金の約69%です。こうしてみると、この制度は救済策というより手当程度と考えておいた方がよさそうです。同じ率の賃下げであっても、大手と中小では、その金額の重さが違います。減額の率ではなく、減額の金額で見るべきです。「統計調査」では中小の定年直前の賃金は高卒で約40万円、実際にはそれ以下の場合もあるでしょう。40万円から30万円、30万円から20万円に収入が下がったら、生活はかなり厳しくなります。しかも賞与も期待できないなら、なおさらです。

ある人は、「そのために年金もあるし、退職金もあるだろう」と言うかもしれません。繰り返しますが、そういう発想は大企業社員向けのものであって、実際には小さな会社では退職金はあっても少額、賃金も長期間低く見積もられてきているので報酬比例部分の年金額も少ないわけです。まして公的年金は今後、徐々に65歳からの支給となります。だからこそ中小の社員は定年後も同じ仕事、同じ責任で働かざるをえない。そういう実情の中で、「給与ダウンが嫌なら辞めろ」というのは不合理なのです。

■老兵は自ら去るべき時を知る
今後の日本で、定年制もなく70歳以上も働ける会社であるためには、やはり高齢者であっても「同一労働・同一賃金」であるべきなのです。それでは会社の負担が大きいというなら、能力や意欲の衰えた者は、それに見合った仕事と賃金に見直していけばいいだけです。さらに言えば、老いた者は自ら去るべき時を知っているものなのです。

【参考記事】
■リストラする側の構造と「リストラ候補者」の心的対策
http://sharescafe.net/48383659-20160419.html
■道義なきリストラは最大のパワハラだ 「ローパー」と呼ばれる人たちへ 野口俊晴
http://sharescafe.net/48118899-20160322.html
■文系卒が、それでも実学としてビジネスで役立てられる理由 野口俊晴
http://sharescafe.net/47493984-20160113.html
■「宵越しのお金」が持てれば、老後の人生は変わる 野口俊晴
http://www.tfics.jp/ブログ-new-street/
■野球賭博は他人ごとではない 人がギャンブル的投資に走るワケ  野口俊晴 
http://www.tfics.jp/ブログ-new-street/

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー  TFICS(ティーフィクス)代表 

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