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小泉今日子が元気だ。

50歳の誕生日に発売された『MEKURU VOL.07 (小泉今日子) 』は売り切れ店が続出し、予約しても1か月以上待たされる事態になっていた。読売新聞に10年書き続けた書評をまとめた『』、雑誌「SWITCH」に連載されていた「小泉今日子 原宿百景」のエッセイをまとめた『黄色いマンション 黒い猫』も話題を呼んでいる。久しぶりの主演映画『ふきげんな過去』は6月25日公開され、自らプロデュース・演出を手掛けた舞台『日の本一の大悪党』も6月に上演された。

10代でアイドル歌手としてデビュー。20代後半からテレビドラマや映画、舞台と幅広く女優として活躍し、40代では文筆家としても認知された。そして50歳を迎え、自らプロデュースを手掛けるようになった。変わり続け、活動範囲を広げながら、第一線を走り続けている。

彼女と同世代である筆者は、その秘訣を知りたいと思った。自分がこれからビジネスを続けていくうえで学ぶべきことがあるように思えたからだ。そんな時に出会ったのが本書である。

小泉今日子はなぜいつも旬なのか (朝日新書)
助川幸逸郎
朝日新聞出版
2015-10-13


■『なんてったってアイドル』を歌えるのは……
小泉今日子の代表曲と言えば、真っ先に『なんてったってアイドル』が上がる。もっと売れた歌、評価の高い歌はあるけれど、代表曲と言えば、やはりこの曲だ。

では、『なんてったってアイドル』を他のアイドルが歌っていたらどうなっていただろうか。本書の第3章のタイトルは「もしも『なんてったってアイドル』を松田聖子が歌っていたら」であるが、他の誰でもいい。同期の中森明菜が、松本伊代が、後輩の中山美穂や南野陽子が歌っていたら、と想像してみたらどうなるだろうか。

当時を知る人なら、「それはあり得ない」と思うのではないだろうか。

著者の助川さんは『なんてったってアイドル』を歌っても受け入れられるアイドルの条件を次のように挙げている。

・誰からも有名アイドル歌手と認められていること
・露悪的な「ネタばらし」や「本音の告白」をしても許される「アバンギャルドなイメージ」があること
・自分がこれまで演じていたキャラが虚構だとみなされても人気を失わないこと

こう考えると、この曲を歌えるのは小泉今日子しかいない。髪をショートにしたり、自らを「コイズミ」と名字で呼んでみたりと、当時のアイドルにはない前衛的なイメージを振りまいていたからこそはまったのである。

だが、本人は積極的に歌いたかったわけではないようだ。そのような意味のことをさまざまなインタビューで繰り返し述べている。

「『また大人たちが悪ふざけして。これを背負わされるのかよ』って思いましたけどね(笑) 『ヤだなあ』って。」(『MEKURU VOL.07 (小泉今日子) 』より)


その一方で、こうも語っているのだ。

「客観的に見て『この曲を歌えるのは私だけだろう』っていう自信はあったし、そういう”周囲の期待”を感じてはいた」(日本経済新聞電子版 2012年4月2日)


ここから感じ取れるのは彼女の「自分を見きわめる力」である。助川さんは「メタ認知」力という言葉を使っている。自分がいま何をしていて、どのくらいの力量があるのか、それを客観的に見定める力だ。自分の姿をもう一人の自分が見ているような感覚、とでも言えばいいだろうか。

成功している人は分野を問わず、この力が優れていると言われる。自分を過大評価したり過小評価したりしていては、何事もうまくはいかない。「本気を出せばできる」という人はいつまでたっても本気を出さない。いま自分ができるベストを追及することが成功への道筋だ。

■「本当の自分」など探さない
さらに気づくのは彼女の目線は内側、つまり自分方向には向いていないことだ。自分がしたいこと、「本当の自分探し」のようなことはしない。周囲の期待に応え、ファンを喜ばせる。アイドルを仕事としてとらえていた彼女にとっては自然な発想だったのだろう。

当時、上野千鶴子氏が『「私」探しゲーム』で指摘したように、「本当の私」を追い求めるのが一般的な風潮だった。今もその傾向は色濃く残っている。だが彼女は自らを「アイドル・小泉今日子」という商品としてとらえ、それをどう使えば他人に貢献できるのか考えていたのである。

メタ認知の話に通じることだが、こうして仕事を続けていけば、自分の価値を正確に見積もることができるようになる。さらにチームで動く仕事において(映画や舞台など)、全体を見通して、自分の役割をわきまえて、前に出るところ、後ろに下がるところを正確に見きわめることができるようになる。これは完全なプロデューサー視点だ。

我々バブル世代の中には、「自分の価値を証明する」ために、周囲の称賛を集めようとした(している)人がいる。しかしそうした人の多くは、現在、称賛を得られていないのではないか。それは「相手がしてほしいこと」をしていないからだ。ナチュラルに振る舞えばそれで評価や称賛が得られた若いころとは違うのだ。我々くらいの歳になれば、自己重要感を持ち自分探しをしている場合ではないと思う。残りの人生のほうが少ない。いかに他者のために自分ができるベストなことを見つけて、それを実行していくか。それが人生に足跡をのこすことだと私は思う。

■拒絶せず、追従せず
もうひとつ、小泉今日子が変化し続けることができた要因がある。助川さんの言葉を借りれば
「言われたとおりにやってみるが、言いなりにはならない」
との姿勢だ。

デビュー当時、正統派の昭和的なアイドルを演じていた。大人がその路線を引いたからだ。だが、1年やってみて「違う」と感じれば、自らの意志で髪をバッサリと切りイメージチェンジをはかる。その後も、多くのブレーンの意見を聞きさまざまなことに挑戦していく。ハウスや過激なグラビア撮影など。本人が受け入れようとしているから、周囲の提案も活性化することになったのだろう。

やったことがないことをできないと言ってしまえば成長はない。とりあえず言われたようにやってみる。そのうえで判断し、自分に向かないと思えばやめる。成長したければこうした姿勢は欠かせない。助川さんはこうまとめている。

他者からの提言を受け入れられる素直さと、勧められたことにどこまで従うかの判断力。その両方を併せ持つことは、分野にかかわらない「成功への秘訣」です。小泉今日子は、その点において際立っていました。(p79)

自分の持っている力を把握し、その中でベストを尽くして周囲を楽しませる。足りないと思うことは学んで身に付けていく。けっして、本当の自分という幻想に固執しない。こうした姿勢が、50歳になっても第一線で輝き続ける秘訣のように思える。

ビジネスパーソンにも同じ姿勢が求められるのではないだろうか。「自分のためにがんばるのはアマチュア、他人を喜ばせたり楽しませたりするために自分を活かすのがプロフェッショナル」である。

むろんこれは、滅私奉公を意味しない。自分を殺す必要などはないのである。自分の好きなこと、強み、得意なことを見極め、それを他人のために活かす視点を忘れないでいることだ。

本書の最終章は「小泉今日子に学ぶ7ヵ条」である。私が指摘した点以外にも学べることが挙げられている。彼女の生き方がすべて正しいわけでもない。人には向き不向きもある。しかし、50歳にして色褪せない活躍をしている小泉今日子から学ぶことはどんな人にもあるはずだ。同世代である私だけでなく、次に続いてくる世代の人たちにもそれはあると信じている。

<参考記事>
■【読書】黄色いマンション 黒い猫/小泉今日子
http://blog.livedoor.jp/nakahisashi/archives/1057601746.html
■仕事に「自己実現」を求めるな!(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/35179535-20131127.html
■「反対するなら対案を出せ」は正論か? (中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/34779158-20131112.html
■「町工場の星」に学ぶ 人の育て方、リーダーのあり方~【書評】ザ・町工場―「女将」がつくる最強の職人集団(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48530974-20160506.html 
■「トヨタ」から何を学べばいいのか?~【書評】どんな仕事でも必ず成果が出せる トヨタの自分で考える力/原 マサヒコ(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47148390-20151211.html

中郡久雄 中小企業診断士 


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