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たとえば、今月はオリンピックがあったのでテレビが良く売れたとして、1年後に「今月のテレビの売上げは前年比大幅マイナスではないか!」と社長に怒られたら、どう返答すべきでしょうか?


「前年同月がオリンピックによる異常値だったから今月の前年比がマイナスになっているだけで、サボっているわけではありません」という回答で、一応は正解なのですが、下手をすると「前年のオリンピックのせいにして言い訳をしている」と思われかねませんから、「2年前、3年前の同月と比べれば減っていません」としっかり答えましょう。

統計を見る時、前年比は便利です。しかし、前年比の数字にも数々の落とし穴があるので、注意しないと大きな判断ミスをしかねません。たとえば、不用意に部下を叱った社長のように。

■前年比は季節要因を考えなくて良いから便利・・経済初心者向け
統計数字を見る時に、「前年比で2%増えた」等々の表現がよく使われます。2月のチョコレートの売上げを1月と比べても、バレンタインデーの影響で増えているのか景気が良いから増えているのか、判断出来ませんが、前年の2月と比べれば、バレンタインデーの影響は考えなくても良いので、楽なのです。

12月はボーナスが出るから消費額が多い、ということも、前年比で見れば考えずに済みます。つまり、8月のアイスクリームの売上げも、前年比で見れば「8月は暑いから」という要因が除去できます。このように、季節要因(毎年同じ時期に起きることの影響)は、前年比を使えば考えなくて良くなります。だから、前年比が良く使われるのです。

■前年比は便利だが、要注意
前年比は便利ですが、様々な問題もあります。たとえば、上記のテレビの売上げも、前年同月に特殊要因があると、今月の数字が普通であっても前年比が大幅なプラスやマイナスになってしまうわけです。前年比が変な数字になった時には、2年前、3年前と比べてみると、今年の数字が変なのか、前年同月の数字が変だったのか、見当をつけることが出来ます。実際に割り算をしなくても、今年の前年比と前年同月の前年比を加えると、2年前同月比が計算できます。

売上げが昨年末まで順調に増加していた企業で、年初から売上げが減り始めたとします。1月、2月の売上げの前年比は、プラスです。プラス幅が縮まってはいますが、プラスには違いないので、売上げが減り始めたことに気付きません。半年ほど経過すると、前年比がマイナスになり、その時になってようやく売り上げが減っていることに気付く事になりかねません。これでは経営判断を誤ってしまうかも知れませんね。

■石油ショックから1年経って物価が落ち着いた???
上のグラフを御覧下さい。2030年末に石油ショックが発生して消費者物価指数が100から120に上がる、という想定で、消費者物価指数のグラフと同前年比(インフレ率)のグラフを描いたものです。

通常は、前年比のグラフ(上のグラフの赤色の線)が使われますから、2031年初から1年間は消費者物価指数前年比がプラス20%になり、その後は0%になる、台形のグラフとなります。2032年の1月には、前年同月も物価が高かったので、前年比はゼロになるからです。

これを見ると、「石油ショック発生から1年経過し、ようやく消費者物価指数も落ち着いて来ました」とコメントしたくなりますが、それは明らかな誤解ですね。消費者物価指数のグラフ(青い線)を見ると、物価は石油ショック直後に高騰し、その後は「高値安定」で推移していたからです。物価は1年経って落ち着いたのではなく、石油ショック直後から落ち着いていたのです!

このように、前年比のグラフは見た人を誤解させる可能性があるので、充分に注意して下さい。といっても、赤のグラフを見せられて、「本当の姿は青いグラフなのだろう」と想像出来る人は希でしょう。ならば、最初から青い線のグラフを見せれば良いのに、と思いませんか?

■季節調整値があれば、そのグラフを見るのがベスト
ところが、実際に青い線のグラフを描こうと思うと、上記のように、例えば2月のチョコレートが毎年飛び跳ねて高くなったりするのです。それならば、季節性を除去した数値でグラフを描けば良い、ということで、統計発表時に「季節調整値」が発表される事があります。

これは、「2月のチョコレートの売上げは通常月の3倍あるので、2月の売上高の3分の1の値を2月のグラフに描き込もう」ということです。実際の統計作成官庁は複雑な計算をしていますが、原理は簡単ですから、自分で計算してみることも可能です。冒頭のテレビ会社の社員は、「自分で季節調整値を計算して社長に見せる」という事も選択肢なのです。

■季節調整値を計算してみよう
過去10年分のテレビの売上高のデータ(合計120個)を用意して、その平均を計算します(全部を合計して120で割ります)。次に、12月のテレビの売上げ高のデータ(10個あるはず)の平均を計算します。12月の平均を全体の平均で割れば、「12月はボーナス月だから平常月の2倍テレビが売れるのだ」という事がわかります。そうなったら、12月のデータを2で割ってグラフに描き込めば良いのです。

同じ作業を他の月に関しても行なってグラフを描けば、当月が前月と遜色ない売上高である事が一目瞭然となり、社長も納得してくれるでしょう。それほどの手間はかからないので、一度試してみられては如何でしょう?

なお、今少し正確に計算しようと思えば、「12月のデータ10個の中から、最大のものと最小のものを外して、8個のデータを使う」という手があります。異常値を除くためです。12月以外についても同様です。たとえば、今月のデータが異常に高いとすると、来年になって季節調整値を計算する際、「8月というのはテレビが良く売れる月だ」と勘違いしてしまう可能性があるから、これを除こうというわけです。



【参考記事】
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■不満な人ほど声を出すから、黙っている人にも要注目 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49058608-20160713.html
■なぜ、警察官が多い街ほど犯罪が多いのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49058445-20160718.html
■老後の生活には1億円必要だが、普通のサラリーマンは何とかなる (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49185650-20160728.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授

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