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船井電機がVHS方式の家庭用ビデオテープレコーダーの生産を7月末で終了する、と報じられたのは7月14日でした。

ご存知の通り、映像の記録媒体はDVDやHDDなどが主流となり、テープレコーダーの市場は著しく縮小しています。今回のニュースを聞いて、一抹の寂しさとともに、「時代の流れだから仕方ない」という感想を持った方も多いのではないでしょうか。

しかし、今回の決断を、「時代遅れの商品が売れなくなったから」という単純な図式で考えると本質を見誤ります。今日はそのことをお話したいと思います。

■VHSは今でも“金のなる木”だった?
報道によれば、昨年、船井電機の家庭用ビデオテープレコーダーの販売数は75万台でした。これは年間1,500万台以上を販売したピーク時に比べると20分の1の規模です。この数字だけを見ると、「商品が時代に合っていないことは明らか」と考えるのも自然なことです。

しかし、角度を変えて見ると、まだ75万台“も”売れている、と考えることもできます。販売価格を1台2万円として単純計算すると年間150億円の売上です。船井電機の昨年度の売上高は約1,680億円ですので、占める割合は9%と決して小さい数字ではありません。

さらにいえば、他の大手競合がすでに生産を終了していますので、家庭用ビデオテープレコーダーに限った市場シェアはかなり高まっていたはずです。このように、「市場の成長性は低いが、市場シェアは高い」商品のことを、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マトリックス)という経営学のフレームワークでは「金のなる木」と呼びます。市場と生産技術が成熟しているので、広告費など改めて顧客に訴求するための費用や技術開発の費用はかからない。一方、需要が一定数ある上にライバルが少ないので楽に販売できる。そのためお金を稼ぎやすくなるというわけです。

このように見ていくと、VHSビデオレコーダーが「時代遅れ」という理由だけで撤退するには惜しい事業だと分かります。

■撤退した真の理由
今回の報道の中で、各紙が撤退の理由として挙げていたのは、市場の縮小に加え部品の調達が困難になったことです。私は、これが決定的な要因になったのだと思います。

部品の調達が困難になれば、物理的に製品が作れなくなることはもちろんですが、数少ない部品を確保するために調達コストが上がります。私は、部品単価の上昇で貢献利益が赤字になったのではないかと推察します。

貢献利益とは、売上高から部品代などその製品に直接ヒモ付けされる費用を差し引いて算出される利益のことです。この利益は、工場全体の運営費などの固定費をまかなうことに“貢献”することから貢献利益と呼ばれます。したがって、貢献利益が赤字になってしまったら、固定費に加えてその赤字分の費用が出て行ってしまうことになります。

もともと、船井電機は低い粗利率で薄利多売するビジネスモデルです。ですから、貢献利益が少しでもプラスになるのであれば、「金のなる木」の環境を利用して事業を続けたかったはずです。しかし部品調達コストの上昇には勝てず、泣く泣く撤退を決断した、というのが本当のところではないでしょうか。

つまり、船井電機は、VHS市場が「時代遅れ」だから撤退したのではなく、「儲からなくなった」から撤退したのです。

■何をビジネスの基軸とすべきか?
そう書くと、「そんなの当り前じゃないか」と思われるかもしれません。しかし、中小企業経営者と話をしていると、「今どきこんな古い製品扱っていちゃダメだ。やっぱりこれからの時代は○○の技術に対応できないと」というような言葉をよく聞きます。そして、まだ利益が上がっている事業に見切りをつけ、分不相応な設備投資に走って未知数の事業に手を出したりします。

もちろん、新事業が当たれば「先見の明があった」ということになりますが、そうなるかどうかは分かりません。失敗すれば、利益を上げていた事業を失った上に、重い投資負担がのしかかって経営を圧迫するおそれもあります。

ビジネスで考え方の基軸とすべきなのは、「新しいか古いか」ではなく、「儲かるか儲からないか」です。時代遅れに見える製品でも、市場とニーズがある限り、そこから利益を得られる可能性はあります。今回の船井電機の経営判断は、VHS市場の魅力を認識しながらも、収益性を冷静に考慮して下された、苦渋の決断であると考えます。

【参考記事】
■「日ハム新球場」構想は実現するのか? (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48692713-20160526.html
■「秀才」の舛添都知事はなぜ愚行に走ったのか (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48661263-20160523.html
■「裏メニュー」でマクドナルドが見据える、新たな経営のステージとは? (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48895385-20160620.html
■しまむら株が10年ぶりの高値をつけた本当の理由 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48990151-20160702.html
■せたが屋買収に見る、吉野家の長期戦略 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49065861-20160712.html

多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表




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