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バングラデシュの首都ダッカで日本人が巻き込まれるテロ事件が起こり、フランスでのトラックテロ、トルコでのクーデター発生など、世界中で安全をおびやかす事件が発生している。

■海外駐在員の安全管理のポイント
グローバルに事業展開している企業や、海外駐在する従業員は、これまで以上に安全対策を徹底しなければならない状況になっている。

何十年も前からグローバル展開をしている大企業であれば、既に社内にノウハウは蓄積されているはずなので既に対策を講じていると思われるが、昨今は中小企業も含めて海外進出をする企業が増えており、私も社会保険労務士として海外進出時の労務管理等の相談を受けることがある。

本稿においては、海外に駐在員を派遣するにあたり、駐在員の安心・安全のために押さえておきたいポイントを4つ紹介したい。

■労災保険特別加入と駐在員保険
第1は、保険への加入である。

加入要件を満たす限りにおいて必ず行って頂きたいのは、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という)への「特別加入」である。

日本国内で勤務をしている場合は、法律上当然に労災保険の適用を受けることができ、業務上発生した怪我や病気に対しては、療養補償、休業補償、障害補償、死亡補償など手厚い保険給付を受けることができる。

しかし、労災保険の効力は海外には及ばないのが原則である。そこで、海外駐在をする従業員は、「特別加入」という手続きをとることにより、海外の駐在先で業務上発生した怪我や病気に対する補償を受けることができるようになる。

ただし、「特別加入」をするためには、海外拠点の従業員数が一定規模以下であることや、拠点の経営者として駐在する者でないことなどが条件になる。また、今回のバングラデシュの事件のように、食事中など業務外の時間にテロに巻き込まれた場合は、「業務上」の災害ではないとして、労災保険が適用されない可能性がある。

そこで、海外駐在員は、合わせて民間の駐在員保険にも入っておく必要がある。

駐在員保険に加入すれば、業務上、業務外問わず怪我や病気の治療費が負担されることとなり、以前は、テロによる負傷や死亡は、戦争や内乱などとともに保険金支払の対象外であったが、現在はテロに関しては保険金が支払われる駐在員保険が増えているので、約款をよく読んだ上で、加入する駐在員保険を選定してほしい。

■現地の情報収集の方法
第2は情報収集と安全対策である。

駐在員を海外へ送り出す際には、現地の危険な地域や場所を確認することはもちろん、宗教的価値観、法制度、自動車運転のルール、衛生状況など、その国の分かる情報は可能な限り、会社から駐在予定者本人に伝えるべきである。

会社としても初めて進出する国や地域で現地の情報が乏しい場合は、JETROや現地の大使館のような公的機関に問い合わせたり、既に現地に進出している企業に話を聞きに行ったりするなどして、可能な限り情報を収集すりようにしてほしい。決して、駐在する本人任せにしてはならない。

また、実際に赴任するにあたっては、安全な地域に、セキュリティ対策を施した居宅を用意すべきである。テロや紛争の危険が高い国へ赴任する場合は、ガードマンやボディガードの手配も必要になるであろう。

企業には安全配慮義務が求められているので、これらの対応を怠ったまま駐在員が死亡などした場合は、損害賠償を求められるリスクがある。

逆に、従業員が会社から海外駐在命令を受けた場合は、それが合理的な人事異動である限り断ることができないのが原則であるが、明らかに生命身体が危険にさらされる場合や、会社の安全配慮措置が充分でない場合は、海外駐在を拒否する余地がある。

たとえば、電電公社千代田丸事件(最高裁三小 昭43.12.24判決)」という判例があり、これは、朝鮮戦争の最中、危険海域へ通信線の敷設を命じられた電電公社(現NTT)の社員が、その命令を拒否したために懲戒解雇されたことの有効性が争われたという裁判であるが、最高裁判所は、出張を拒否した社員には正当な理由があるとして、会社側敗訴の判決を下している。

■駐在員本人への危機管理教育
第3は危機管理教育である。

上記のような一般的な情報収集だけでなく、駐在員が万一、誘拐、テロに巻き込まれた場合に生き残るための危機管理教育も重要である。

たとえば、誘拐されたとき犯人とどのように接すれば生き残る確率が高まるかとか、テロ事件の人質になって警察や軍隊が突入する際にはどのように身を守るかなど、具体的な場面を想定した教育が必要である。

この点、外務省の「海外安全ホームページ」には、海外安全パンフレット・資料というコンテンツがあり、このコンテンツ内には「海外赴任者のための安全対策小読本」「海外における脅迫・誘拐対策Q&A」「海外旅行のテロ・誘拐対策」といったパンフレットが用意されているので、これらを教材に用いて駐在予定者に危機管理教育を行うのは効果的であろう。

また、テロのような人災だけでなく、竜巻、豪雪、地震、津波といった自然災害に関しても、駐在先の地域で発生する可能性がある災害についても、災害が発生した場合に生き残るための対応法を学んでおくべきである。

様々な天災から身を守るための方法を説明したパンフレットは気象庁のホームページ内のコンテンツにあるので(ホーム > 気象庁について > 刊行物・レポート)、これらを読み込むとともに、現地大使館などに問合せ、現地の天災の発生状況や被害予想などの情報を掴んでおきたい。

■社内の危機管理体制の整備
第4は危機管理体制の整備である。

具体的には、「危機管理体制の構築」「非常時を想定した連絡網の整備」「緊急事態発生時の対応マニュアルの整備」である。

まず、「危機管理体制の構築」であるが、駐在員との平常時の連絡相談窓口、海外の一般的な社会情勢やテロ予告などの情報収集、海外のリスクの評価や分析といった、現地法人や駐在員をバックアップする組織を本社側で構築する必要があるということである。多くの会社で人事部門や総務部門が組織の中心になると思われるが、全社的な情報共有や危機管理意識の醸成のため、役員層の参画や、経営企画室や広報部といった危機管理に関係する部門もメンバーに加えるべきであろう。

海外拠点の存在する国の社会情勢が緊迫し、危険度が高まった場合には、会社や駐在員居宅の警備を強化したり、自宅待機や国外脱出を検討したりということも、危機管理体制の組織が現地法人の責任者と協議しながら対応していくことになる。

また、危機管理体制が平常時から構築されていれば、万一緊急事態が発生した場合にも、この組織が対策本部の中核として機能するので、素早い初動対応を行うことができる。何か緊急事態が発生してから対策本部を立ち上げるのでは、初動対応が遅れてしまう恐れがある。

次に「非常時を想定した連絡網の整備」であるが、現地でテロなどが発生した場合に、駐在員同士や、本社側で各駐在員の安否を確認したり、連絡を取り合ったりするための手段を確保しておく必要がある。

連絡網形式で電話番号を共有することが一般的であるが、プライバシーにも配慮しながら会社が貸与した携帯電話の番号だけでなく、個人用の携帯電話の番号やメールアドレスを共有したり、電話・メールで連絡が取れない場合に備え、可能な範囲でLINEやFacebookなどSNSの連絡先も共有し合うなど、非常時に少しでも連絡を取り合える可能性が高まるようにしておくと安心であろう。LINEはスマートフォンからであれば、音声や写真を素早く送ったり、開封確認ができたりというメリットもある。

最後に「緊急事態発生時の対応体制の整備」であるが、不幸にもテロや誘拐などの事件が発生し、自社の駐在員が巻き込まれてしまった場合、会社としてどのような対応を取るかをマニュアル化しておくことが必要である。

具体的には、「事件に巻き込まれた可能性がある社員の特定や身上確認」「警察、外務省、社員の家族など関係者への連絡」「マスコミへの広報対応」といった初動対応のマニュアルがまずは必要となる。

そして、現地へ支援員の派遣、現地コンサルティング会社への起用、現地入りする従業員家族のサポートなど、事件の早期解決のために行うべきことや、万一不幸な結果になってしまった場合には早急に弔慰金や保険金が本人や家族へ渡るようにするなど、解決や事後処理を円滑に進めるためのマニュアルも必要である。

■結び
ビジネスのグローバル化が進んでいる現在、海外進出を取りやめるという経営判断は現実的にはできないので、可能な限りの安全対策を施し、駐在員の生命・身体の安全を守っていくことが企業の責務ということになるであろう。

また、日本国内でもテロが起こる可能性は否定できない情勢になっているので、海外駐在員だけでなく、国内従業員を含めた危機管理についても真剣に考えていくべく時期が来ているのではないだろうか。

《参考記事》
■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41626385-20141030.html
■小林麻耶さんに学ぶ「既読スルー」の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/48805486-20160610.html
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html

榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP 


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