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フジテレビの連続ドラマ『ラヴソング』が6月13日、最終話を迎えました。全話平均の視聴率は8.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、同社の看板ドラマ枠「月9」で史上最低の数字を更新する結果となってしまいました。

当初、『ラヴソング』は、人気俳優・歌手の福山雅治さんが3年ぶりに「月9」の主役を務めるということでかなり話題になりました。しかし、初回視聴率は10.6%と思いのほか伸び悩み、結局その後も挽回ができずに終わりました。

■“敗因”はどこに?
注目度が高かっただけに、初回放送直後から視聴率低迷の“敗因”探しがネットやメディアを賑わせました。その中で散見されたのが、今回のドラマのヒロインが20歳であることに絡めて、「47歳で、実生活で結婚もした福山さんが娘のような女の子と恋愛を演じるのは無理がある」という意見です。

しかし、実際のドラマを観ると、福山さんは相変わらずカッコよく、「これなら20歳の女の子も恋するだろう」というリアリティを十分保っていたと思います。内容についてはいろいろな意見があるでしょうが、個人的には、浮ついたところがなく大人の鑑賞に堪えうる良いドラマだったと思います。

その一方、視聴率というビジネス的な観点で評価すると、福山さんが今回演じた、「元ミュージシャンで、軽い中にも一本筋の通った二枚目」という役柄は、あまりにイメージ通りで意外性に乏しかったかな、という印象を持ちました。もちろん、視聴率が伸び悩んだ原因は一つではないでしょうが、このキャラクター設定がありきたりすぎて、多くの人を巻き込む話題性がなかったことは要因として挙げられるでしょう。

芸能界は門外漢の私には、テレビドラマの企画がどのようなプロセスで決まるのかは知る由もありません。しかし、素人なりに疑問に思ったのは、「なぜ、ドラマのスタッフは福山さんにこんな“いかにも”な役柄を設定したのだろう?」ということです。

■行動経済学でスタッフの心理を推察
この心理を説明する理論として、行動経済学の「プロスペクト理論」という考え方があります。「プロスペクト理論」とは、平たく言えば、「人は失敗による損失が大きいほど、確実な選択肢を選ぶ」という心理を説明する考え方です。

例えばここに、「確実に5万円もらえる状況A」と「ほぼ間違いなく5万円もらえるが、上手くいけば25万円もらえるかもしれない。しかし、何ももらえない可能性も1%程度ある状況B」があるとします。このとき、普通の人は状況Aを選ぶ、というのがプロスペクト理論の示唆するところです。なぜなら、「何ももらえない」という損失の前では、確実にもらえる5万円は、リスクのある25万円より高い価値となるからです。

これを、今回の『ラヴソング』のケースに当てはめて考えてみましょう。ドラマスタッフが、「福山さんに従来通りのイメージの役を演じてもらえば、そこそこの視聴率は堅い」と思ったとします。これが状況Aです。一方、「これまでのイメージにない役柄で新境地を開けば、もっと高い視聴率が取れるかもしれない。しかし、受け入れられずに低視聴率になる可能性もある」と思ったとします。これが状況Bです。

もうお分かりだと思いますが、この思考回路に入ったら、よほど意識するか、もしくはギャンブラー的体質を持っている人でない限り状況Aを選択します。「せっかく福山さんをブッキングできたんだから、ここは大事に行こう」という心理になりやすいのです。

■リスクを避けた3つの理由。
さらに今回は、この状況に3つの要素が拍車をかけたと考えられます。1つ目は、前出の福山さんの結婚です。これでファン層やファン心理がどのように変化したのか、スタッフは正直読み切れなかったと思います。

2つ目は、「月9」枠の不調です。かつては高視聴率ドラマを連発していた同枠も、近年は視聴率が低下傾向にあり、何をやれば数字が取れるのか不透明な状況でした。

そして3つ目は、本作が吃音という題材を扱っていたことです。ドラマ自体からはスタッフの真摯さが良く伝わって、好感が持てる作りでしたが、このようにデリケートなテーマを取り上げることが視聴者にどう受け取られるのかは未知数だったと考えられます。

つまり、ドラマを取り巻く環境は三重の意味で不確実性が増していたのです。

不確実性が高まれば高まるほど、人は確実なものを高く評価します。これもプロスペクト理論の示唆です。今回の場合、確実なものとは「福山雅治のカッコよさ」です。したがって、福山さんのこれまでのイメージを強調するような設定は選択されやすくなり、イメージを覆すような冒険はやりにくくなります。

■「リスクを取らないことがリスク」と言うけれど・・・
以上のような心理的な過程を経て、福山さんの役柄は決定されたのではないか、というのが私の推測です。その結果、福山さんは自身のイメージど真ん中のキャラクターを演じ、これは無難ではあるものの新鮮さに欠け、残念ながら高視聴率に結びつかなかった要因のひとつとなった、というのが私の見立てです。

このような例は、ビジネスの場面ではよく見られることです。前例にとらわれて思い切った方針転換ができなかったり、大胆な企画が会議を重ねるたびに角が取れて無難なものになり、魅力を失ったりするケースです。

悩ましいのは、ほとんどの場合で決定に参加している人は基本的に善意である、ということです。今回の『ラヴソング』のスタッフも、いかにして良いドラマを作るか、いかにして福山さんの魅力を引き出すか、必死に考えたはずです。しかし、必死に考えた結果が客観的に見ればダメなものに見えてしまう場合があるというのも、悲しいかな現実です。

「リスクを取らないことがリスク」と言うのは簡単ですが、これを克服するのは、47歳(ちなみに私と同い年)の中年男と20歳の女の子との恋愛を違和感なく見せること以上に、難しいことなのです。

【参考記事】
■「日ハム新球場」構想は実現するのか? (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48692713-20160526.html
■『笑点』の新司会者選びを関係性マーケティングの視点から検証する (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48677956-20160524.html
■自動車メーカーが不正を繰り返す理由 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48638759-20160519.html
■「秀才」の舛添都知事はなぜ愚行に走ったのか (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48661263-20160523.html
■オレたちは「SONY」を卒業できない (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48736379-20160601.html

多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表


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