中嶋用写真

映画「シン・ゴジラ」が話題になっていますが、一つ頭の体操をしてみましょう。

ゴジラが都心に向かって進んでいるとき、もしも餌でゴジラを誘導する事が出来たら、政府は田舎方向に誘導すべきでしょうか?

■大きな被害を避けるために小さな被害を引き起こすのは「緊急避難」
都心が破壊されるよりは他の地域が破壊される方が日本全体としての被害は少ないので、仮にゴジラを誘導できるのであれば、そうすべきでしょう。都心が壊滅するのを回避できるなら川崎か千葉が壊滅するのは、仕方のない決断なのです(実際には川崎や千葉なども大都会ですが)。これは「緊急避難」といいます。

と、理屈で言うのは簡単ですが、政府高官の悩みは尽きないでしょう。誘導先が川崎であれ千葉であれ、「都心を守るために、貴方たちに死んでいただきます」というわけです。どちらを選ぶかも苦しい選択です。大勢の人々に恨まれます。

一方で、あまり感謝はされません。他人事として「都心が壊滅しなくてよかった」と評価してくれる人はいるでしょうが、「私の命を助けてもらった」と考える人はいないのです。それは、「もしも政府が何もしなかったら、ゴジラが都心を踏み荒らしただろう。そして、A氏とB氏が亡くなっただろう」といったリストが出来るわけではないからです。都心の人々は、「政府が何もしなくても、自分は死ななかっただろう」と考えるので、政府に対しての感謝の念を持ちにくいのです。

大勢の人を救うために、少数の人を犠牲にした。その判断は正しいのですが、その結果、政府は多くの人から恨まれ、そのわりに余り感謝されないのです。為政者というものは辛いものだ、ということですね。

■プールの「刃物事件」でアナウンスが行われなかったのは正解か?
最近、混雑するプールで、女性客数名が、相次いで刃物で切られる事件が起きたようです。被害に遭われた方々に、お見舞い申し上げます。

さて、園としては、パニックを懸念して、客に「犯罪者がいるから気をつけて」とアナウンスすることは差し控えたようです。筆者は具体的な状況を把握していないのですが、一般論として、この手の判断のあり方について考えて見たいと思います。

園が客に「切り裂き魔がいるから気をつけて」とアナウンスすれば、二人目以降の被害者は難を逃れる事が出来たと仮定しましょう。「アナウンスしない」という意思決定によって、その人達が被害に遭ったわけですから、園に対して怒るのは当然です。

一方、大勢の客で混雑していたわけですから、アナウンスをしていれば、パニックが発生して、特に園の出口で押し合いへし合いになり、多くの客が怪我をすると予測されたのかもしれません。そうだとすれば、「アナウンスをした場合の被害よりもしなかった場合の被害の方が小さいと判断したため、アナウンスを差し控えた」ということになり、その判断は是とされるべきでしょう。

■どちらの被害が大きいか、判断が難しいケースも
問題は、「アナウンスをしていたら、どれくらいのパニックが起きて、何人が怪我をしたのか」が不明なことです。アナウンスをしない場合に、被害者がどれくらい発生するのかも、事後的にはわかりますが、意思決定の時点ではわからない場合も多いでしょう。

ゴジラの場合は、都心に向かうより他の地域に向かった方が被害が少ないことが明らかなので、判断は比較的容易でしょうが、実際にはプールの事例のように判断が難しい場合も多いはずです。

「決定によって被害を免れた人」が誰なのか、わからない事は、ゴジラの事例と同様です。怪我をした人が怒るのは当然ですが、「アナウンスが行われていれば怪我をしていたはずの人」が園に感謝することは無いでしょう。「アナウンスが行われていれば、自分は出口で転んで怪我をしていたはずだ」という事を知る事が出来ないからです。

経済政策の決定に際しても、メリットとデメリットとどちらが大きいか、事前に予想することは容易ではありません。TPP、消費税増税、公共投資のメリットとデメリット、等々については、様々な試算がなされていますが、定説はありません。それでも「誰かの利益を犠牲にして誰かの利益を増やし、日本全体としての利益を増やす」決定を行わなければならないのです。

そして、デメリットを受けた人は苦情を言い、メリットを受けた人はそれとは気づかないのです。たとえば消費税を増税して公共投資を実施した場合、増税で負担が増えた人は皆が負担を実感しますが、公共投資のおかげで失業を免れた人は政府に感謝などしないでしょう。日本全体としては、「皆が少しずつ負担して、一番可哀想な失業者を助けてあげた」わけですが。

予防接種については、摂取するメリットの方が大きいと思われますが、それでも感謝されない、という問題が予防注射をする医師に生じます。予防接種の副作用に苦しんだ人は必ず医師を批判しますが、「予防接種のおかげで病気にならずに済んだ人」は、自分がそうであることに気づかないため、医師に感謝しないからです。

■意思決定者には、一定の敬意を払いたい
以上のように、意思決定をする人は、批判を受けやすく、感謝されにくいのです。様々な意思決定については、賛成の場合も反対の場合もあるでしょうから、意見を述べることは重要ですが、それとは別に、意思決定者はそうした損な役回りを引き受けているのだ、ということを認識したうえで、そのことに対しては一定の敬意を払いたいと思います。

「人として感謝の気持ちを忘れない」といった道徳的な観点もありますが、文句ばかり言っていると、意思決定者が「何も決めない」インセンティブを持ちかねない、ということもあります。政府がゴジラの方向を変えない、という可能性です。「方向を変えれば、多くの非難を浴びる一方で感謝されないのなら、何もしない方が得だ」と考えかねないのです。都心が被害に遭っても、「川崎や千葉の市民に死んでくれとは言えなかった」と言い訳をすれば良いのです。

医師は、医療過誤訴訟を避けるため、予防接種を嫌がるようになるかもしれません。医師の場合には、予防接種の料金にその分が上乗せされているのかもしれませんし、上乗せ分で保険に加入しているかも知れませんが。

迷惑施設の建設も同様です。たとえばゴミ焼却場は、無いと困りますが、自宅の隣にあるのは嫌でしょう。そこで、政府がC地区にゴミ焼却場を建てることに決めた場合、C地区の住民は猛烈に反対します。しかし、他の地区の住民は、特に感謝はしません。

「ゴミ焼却場がどこにも作られなかったら、ゴミが溜まって困る」のですが、「そんな事になる筈がない」と思っている人は感謝しません。「C地区でなければD地区に建つはずだったのだよ」という情報が開示されていれば、D地区の人は感謝するかも知れませんが、そうした情報が開示されていなければ、誰も感謝しないでしょう。

そうだとすると、政府(あるいは地方自治体)は、「ゴミ焼却場を作らない」というインセンティブを持つことになります。それでは困るのです。「誰かに泣いてもらう」必要があるときに、誰に泣いてもらうのかを決めるのは、辛いことですその辛い仕事をしている人には、やはり一定の敬意を払いたいと思います。

【参考記事】
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■不満な人ほど声を出すから、黙っている人にも要注目 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49058608-20160713.html
■なぜ、警察官が多い街ほど犯罪が多いのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49058445-20160718.html
■老後の生活には1億円必要だが、普通のサラリーマンは何とかなる (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49185650-20160728.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授






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