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株価が暴落する時、「誰が見ても安すぎる」水準まで売り込まれることがあります。それは、売りたくない人が売らされているから、なのです。「上がると思う人が買い、下がると思う人が売る」という市場ではなくなってしまうわけです。今回は、売りたくない人が売らされる状況について、考えてみましょう。

■借金で株を買っている人が返済を迫られる
借金で株式投資を行っている場合、株価の暴落によって不安になった貸し手から返済を迫られることがあります。借り手の資産が減っているわけですから、貸し手が不安になるのは当然なのですが、借り手としては「暴落して、買いのチャンスだと思っていた時に返済を迫られて、反対に返済資金を捻出するために売らなければならない」というのは、大変不本意な事でしょう。

個人投資家が「信用取引」を行っていると、株価暴落の際に「追い証」を求められ、それが払えないと、泣く泣く保有株を処分せざるを得ない事があります。同様のことが、法人の投資家にも起きるわけです。法人の場合は更に、倒産すると保有している株式がすべて売却されることになりますから、安値での売りが大量に発注されることになるわけです。

■機関投資家の「損切り」も「売りたくない売り」
機関投資家の多くは、社内で「損切り」のルールを設けています。これは、担当者が一定金額以上の損失を抱えた段階で、一度持っている株を全部売り、しばらく頭を冷やすというルールです。

今期の損失が一定金額を超えると会社全体の決算が赤字になってしまう、といった経理部からの要請もあるでしょうし、損を抱えた担当者は冷静な判断が出来ないから、という理由もあるでしょうが、いずれにしても担当者にとっては不本意な売りを強制されるわけです。

損を抱えていない場合でも、「リスク・オフ」に伴って、保有株の一部を売りに出す場合もあるでしょう。「何が起きるかわからないから、とりあえず静かにしていよう」というわけです。担当者が「今はどう見ても安すぎるから、リスクはあるけれども持っているべき」と考えたとしても、上司から「株価が続落した場合、責任はとれるのか?」と問われると、抵抗するのは難しいでしょう。

■株価が下がるほど売り注文が増える
こうした売り注文は、株価が下がれば下がるほど増加します。株価が下がれば、「値ごろ感からの買い」が出るのが普通ですが、「売りたくない売り注文」が大量に発注されそうだと人々が思えば、「更に値下がりするのを待とう」と考えて買い注文が引っ込んでしまう可能性もあるでしょう。

初心者は、株価が暴落すると、この世の終わりが来るような気がして投げ売りをしたい心理に襲われます。これは「売りたくない売り」とは少し違いますが、株価が下がるほど売り注文が増えるメカニズムの一つです。

そうした状況を先読みして、投機筋が売りを仕掛けてくる可能性もあります。「株価が下がると、売りたくない売りが大量に出て、株価は更に大きく下がるだろう。今のうちに株を売っておいて、値下がりした所で買い戻そう」と考えて売り注文を出すのです。

ヘッジファンドと呼ばれる大型の投機家になると、「大量に売って株価を押し下げよう。株価が下がれば売りたくない売りが増えて、株価は一層下がるだろう。株価が下がった所で買い戻せば、利益が出るぞ」と考える事もあるそうです。

バブル時は、人々が強気になっているので、借金をして株を買っている投資家が数多くいます。加えて株価が割高になっていますから、売りが売りを呼んで、適正水準を大幅に下回る所まで値下がりし、倒産が増えて景気の悪化を加速する、といった場合もあります。

今回は、バブルではなかったので、借金をして投資をしている人もそれほど多くないでしょうし、もともとの株価が割高ではなかったので、「水準訂正の売り」も出にくいでしょう。したがって、売りが売りを呼ぶ展開は予想していません。したがって、実体経済が混乱しなことを前提とすれば、株価はそれほど大きく崩れずに、遠からず戻る可能性が高いと思われます。

■個人がプロに勝つチャンスかも
プロは、個人投資家と比べて情報も経験も豊富ですから、通常は個人投資家がプロに勝つことは容易ではありませんが、時として個人がプロに容易に勝てるチャンスが訪れます。一つはバブル期に買わない自由であり、一つは暴落時に買う自由です。

機関投資家は、バブル時に買わないと、ライバルの投資家に負けてしまうため、担当者は配置換えになってしまいます。暴落時に売らない場合も同様です。「10年以内にはバブルが崩壊しますから」「10年持っていれば必ず値上がりしますから」と言っても、10年以内に配置換えになってしまえば元も子も無いのです。

一方で個人投資家は、短期的にライバルに負けても淡々と投資を続ける自由があります。そこで、高すぎると思ったら売り、安すぎると思ったら買い、あとは5年でも10年でも気長に成果を待つことが出来るのです。

もっとも、これは買いの推奨という意味ではありません。現在の株価が「誰が見ても安すぎる水準だ」という事でもありません。英国のEU離脱を契機として世界経済が不況になり、今の株価では高すぎる、といったところまで適正株価水準が下落する可能性もあるからです。筆者個人は景気に強気ですが、世の中には悲観的な見通しを述べる識者が多いので、楽観は禁物かもしれません。

■実体経済でも同様の事が起きる場合も
実体経済でも、値下がりすると売りが増える場合があります。典型的なのは住宅でしょう。住宅バブルが崩壊すると、住宅業者が破産しますから、手持の在庫が一斉に売りに出され、住宅の供給が増えます。一方で、銀行は住宅ローンの貸出に慎重になりますから、買い手が減り、住宅価格は下落を続けます。そうなると、一層破産する住宅業者が増え、供給が増えていくのです。

リーマン・ショックの時には、これも同時に起きたので、危機が深刻化したのでした。今回は、こうした事はなさそうですから、過度な懸念は不要でしょう。

【参考記事】
■マイナス金利はマイナス心理?
http://sharescafe.net/48988743-20160705.html
■株価を上げた「黒田マジックの偽薬効果」が減衰 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48963054-20160701.html
■金融緩和で物価を上げるのは無理なのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48919755-20160624.html
■危機時に円が買われる真因は、過去の経常収支黒字 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48952109-20160629.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html


塚崎公義 久留米大学商学部教授

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