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先日、地方自治体が仲介する子供の一時預かり事業で、預った子供を死亡させてしまったボランティアの女性が、刑事責任を追求されることになったと報じられた。
大阪府八尾市が仲介した子供の一時預かり事業で2010年、生後5カ月だった女児がうつぶせに寝かされ、その後死亡した事故で、府警八尾署が業務上過失致死容疑で女児を預かった女性(56)を書類送検したことが19日、同署への取材で分かった。
「うつぶせ死」で書類送検=育児支援の女性、業過容疑-大阪府警 時事ドットコム 2016/08/19

本事件では、民事裁判でも責任の所在を巡って争いが続いているようである。

■ファミリーサポートセンターの問題点
この子供の一時預かり事業は、「ファミリーサポートセンター」という地方自治体が設置する仕組みの中で実施され、子育ての手助けが欲しい人(依頼会員)と手助けができる人(提供会員)が、それぞれ会員としてファミリーサポートセンターに登録し、センターは相互のマッチングを行うというものである。

しかしながら、私は、今回報道されたような事件を踏まえ、ファミリーサポートセンターが行う子育て支援制度には、いくつかの問題点があると感じた。

そう感じた一番の理由は、冒頭の八尾市の事件においては生後5か月の子供を「うつぶせ寝」にしてしまったことが事故原因であったということだが、加害者となってしまったボランティアの女性は、小さな子供のうつ伏せ寝が危険であることに対する認識はなかったということである。

保育所などで参照されている国の保育指針においても、うつぶせ寝は危険であることは明記されているそうで、ボランティアの女性がうつぶせ寝の危険性について知らなかったということは、ファミリーサポートセンターの提供会員に対する教育研修の不足であるといわざるを得ない。

■たった数時間の研修だけで他人の子供を預る
ファミリーサポートセンターでは、提供会員として登録するためには研修を受けることが必要となっているが、研修の内容は、各ファミリーサポートセンターの裁量に委ねられており、「一般財団法人 女性労働協会」が平成27年に行った調査によると、1回当たりの研修実施時間は1~5時間未満が全体の35.5%と最も多く、講習会1回あたりの日数も1日だけというのが33%と最も多かった。すなわち、数時間の簡単な講習を受けるだけで依頼会員の子供を預っているという実態があるわけである。

厚生労働省の通知で提示された提供会員養成講習のカリキュラムは、全9項目で24時間ということであるが、全てのカリキュラムを実施しているファミリーサポートセンターは、平成25年度時点で31.3%に過ぎないという調査結果であった(すべて実施したとしても、保育士が数年かけて勉強している内容には全く及ばないが)。

■安全軽視のアンケート結果に驚いた
そして、私が驚いたのは、なぜ全項目を実施しないのかという理由について、「講習時間を増やすと提供会員が集まらないから」という理由に対し、76.0%もの事業所がイエスと回答しているのである。

たとえボランティアであったとしても、人の命を預る仕事であるのに、何たる安全軽視であろうか。

もし、航空会社が「パイロットが集まらないので、パイロットの負担を減らすため、訓練時間を削ります」と宣言したら、世間のバッシングを受けることは火を見るより明らかであろう。

航空機の操縦も、育児も、人の命を預る仕事に変わりはないはずである。

だから、「人が集まる・集まらない」ではなく「子供の命を守るために必要なカリキュラムは何か」ということがまずはありきで、それで人が集まらないのならば、研修受講時間に対して報酬を出すとか、ファミリーサポート活動の単価を引き上げるといったことが必要なのではないだろうか。

もっといえば、人の命を預る仕事なのに、中途半端にボランティアに頼っているところが、ファミリーサポートセンターの問題点なのではないだろうかということである。

八尾市の事故でも、提供会員の方も、悪意があって死亡させてしまったわけではなく、言い方は悪いが、「育児に対する知識が足りないのに安請け合いをしてしまった」ということが問題であり、また、そのような知識の足りない人を無責任に提供会員にしてしまった八尾市にも責任はあると私は思うのである。

■低額な報酬で、労災保険の保護もない
ちなみに、ファミリーサポート制度の提供会員に対する報酬は、1時間あたり、おおむね800円程度である。平成28年8月23日現在の最低賃金の全国平均が798円なので、ほぼ最低賃金とイコールの水準ということである。

人の命を預かる仕事の対価が本当にこの水準の報酬で良いのであろうか。一瞬たりとも気を抜くことができない生後間もない赤ちゃんの命も預かったとしても、それでも800円なのである。

とくに、核家族や共働きの家庭が多く、ファミリーサポートセンターの利用ニーズが高いと考えられる首都圏においては、最低賃金額は東京都が907円、神奈川県が905円であり、提供会員の時間当たり報酬は最低賃金を100円以上も下回っている。

それに、ファミリーサポートセンターの提供会員としての仕事に従事することは、現在、労働法上の「労働」には該当しないので、提供会員が活動中に死亡したり障害を負ったりしても労災保険の保護は受けることができないことも、提供会員にとってはデメリットであろう。

■コストアップしても安全の確保を
やはり、ファミリーサポートセンターという制度自体の見直しが必要なのではないだろうか。

まずは、しっかりとした研修を設けたり、保育士の資格を持っている人に限るなど「質の確保」を目指すべきである。

そして、ファミリーサポートセンターの提供会員制度は、ボランティアではなく、雇用契約と位置づける仕組みにすべきであろう。ファミリーサポートセンターも「仲介して終わり」ではなく、使用者としての責任を持ち、提供会員のサポートをしっかりと行うべきである。そして、提供会員にも責任に相応しい対価が支払われる賃金制度にすべきである。

そのコストアップは、わが子の命を預ってもらう対価であるから、利用者の負担に反映させることは問題ないであろう。コストアップしたとしても、より安心して預けられる制度になるのであれば、納得感はあるはずである。その上で、所得が低い等の理由でファミリーサポート制度の利用が難しくなる世帯には、利用補助を出せば良い。

もちろん、現在のファミリーサポートセンターの制度においても、大半の提供会員の方は報酬などにかかわらず、誠心誠意ボランティアに取り組んでいると思うし、報酬額だけが仕事の対価ではないことは私も認識している。だが、格安ツアーバスで事故が多発したように、経験則的に、コストを絞りすぎるとどこかに無理が生じて、事故が生じる確率が高まるものである。

安全を担保するために必要なコストは、削ってはならないのである。それが人の命に関わるものであれば、なおさらであろう。

最後になりましたが、犠牲となった赤ちゃんとそのご家族に心よりお見舞い申し上げます。

《参考記事》
■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41626385-20141030.html
■小林麻耶さんに学ぶ「既読スルー」の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/48805486-20160610.html
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html

榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP 



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