3855237


アベノミクスでは、大胆な金融緩和で世の中に資金が出回り、それが物価や株価を押し上げる、という触れ込みでしたが、実際には資金は世の中に出回りませんでした。それでも株価やドルは値上がりしました。今回は、その理由を考えてみましょう。


最初に、経済初心者向けの解説を記しますので、一般の方は飛ばしてお読みいただいても結構ですし、復習のために一読していただいても勿論結構です。

■株価はどう決まるのか?・・・経済初心者向け
株の値段は、売り注文と買い注文の数が同じになるように決まります。買い注文の方が多ければ、株価は今の値段に止まっていないで上がっていくからです。これを経済学の言葉で「価格は需要と供給が等しくなるように決まる」と表現します。これは、経済学の最も重要な考え方の一つです。

実際には、株価の決まり方の一番の基本は、「株を買って配当をもらうのと銀行に預金して(または国債に投資して)金利をもらうのと、どちらが得だろう」と考えて、どちらが得かわからないように決まる、という事です。

「どちらが得かわからないように値段が決まる」というのは、経済や金融の世界では、非常に重要なことです。たとえば株を買って配当をもらう方が絶対に有利ならば、皆が貯金をおろして株を買うので、株の需要が供給よりも多くなり、株の値段は上がっていくでしょう。これを逆から見れば、今の値段で落ち着いているということは、需要と供給が一致している、すなわち株を買うのと預金をするのと、どちらかが一方的に有利だというわけではない、ということです。

最近では、銀行預金をしても金利はほとんどもらえません。一方で株式投資をすれば、そこそこの配当がもらえます。しかし、株式投資をすると株価が下がって損をする可能性があるので、それを考えると株を買うべきかどうか迷ってしまう、という人が多いのです。そこで、今の値段で需要と供給が一致している、というわけです。

この考え方から「株価が割高か割安かの見当をつけよう」という試みが、PERと言われるものです。これは、株価と企業の利益を比べて、「利益の割に株価が高過ぎる」といった議論の材料にするのです。利益と配当は異なりますが、配当されなかった利益も、将来いつかは配当されるだろう、と考えれば、それほど的外れではありませんね。

一株あたり純資産も、株価を決める一つの要素ではあります。株式会社が解散する時には、株主には一株当たり純資産が分配されます。ということは、株価が一株当たり純資産より低いということは、株価が会社の解散価値より低いということになります。これは、よほどの事情が無い限り、不自然ですよね。

というわけで、株価が一株当たり純資産の何倍であるか、という値(PBRと呼びます)も、株式投資に際しては参考とされます。

■ケインズの美人投票って何?・・・経済初心者向け
株価の理屈は以上ですが、短期的な株価の動きは、それでは説明できません。それを説明したのが経済学者ケインズです。「株価は美人投票のようなものだ」と言ったらしいのですが、これを聞いても何のことだかわかりませんね。

今の美人投票は、審査員が「美人」に投票し、最多得票者がトロフィーをもらう、というものですが、ケインズ当時の美人投票はチョッと違ったのです。審査員が「美人」に投票し、最多得票者がトロフィーをもらうとともに、優勝者に投票した審査員も商品がもらえたのです。

その違いは大きなものがあります。私が審査員だとします。私はA子が美人だと思っていますが、A子が登場した時は、審査員席は静かでした。私はB子は美人ではないと思いますが、B子が登場した時には審査員席の大勢が拍手をしました。今の美人投票なら私はA子に投票しますが、ケインズ時代の美人投票なら私はB子に投票します。商品が欲しいですから(笑)。

株式市場がこれと似ているということは、「皆が上がると思うと皆が買い注文を出すので実際に上がる」ということであり、更に言えば「他の投資家が買いそうなものは、値上がりするだろうから先に買っておこう、と皆が思うので、その株は実際に値上がりする」ということになります。そうなると、「値上がりしそうだ」という噂が流れた株は実際に値上がりすることになるのです。

長期的にみれば、「大した株ではないから、値上がりし過ぎた分は下がるだろうう」ということに人々が気づき、株価が適正水準に戻るわけですが、短期的には株価は噂や思惑によって、「正しい水準」から大きくかけ離れる場合がある、ということをケインズは説明しているわけです。

■黒田日銀総裁が期待した株価の動き
黒田日銀総裁は、大胆な金融緩和によって世の中に大量の資金が出回れば、世の中に出回っている株券の数と資金の量の比率が変化するので、相対的に希少となる株券の価値が上がって株価が上がる、と考えていたようです。総裁は、金融緩和で消費者物価指数(八百屋のカブ等の値段)を上げると宣言しましたが、株式の値段についても同じことを考えていたわけです。

筆者は黒田日銀総裁が間違えていると思っていました。金融緩和をしても、世の中に資金は出回らないと考えていたのです。従って、カブが値上がりしないことは正しく予想していました。そして、株式も値上がりしないだろうと考えていました。

しかし実際には、カブは値上がりしなかったのに、株式は値上がりしたのです。何が起きたのでしょうか?

■黒田信者は、カブを買わずに株式を買った
黒田日銀総裁と同じ考えの投資家は大勢います。仮に「黒田信者」と呼びましょう。彼等は、「日銀が大胆な金融緩和をするから、世の中に大量の資金が流れ出て、カブも株式も値上がりするだろう」「しかし、カブは来年食べる分を買って保存するわけにいかないから、買わない」「株式は、すぐに買って来年まで持っていて、値上がりしたら売ろう」と考えたわけです。

多くの黒田信者が株式を買ったので、株価は上がりました。従って、多くの黒田信者たちは株式の値上がり益を得たのです。実際には世の中に資金は出回らなかったので、「株価は上がるべきではない」と考えた筆者の方が正しかったのですが、黒田信者は誤った信念に基づいて行動して利益を得たのです。

■そして筆者も、株式を買った
筆者は、「世の中に資金が出回るはずが無いので、株価が上がるのは理屈上おかしい」とは思っていましたが、一方で「多くの黒田信者たちが株式の買い注文という不合理な行動に出ている。ケインズの美人投票論によれば、自分が正しいと思ったことよりも他の人々が実際に行っていることを真似した方が利益を得られるだろう」とも考えました。

そこで、筆者(及び、筆者と同じような考えを持った投資家たち)は株式を買いました。「黒田信者たちが買うより前に買い注文を出そう」と考えたのです。

結果として、「世の中に資金は出回らなかったのに、黒田信者もそれ以外も投資家全員が株式の買い注文を出したので、株価が大幅に上昇した」のです。

ドルについても、株式と全く同じ事が起きました。黒田信者がドルを買い、それを見た筆者たちもドルを買い、結果としてドルも大幅に値上がりしたのです。

■偽薬効果で景気は回復
株式とドルが大幅に値上がりしたため、景気が回復しました。これは素晴らしいことです。黒田日銀総裁は、インフレ目標こそ未達でしたが、景気が回復したのですから、目的を達したと言っても良いでしょう。もっとも、これをどう評価するかは、様々な考え方があるようです。

筆者はこれを「偽薬効果」と呼んでいます。医者が「高価な薬だ」と言って患者に小麦粉を渡すと、患者の病が治る事があるそうです。「病は気から」ですから。医療関係者は、これを偽薬効果と呼んでいます。これと同じことが今回の金融緩和で起きた、というわけです。

金融を緩和しても資金が世の中に出回らなかったのですから、金融緩和は有効な対策ではなかったわけです。つまり、黒田日銀総裁が薬だと思い、薬だと言って患者に渡したのが、実は小麦粉だったのです。しかし、偽薬効果で患者が元気になったのです。「結果よければすべて良し」ですから、黒田日銀総裁は名医であったと言えるでしょう。

ちなみに、前任者の白川日銀総裁も、黒田日銀総裁ほどではありませんが、ゼロ金利下でそこそこ大胆な金融緩和を行なっていました。黒田日銀総裁は、その規模を拡大しただけです。それなのに、前任者の時は効かずに黒田日銀総裁になってから急に効果が表れたのです。考えられる理由は一つしかありません。

白川氏は「ゼロ金利下で金融を緩和しても効果があるはずが無い。まあ、皆さんがやれと言うならやりますが」と言いながら緩和をしていました。「小麦粉だから、飲んでも毒にも薬にもならないよ」と言って渡していたわけです。これでは偽薬効果が出るはずはありませんね。

黒田氏になってから、「これは素晴らしい薬だ」といって小麦粉を従来の何倍かの分量で患者に与えたところ、見事に病気が治った、ということだったわけです。

■偽薬効果が減衰してしまった
ところが、もともと小麦粉ですから、患者が小麦粉である事に気付けば、効果は減衰してしまいます。そこで、マイナス金利という新しい手段に訴えたわけです。

マイナス金利は小麦粉ではなく実弾ですから、これを大量に投与すれば、効き目はあるでしょうが、副作用もあるでしょう。だからと言って、副作用を恐れて「海の水を一口飲んだから、海の水が減った」というような導入をしていても、なかなか効果は出ない、ということですね。難しい局面での、黒田日銀総裁の今後の舵取りが注目されます。


【参考記事】
■金融緩和で物価を上げるのは無理なのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48919755-20160624.html
■危機時に円が買われる真因は、過去の経常収支黒字 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48952109-20160629.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html
■英国のEU離脱でも世界経済は大丈夫 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48894942-20160622.html
■英国のEU離脱に関して聞こえて来る話は、論者たちの本心よりも悲観的 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48951151-20160628.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授



この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加



関連コンテンツ

シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。

執筆者プロフィール