芸能界

産経新聞の報道によると、世耕弘成経済産業相は8月15日の記者会見で、SMAPが年内で解散することについて触れ、「コンテンツのアジア展開にとって、今回の解散は決してプラスにはならない」と指摘し、日本文化を海外に発信する「クールジャパン」への影響に懸念を示しました。一方で、世耕経産相は「SMAPの後を付いていく、追い越していく、海外で人気のある新しい活動が高まっていくことを期待したい」と述べ、若手の活躍にも期待を示しました。

■芸能界に残る、旧態依然とした商慣習
現在、政府が強力に推進している政策のひとつに、日本の魅力を海外に発信する「クールジャパン」があります。特に「コンテンツ」「ファッション」「デザイン」「観光サービス」等に重点を置き、海外で人気の高い商材やコンテンツに関する情報を積極的に発信しています。中でもエンターテイメント領域のコンテンツについては、今後大きな成長が期待できると注目を集めています。

一方で、今後もSMAPのように世界に通用する「優良コンテンツ」を継続的に生み出す仕組みを構築するためには、タレント、アーティスト等が自由に活躍できる環境を整えることも必要です。しかし各種報道の中には、芸能プロダクション業界には、未だに旧態依然とした慣習が残っている、と報じているものがあります。またニューヨークタイムズなどの海外のメディアからも、日本の芸能事務所と所属タレントとの契約に関する問題点が指摘されています。

各種報道で指摘されている芸能プロダクション業界の商慣習のうち、問題があるとして指摘されているものは、以下の通りです。

1.メディアとの「バーター取引」の存在
真偽は定かではありませんが、一部メディアは、過去に芸能事務所の一部が、その優越的な地位を利用して、TV局や出版社等に対して、自社と競合する事務所のタレントが出演する番組等への自社タレントの出演を拒否する「共演NG」、自社タレントの写真等の掲載を許可しない「掲載拒否」などをちらつかせて、自社の意向を通すための「働きかけ」を行ったケースがあったと報じています。

仮に上記報道が事実だったとしたら、公平・公正であるべき番組や報道内容に、特定の事務所の意向が強く反映された可能性も否めません。また、独占禁止法に抵触する可能性も指摘されていますので、一度「バーター取引」全般については、放送局の監督官庁である総務省等がその実態を調査し、その結果如何によっては、取引慣行の是正を勧告するなどの措置を講じる必要があると思います。

2.所属タレントに不利な「マネジメント契約」の内容
ニューヨークタイムズは、ジャニーズ事務所に関する記事の中で「このビジネスモデルは喜多川氏がアジアで編み出し、SMAPをはじめとするグループで、とてつもない成功をおさめ、以来、中国や韓国の芸能事務所もこれに倣った。その多くは、長い場合は10年以上にもわたり、稼ぎの半分以上を事務所にとりあげられる『奴隷契約』を子供に交わさせるものとして批判されている。」と報じています。

上記ニューヨークタイムズの報道にもあるように、ジャニーズ事務所に限らず、所属事務所とタレントとの間で締結されたマネジメント契約の中に、コンプライアンス上の問題があり、かつ契約タレントにとって著しく不利な内容のものが存在するとしたら、是正を検討する余地がありそうです。

3.タレントの独立、移籍を阻害する「妨害行為」の存在
これについても真偽は定かではありませんが、一部メディアは、所属事務所と揉めて独立や移籍を行ったタレントについて、ある大手事務所がメディアに対し、当該タレントを出演させないよう働きかけるなどの「妨害行為」を行ったケースがある、と報じています。仮にこのような報道の中に、事実と認定されるようなケースがあったとしたら、憲法が定めた「職業選択の自由」に抵触した可能性があります。

一方で、芸能事務所の立場に立つと、「多額の投資を行ってタレントを育成した後、投資資金を回収する時期になって、独立や移籍をされたらかなわない。」という事情があることも良く理解できます。その解決のためには、国などが主導して、タレント、芸能事務所の双方が納得できる「所属タレントの独立・移動に関する業界標準のルール」の策定を促すことが必要ではないか、と考えられます。

4.所属タレント等に対する「ハラスメント」に相当する行為
一部のメディアは、過去に経営者などが所属タレントに対して、セクシャル・ハラスメントに相当する行為をしていた事務所がある、と報じています。また真偽は不明ながら、「所属事務所の経営者から、性的関係を要求された。」といったタレントのコメントが掲載された書籍等も出版されています。仮にそのような報道の中に、事実と認められるものがあったとしたら、一般企業等と同様に、タレントを各種ハラスメントから保護、救済するための制度創りが必要だと感じます。

■芸能プロダクション業界の「近代化」を促す政策案
日本の「芸能プロダクション業界」の市場規模は、推定で1兆円を超えると予想されます。その市場規模からすると、ひとつの産業として認知されるレベルにまで拡大していると言えるでしょう。

しかし、芸能プロダクション業界を構成する芸能事務所の殆どは中小企業であり、タレント・マネジメントやコンプライアンス、コーポレートガバナンスといった領域が未整備のままになっている事務所も多いと予想されます。また芸能界全体についても、商習慣等の面においては、旧態依然とした慣行が色濃く残っていると感じます。

このように、中小企業が主たる構成員となっている旧い体質の業界に対し、「クールジャパン」の推進役にふさわしい「クリーンな業界」になるよう変革を求めるためには、政治の強力なリーダーシップが不可欠だと思います。そこで筆者は、以下のような政策の推進を提案します。

1.監督官庁の選定と「許可制」の導入
芸能プロダクション業界の指導・監督を行う監督官庁を定め、人材紹介・派遣業業界等と同様の「許可制」等の導入を検討する。並びに法整備やガイドライン等の策定、各種指導等についても検討を行う。

例えば経産省の中に、芸能プロダクション業界を指導監督する部門を創設し、許可を求める事務所等に対して所定の審査を行い、審査をクリアした事務所にだけ営業許可を与えるとともに、事業者登録を行う制度の導入を図る。なお事業者登録がされていない事務所に所属するタレントは、原則としてNHKの番組や、国等の公的機関が関与するメディア、イベント等に出演できない等の措置も検討する。

2.業界の近代化を促すための各種是正策の策定、並びに適切な指導・監督等の実施
経産省等の監督官庁が、公正取引委員会や総務省、厚労省等と協力して、「不適切な商慣習の是正」、「タレント・マネジメント契約の是正」、「所属タレントの独立・移籍に関する業界ルールの策定」「コンプライアンス、ガバナンス等の改善」等に関する実態調査を実施した上で、必要な法律の整備等を検討する。また登録事業者等に対して、業界の近代化を図るために必要とされるコンプライアンスやガバナンスの整備等に関する指導・監督、教育等も実施する。

上記のような政策を推進できれば、芸能プロダクション業界の体質も、次第に変わっていくものと予想されます。

■「芸能プロダクション業界」から「エンターテイメント業界」へ
仮に芸能界に、SMAPのような一流のタレントやアーティストであっても、一度所属事務所とトラブルが起きると、独立や移籍もままならず、タレント生命が絶たれてしまうような体質が残っていたとしたら、世耕経産相のコメントにもあるように、日本の成長戦略にとっても大きな痛手になりかねません。 

一方で、「BABY METAL」のように、世界で活躍しているタレント、アーティストも出現しつつあります。このような動きを加速化するとともに、業界の近代化も併せて進めていくためには、タレント、アーティスト等が、旧来の芸能界の商慣習にとらわれずに、安心して活動できるようにするための環境整備を、国が率先して行っていく必要があると考えられます。

現在国民の間では、「SMAPの解散」により、芸能プロダクションの体質についての関心も高まっています。政府はこれを好機として捉え、「芸能プロダクション業界」が「エンターテイメント業界」へと変革を図れるよう、適切な指導・監督を行っていくことが望ましいと思います。芸能プロダクション業界の近代化が実現できれば、世界のエンターテイメント業界の中で、日本がアジアにおける「ハリウッド」的なポジションを築ける可能性も拡がり、日本経済全体の活性化にも繋がっていくことが期待されます。

【参考記事】
■「SMAP解散」で気になる、ジャニーズ事務所のマネジメント
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-35.html
■「営業部長 吉良奈津子」が軽視する、広告業界の職業倫理
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-34.html
■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路
http://sharescafe.net/48502678-20160502.html
■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称
http://sharescafe.net/48110506-20160317.html
■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」
http://sharescafe.net/46134516-20150903.html

株式会社デュアルイノベーション 代表取締役
経営コンサルタント 川崎隆夫 

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