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英国がEUを離脱するか否か、決める国民投票が近づいていますが、現段階ではどちらとも言えない状況です。「英国がEUを離脱したら、世界恐慌が来る」などと言っている人も見受けられますが、本当でしょうか。今回は、仮に離脱が決まった時に何が起きるのか、考えてみましょう。

■英国はともかく、欧州大陸への影響は小さいはず
EUは、人や物などの移動を自由にしよう、という協定ですから、英国が離脱すれば、大陸諸国との間の人や物などの移動が従来ほど自由には行なえなくなるでしょう。したがって、双方ともに何らかの打撃を受けることになるはずです。

もっとも、英国とEUの関係が途絶えるわけではなく、何らかの新協定が結ばれることになるでしょう。その協定次第で影響も変わって来ますが、かなり距離を置くことになった場合でも、世界経済の混乱は限定的だと思われます。

それは、そもそも自由貿易協定自体の影響力がそれほど大きくないからです。過去に自由貿易協定が締結された事例を見ると、たしかに両国に恩恵は及んでいるようですが、爆発的なメリットが生じたという話は、少なくとも先進国では聞かれません。ということは、それが解消されても深刻なダメージは生じない、ということだと思います。

仮に欧州大陸の国際金融機能がロンドンからフランクフルト等に移るような事があれば大問題となり得るでしょうが、そうなるとも思われませんので、英国にとっては主要産業である金融業にそれほど大きな打撃があるようにも思えません。

上記の傍証が二つあります。英国の打撃が大きいとすれば、今頃英国株は暴落している筈なのですが、それほどでもありません。それから、自由貿易協定がそれほど素晴らしい物なら、世界中の国がもっと熱心に自由貿易協定に取り組むはずでしょう。「英国のEU離脱で世界恐慌」と考えている人は、当然TPPを熱烈に推進しているはずです(笑)。

英国については、上記の予想が外れて比較的大きな影響が出るかも知れませんが、それでも欧州大陸については、影響は大きくないでしょう。英国と欧州大陸では経済規模が違うからです。英国の離脱を機に、他の国の離脱が相次げば打撃が拡大する可能性もありますが、ユーロ採用国の離脱は英国より遥かにハードルが高いので、離脱が相次ぐ事は考えにくいでしょう。

今ひとつ、考えるべきことがあります。英国からEUへの輸出に関税がかかるようになると、英国から欧州大陸への輸出は、激減するかもしれません。しかし一方で、EU域内企業が英国企業に代わって製品を供給するようになるとすれば、EU域内経済にとってはむしろ経済にプラスの要素ともなり得るわけです。

■リーマン・ショックとは全く異なる影響度
リーマン・ショックの影響が世界中に拡大したのは、震源地が米国だったからです。まず、米国は巨額の輸入で世界中に需要をもたらしていますから、米国が不況になると世界中の輸出企業が大打撃を受けたのです。

しかし、更に重要なことは、米国の通貨である米ドルが世界の貿易や投資などに使われる基軸通貨であった事です。リーマン・ショックによって金融機関相互のドルの貸し借りが滞るようになり、米国内の取引のみならず、国際間の金融取引が一斉に滞るようになったのです。

「金融は経済の血液」と呼ばれるように、金融は順調な時は意識されませんが、ひとたび資金の流れが滞ると経済活動を大きく阻害することになるのです。それが世界的な規模で生じたのですから、世界に影響が拡がったというわけです。

一方で、欧州で使われているユーロやポンドは、欧州域外で使われる頻度がそれほど高くありませんし、仮にユーロやポンドの貸し借りが滞ったとしても、ドルの貸し借りが順調に行なわれていれば、国際的な取引にはドルを使えば良いのですから、それほど問題にはならないでしょう。

■日本への影響は軽微なはず
日本経済への影響は、リーマン・ショックとは比較にならないほど軽微でしょう。まず、日米と日欧の経済的な結びつきの強さが全く異なっています。日本の対米輸出金額こそ永年の貿易摩擦を映じて抑制されていますが、第三国に輸出された部品が組み立てられて米国に輸出されている部分などを含めると、実質的な輸出は非常に大きいものとなっているのです。

一方で、日欧は物理的な距離も歴史的な経緯もそれほど近くありませんし、産業構造が似ているため、御互いに得意品目が同じであって輸出入が行なわれにくい構造にあるのです。

それ以上に大きいのは、リーマン・ショック時には米国の不況が金融緩和を通じて円高ドル安を招いたということです。米国の金融政策は、米国の景気を見ながら行なわれますが、それが為替レートを大きく動かして、他国に多大な影響を及ぼすのです。日本の貿易の多くはドル建てで行なわれているので、ドル安円高は輸出企業にとって大きな痛手なのです。

今回は、仮にユーロ安、ポンド安を招いたとしても、日本の貿易にそれほど大きな影響はないでしょう。この点も、リーマン・ショックとの大きな相違点です。

こうして考えると、英国がEUを離脱したとしても、世界経済への影響も日本経済への影響も、リーマン・ショックとは比べ物にならないほど軽微なものに止まると考えるべきでしょう。

影響があり得るとすれば、市場参加者が欧州経済の混乱を予想して円が買われて円高になる可能性です。既に円高になっていますが、EU離脱が決まれば更に円高になるかもしれません。しかし、これは市場の一時的な動揺であって、長続きはしないでしょう。上記のように、実際には欧州経済もそれほど混乱しないからです。したがって、マーケット的な混乱はあり得ますが、実体経済への影響はそれほど大きくならないと思われます。

ちなみに、在英日系企業(英国に進出している日本企業の子会社)は、欧州大陸との取引が困難になり、影響を受けると思いますが、彼等は英国企業であって、日本経済そのものではありません。日本の親会社に送る配当が減ることはあっても、日本の景気に影響する事はほとんど無いので、本稿では在英日系企業の事は考慮しておりません。

株式市場や一部経済評論家などが大袈裟に捉えているだけで、大山鳴動してネズミ一匹、といった事になる可能性も高いと思われます。とにかく冷静に、落ち着いて判断したいものです。


【参考記事】
■インフレに備えよう (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12148866485.html
■経済情報の捉え方 (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12149245775.html
■株価は景気の先行指標だが、景気は改善しそうな理由 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48862643-20160617.html
■社畜は辛いが、組織って素晴らしい (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48869195-20160617.html
■就活の手を抜くと、過去の自分を恨んで生きる事になる (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48827988-20160614.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授

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