88692374

英国の国民投票でEU離脱が決定した。

■EU離脱を支持した労働者階級の想い
様々な思惑が複雑に絡み合った結果の結論であり、離脱派の勝因を軽々に論じることはできないが、私は、社会保険労務士として、労働者階級にEU離脱支持者が多かったということが印象に残った。

これは、「行き過ぎたグローバリズムに対して、働く人がNoを突き付けた」という象徴的な出来事であったのではないかと私は受け止めている。

■私が英国の自動車工場を見学して感じたこと
私は、サラリーマン時代には自動車業界に身を置いていたので、英国へ出張したことが何度かある。英国は、日系自動車メーカーの欧州における一大生産拠点だからだ。トヨタ、ホンダ、日産の日系大手三社は英国に生産拠点を有している。その他にも、ジャガーランドローバー、GM、MINIなど、欧米系のいくつかのメーカーも英国に生産拠点を置いている。

そして、英国の自動車産業は、多くの移民を雇用することで成り立っているという事実も目の当たりにした。

私が勤務していた会社の現地法人の工場においても10か国以上の国籍の方が働いていて、工場内に足を踏み入れると、ヘルメットのかわりにターバンを頭に巻いている人なんかもいたことが印象に残っている。

現地法人の責任者の方に話を伺うと、工場で働いてもらう労働者を求人しても、英国人の方の応募は少なく、多くの部分を、移民や出稼ぎの外国人労働者の方に頼らざるを得ないということであった。

また、英国人の方は、肉体的にきつい工場労働を好まない、という話も聞いたことがあり、一概に移民が英国人の仕事を奪っているのではなく、英国人が仕事を選んでいるという側面も皆無ではなさそうである。

だが、確かにそういう一面はあるにせよ、より大きな問題は、賃金などの雇用条件ではないかと思われる。

EUでは加盟国の間で人の移動が原則自由であるが、所得水準の低い東欧諸国がEUに加盟したことがこの問題を大きくした。

東欧出身の移民や出稼ぎ労働者の方は、英国の最低賃金で働いたとしても、母国で働くよりも何倍も高い収入を得られるのだから、英国の最低賃金であったとしても、喜んで働くわけである。

そのため、英国の製造業では、幹部社員はともかくとして、製造現場で働くワーカークラスの賃金は上昇の圧力が働きにくい構造になっているのである。

仮に、労働市場に英国人しかおらず、英国人の労働者を雇用しなければ自動車の生産ができないという条件制約があれば、経済学の基本である「需要」と「供給」のリバランスが働き、賃金が上昇する方向に動くはずであろう。

さらに、EU内では人だけでなく、物の移動の自由もあるので、自動車を組み立てるにあたっては、英国内の部品を使わずに、南欧や東欧のようなコストの安い国から部品調達をする動きも広がっている。

そうなると、完成車メーカーは利益率が上がって儲かるが、英国内の下請け工場は仕事を失わないために身を削って価格を下げるか、それが無理ならば廃業するしかなくなってしまう。

以上は、自動車産業から見た英国労働市場の一例であるが、このように、グローバリズムは経済的強者にはメリットとなるが、弱者には厳しい結果となる側面があるのだ。

したがって、グローバリズムによって恩恵を受ける側の富裕層がEU離脱に反対したのも当然のことであろう。

なお、EUを離脱し、移民を制限した後、EU離脱を支持した労働者階級がハッピーになれるかどうかは別問題である。

英国の自動車産業は英国の内需よりも、他のEU諸国への輸出によって成り立っている部分が大きいので、労務費の上昇や関税の復活により、英国で生産された自動車の競争力が失われた場合、英国の自動車産業そのものが立ち行かなくなってしまうリスクがある。

したがって、EUから離脱することで生じる上記のようなデメリットを乗り越え、産業の維持発展と労働者の生活向上を両立させていくかが、今後の英国の重要な課題となっていくであろう。

■日本においても同じことが当てはまる
ところで、英国で起こっているこの出来事を、私たち日本人は対岸の火事と考えててはならない。

グローバリズムによる一般国民の疲弊は、我が国においても起こっている現実だからだ。

同じく自動車産業を例に考えれば、自動車メーカー各社は国内で生産する自動車について、必ずしも国内の下請け会社を使うのではなく、「グローバル調達」という方針を掲げ、中国や東南アジアからの部品輸入を増やしている。なお、自動車部品の輸入は、関税率0%である。

海外からの部品調達に切り替えられた結果、コストが下がり完成車メーカーは利益が増えるが、下請けの町工場は経営が疲弊する構図である。

また、大手自動車メーカーは世界中に工場を持っているので、為替の動向を見ながら国内の生産台数を柔軟に調整するようになってきている。リーマンショック後は、その傾向がとくに著しいようだ。

円安時には国内の生産を増やすため期間工を集めるが、円高に振れると雇止めを行い、あっさりと雇用関係を打ち切るわけである。

もし、我が国が海外に生産拠点を持たず、国内のみで自動車を生産していたとしたら、景気の変動による生産台数の波こそあれ、円高になったからゴソッと生産台数を海外に移管して、大幅なリストラを行うということは起きないはずだ。

自動車メーカーの経営者は、株主総会で「円高対策をいち早く行い、生産台数を海外にシフトさせたおかげで、為替差損を最小限に抑えることができました」と報告し、株主から賞賛を受けるだろうが、その陰では、雇止めをされた多数の期間工が泣いていることを忘れてはならない。

■ジャイアンの実家もグローバリズムで廃業の危機に
そして、このようなグローバリズムの波の影響は、製造業だけにとどまらない。

近年は、アニメの「ドラえもん」に出てくる、ジャイアンの実家である「剛田商店」のような個人商店が激減しているが、これもグローバリズムの影響ということで一定の説明ができる。

剛田商店では、鍋、タワシ、調味料といったような雑貨や食品などを扱っていたようだが、現在では、このようなものは通常、大型のホームセンターやスーパーマーケットなどで買うであろう。

潤沢な資本を持った大型小売店が、中国や東南アジアなどで人件費の安さとスケールメリットを生かして低コストで雑貨や日用品を製造し、国内で販売するので、個人商店は到底太刀打ちすることができない。

価格や品揃えで打ち負かされ、廃業をするしかなくなってしまうわけだ。

廃業した個人商店経営者は、引退するか、自分たちの商売を奪った大型小売店の従業員にならざるを得ない。

その結果、儲かるのは大型小売店の経営者、幹部社員、株主といった限られた立場の人々であり、店舗で働くパートやアルバイトなどの非正規社員は、決して良い待遇を受けているとは言えないであろう。

■格安ツアーバスとリッツカールトンホテル
このように、グローバリズムというのは突き詰めていくと、富の偏在をもたらす構造を持っているようである。

グローバリズムの恩恵で物やサービスが安く買えるようになった一面はもちろんあるが、「安いものしか買えなくなった」低所得者層を多く生み出したという側面を見落としてはならない。

グローバル化が進んだここ10年~20年くらいの日本の様子をイメージしてほしい。

明らかに二極化と思われる現象が起きている。

「激安の殿堂」を掲げるドン・キホーテや、ダイソー、キャンドゥといった100円ショップの店舗は、瞬く間に全国へ広がった。

また、格安ツアーバス、格安航空会社のような「格安」を売り物にした公共交通機関も脚光を浴びている。格安ツアーバスについては、行き過ぎた低価格競争のため、バス運転手が長時間労働による過労状態に陥り、重大な事故が頻発したことは記憶に新しいであろう。重大な事故を起こしたバス会社や運転手を責めることは容易だが、そのような格安サービスを利用者が望んだからこそ、バス会社が無理をしてしまったという側面があることは否定できないであろう。

だが、それを望んだ消費者が悪いわけではなく、非正規社員で月の手取りが10万円とか15万円でボーナスもない方にとって新幹線は高すぎる乗り物であり、帰省などで移動が必要な場合は、低価格のツアーバスに頼らざるを得ないのだ。

その一方で、同時期に東京ではアマン、マンダリンオリエンタル、ペニンシュラ、シャングリラ、リッツカールトンといったような世界的な超高級ホテルが次々と開業している。

JR九州の高級クルーズトレイン「ななつ星」が人気を博しているのも記憶に新しいであろう。JR東日本やJR西日本も。同じコンセプトのクルーズトレインのサービスを開始する予定である。

このように、ここ10年、20年で、「格安」と「超高級」の両極端な現象が日本では同時進行しているのである。

私は、個人的には、今ほど選択肢は多くなく、今ほど便利ではなかったかもしれないが、おぼろげながら幼少の頃の記憶に残っている「一億総中流」の時代がなつかしい。

■アベノミクスのトリクルダウンは「幻」だ
もはやグローバル化の波は止められないので、江戸時代に戻って鎖国をするとか、孤立主義をとるとかいうのは非現実的である。

たが、学校教育で「グローバル化は良いことである」ということを教えられるので、多くの人が何となく「そうなのかな」と思い込んでしまうかもしれないが、グローバル化は、グローバル企業に所属する人とそうでない人の間に、貧富の差を生み出す構造があることを忘れてはならない。

だからこそ、今回のEU離脱の英国の民意は、いきすぎたグローバリズムに対する警鐘となったのではないだろうか。

アベノミクスでは「トリクルダウン」という言葉が使われ、大企業が儲かれな中小企業も儲かるとしたが、大企業がグローバル化している以上、大企業が儲かったとしても、国内の中小企業に還元される保証がないことは想像に難くない。

かといって、大企業の国際競争力が失われれば、我が国は大不況に陥るので、アベノミクスやトリクルダウンを否定しても、すぐに代案が見つかりそうにはない。

どのような政策が正解なのか、答えを見つけるのは難しいが、グローバリズムを受け入れつつも、富の再配分が適切に実現する仕組みが機能する世の中を実現したいものである。

《参考記事》
■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■独立するなら学びたい、AKB48のキャリアウーマン岩佐美咲の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47686063-20160201.html
■軽井沢スキーバス転落事故。国が本気にならなければ悲劇は繰り返される。榊 裕葵
http://sharescafe.net/47553437-20160118.html
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html

榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP 


この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加




関連コンテンツ

シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール