ハロワ
作家・村上龍氏が2003年に世に出し、大ベストセラーになった「13歳のハローワーク」は、キャリアを教える上で大きな役割を果たしました。しかしその役割は一部の機能に偏っており、キャリア教育として補完すべきものがあります。

■好奇心を仕事に
同書の帯では、子供の好奇心と仕事とを結びつけるかたちのガイドブック、「仕事の百科全書」と書かれています。さまざまな仕事を、子供がわかりやすいように解説した本は類がなく、また内容も現実感をもって書かれています。日本の職業分類の基準ともいえる、厚生労働省職業分類表を超える500種類以上の職業が解説される分厚い内容です。

同書には公式サイトがあり、そこによれば「発売から2年で全国8000校以上の小・中・高等学校で教材や参考図書として採用されている」とのこと。過去に類がないほど広く職業を解説した同書は、キャリア教材として便利なことは想像できます。

一方で批判もあります。職業情報としては内容がずれているとか、実態とは違うといったものですが、どこまで正確な表記ができるかは非常に難しい問題といえます。絶えず変化するビジネスの環境下で、限られたスペースで500種類を超える職業を説明する以上、言葉足らずやズレは出るのも仕方ありません。私はこうした批判は、許容範囲のものだと感じます。

ただ同書の職業情報ソースとしての価値は認めるのですが、作者の村上氏が「はじめに」で書いている、子どもの好奇心の対象としての職業という考えには違和感を覚えます。「選択肢を示すだけ」という姿勢は、キャリア教育においては問題があります。


■将来の夢はケーキ屋さん?
小学生に将来の夢や職業を聞けば、身近な職業がずらりと並びます。第一生命が1989年から小学生に調査している「大人になったらなりたいもの」ランキングでは、過去ほとんどの年で、男の子はサッカー選手と野球選手、女の子は食べ物屋さんと(保育園/幼稚園含む)先生と看護師さんがベスト3になっています。いずれもどんな仕事かがわかりやすいもので、職業情報を子供なりに理解しているものが挙げられています。

平均寿命は2年以下ともいわれる飲食業界では、景気・消費マインドの影響や為替・材料費といった仕入れコストなどの不確定要因の影響が大きく、ビジネスとしては安穏なものとはいえないのが実態です。小学生はアンケートに答えただけなので、原材料費高騰や為替に影響の影響を考えた回答ではいないと思いますが、本当のキャリア選択であれば、経営実態の判断は絶対に欠かすことができません。

大学生が就職先を決める時になれば、「夢はケーキ屋さん」では済まないのです。菓子メーカーやケーキ店、パティシェという職業選択が悪いのではありません。その職がどういったビジネスモデルで成り立ち、どんな市場性を持ち、どんな経営環境にあってさらにそれが10年後30年後どうなるのかを調べた上での判断しているかどうかが大事なのです。

経済専門家でも難しい将来予想が当たるかどうかはたいして意味はありません。ちゃんと自分で考えて、責任もってリスクを覚悟した上であえて挑戦するのか、そんなリスキーな選択は出来ない環境を踏まえて現実的選択をするのか、自分で選べる能力を養うのがキャリア教育の目的ではないでしょうか。繰り返しますがケーキ屋さんになることは一切否定されるものではりません。その意思決定過程が、リスクを考えない小学生と同じものだったとすれば、人生を危機に追い込む恐れがあるのだと理解させるのがキャリア教育です。


■「好きなことを仕事に」という危険
村上龍氏はまえがきで、仕事は辛いものだと思うのは間違いだとも述べています。もちろん辛いだけの仕事であれば長続きはしないでしょうが、辛さのない仕事もありません。キャリア教育においてはむしろ楽しいばかりの仕事も、辛いばかりの仕事も、金儲けだけの仕事も、奉仕するだけの仕事もないという、バランス感覚をもった判断力を養成することが重要です。

ゲームをずっとやっていられるプロゲーマーは楽しいだけでしょうか?好きなゲームをやるのではなく、仕事で与えられたゲームを一日中やり続けけるのです。ケーキ好きだからといってフードファイターになったら、5キロのケーキを食べられるでしょうか。歌手を目指しても売れなかった場合、どんな生活がまっているのでしょうか。売れた歌手と売れない歌手の割合はどうなっているのでしょう。楽しいだけではないキャリアの辛さ、上手くいかないリスクについて、キャリア教育では絶対に問題提起をすべきだと思います。

職業知識を増やすことより、判断力や思考力を養うことの方が重要なのです。人生において明らかな失敗を選択しないような思考を身に付けるためです。クリティカルリーズニングやクリティカルシンキングをキャリア科目で教えるのも同じ理由です。好きなだけで仕事を選んでも、その仕事の持つ辛さやダークサイドにまで思いが及ばなければ、せっかくのキャリアが継続できなくなることもあります。

新卒で入社した会社を3ヵ月で退社したら何が起こるでしょう。キャリアのスタートである新卒での失敗は、一生その記録が残ります。どれだけ有名大学を卒業していても、どれだけ立派な大企業に就職できても、そこを3ヵ月で辞めたという記録は40代50代になっても履歴書には書かなければならないのです。


■相手目線の欠如
「13歳のハローワーク」が子供への職業知識付与に果たした役割は功だと思います。一方、キャリア教育としては、好きなことや好奇心でキャリア選択につなげるという一つの判断基準だけが突出して伝わった点で罪でもあります。

就活相談を受けていると、志望理由の説明で夢ややりがいをやたらと書いてくる学生が多くいます。夢もやりがいも大切だとは思いますが、いずれも自分の都合です。自分の都合だけで語られた志望動機が相手=会社に説得力を持つでしょうか。仕事として成り立たせることができる能力と意欲があるからこそ相手=会社にとって採用する理由となります。

「社会貢献のために(その企業、その職務を)志望する」というフレーズも多発します。社会貢献が目的なら民間企業に入る必要はなく、その会社の仕事に貢献することで、結果として市場拡大や納税を通じて、社会への貢献はできるはずです。目の前の恵まれない人一人を助ける以上に、仕事をがんばることでもっと多くの人を助けることが出来る可能性があります。

キラキラした夢や自分の希望、関心や好奇心で終わらず、自分ができる役割をどうしたらキャリアとして成立させることができるのか、考える力を養うことこそキャリア教育が果たすもっとも大切な役割です。


【参考記事】
キャリアや資格の相場観
http://shachosan.rm-london.com/?eid=712619
■キャリア教育とその指導者の資質。名選手が名監督ならず
http://shachosan.rm-london.com/?eid=850317
■内定辞退の作法(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/46036751-20150826.html
■奨学金問題をキャリア教育の教材に(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/47445034-20160107.html
■NHKで話題となった「貧困JK」を生み出すキャリア教育の深刻な問題。(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/49388686-20160826.html


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