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9月21日、東大阪市の近鉄東花園駅で、乗客対応中の車掌が突然、制服を脱ぎ捨て線路を走り出し、高架から飛び降りて重傷を負う事件が起こりました。彼の乗務する電車が別の駅の人身事故の影響で運転中止になったため降車し、ホームで乗客への状況説明などに当たっている最中であったとのこと。

近畿日本鉄道(近鉄)は「鉄道事業者として不適切な行動を引き起こし大変遺憾です。心よりお詫び申し上げます」とコメントしました。「社内規定にのっとって、車掌の処分を検討する」とも述べたそうです。その対応について、当の車掌への処分を「白紙に戻す」ことを求める署名活動がネット上で行われ、10月2日時点で5万6千件以上の署名を集めています。

本稿では、怒りをコントロールする「アンガーマネジメント」の観点で、この事件を考えてみました。本件を多くの人が自身のこととして受け止め、同じようなことが発生しない一助となることを願っています。

■きっかけは乗客からの喧嘩腰のクレーム
この事件の経緯について、毎日放送(MBS)の「関西のニュース」から、車掌の言動の部分を抜粋、引用します(乗客対応中の車掌、線路を走り高架から飛び降りる 毎日放送 2016/09/21)。

「乗客6,7人に囲まれて、喧嘩腰に言われていた。駅員さん、すごいちゃんと冷静に対応したはるんだなと感じてて…」(目撃した乗客)


しかし、そうした状況が続いた直後、事態が一変します。

「プチンとキレたんでしょうね。やってられるか!こんな仕事いらんと鞄を線路に放り投げて、自分も線路に入った」

その後、制服を脱ぎ捨て線路を逃走。7m超の高架であるにもかかわらず、塀を乗り越えます。

 「ぶら下がっている状態で、上を向いて、『いややねん!もう生きてられへんねん、もういやや、辛いって』叫んでいて、落ちる瞬間が分かったので“落ちる”って言ったらぼとって落ちてしまった」(目撃した人)


車掌は乗客の喧嘩腰の態度に怒りを爆発させ逃走しました。この証言が全て事実であれば、いわゆる「逆ギレ」です。職務放棄であったことは明らかであるにもかかわらず、署名活動が多くの賛同者を集めたのは、車掌の怒りにも一理あると感じた人が多かったからと考えられます。

また、「やってられるか!こんな仕事いらん」という発言から、彼がこれまでも業務上で多大なストレスにさらされてきたであろうと、同情した人も多かったのでしょう。

■客からの暴力のストレスにさらされる鉄道係員
鉄道係員への乗客等からの暴力行為の件数は増加傾向にあります。日本の主要都市部の鉄道会社が行った調査によると、平成18年度には667件だったものの徐々に増加、平成23年度は過去最高の911件を記録しました。

こうした状況を問題視し、平成24年度からは国土交通省が、鉄道や路面電車を運行する国内すべての事業者を対象にした調査に乗り出しました。その後、800件前後の件数で推移していますが、「依然として高い水準で推移」と報告されています。(大手民鉄16社、JR3社、東京都交通局、横浜市交通局、大阪市交通局、東京モノレール、北総鉄道、愛知環状鉄道発表資料より)

また暴力のきっかけは、「理由なく突然に」(35%)がトップで、かつ、じわじわと増加しているとのこと。((社)日本民営鉄道協会 平成27年度調査)。料金が不足していたり、終電内で眠り続けたりといった乗客側の責任である理不尽なケースが多々報告されています。

「暴力」の判断基準は各鉄道会社に任されているそうですが、言葉だけのクレームや暴言などは、この件数に含まれていない可能性が高く、それらを含めると駅係員は客からの攻撃による高いストレスに日常的にさらされているといえるでしょう。そうした状況に対する鉄道係員の怒りを象徴しているのが、今回の車掌逃走事件だったように思います。

怒りとその爆発を抑制する意志力のメカニズム

「怒り」は、心理学上は二次感情と言われています。疲労や不満、不安などのネガティブな感情を一次感情とすると、それらが一定容量以上に積み上がり、あふれだした状態が「怒り」です。

「堪忍袋の緒が切れる」という慣用句は、この状態を的確に表しています。ネガティブ感情を入れておく容量がいっぱいとなり、締めていた紐(緒)が切れて、怒りとなって表出する状態です。

この「緒」にあたるのが意志力です。そしてこの意志力は、ストレスや使い過ぎによって消耗するということがフロリダ大学心理学部教授のロイ・バウマイスター博士の研究によって明らかになっています。極端に疲れている時は、いつもは受け流せることでも、ついイラッとしてしまったり、いつも以上に強い怒りを示してしまうったりという経験は、誰もが心当たりのあることではないでしょうか。

近鉄のホームページによると、車掌の業務は「車内放送や扉の開閉、巡視等を行い、社内秩序の保持に努め」「安全・正確・快適に運行を繰り返し、日夜基本動作の順守と、細心の注意が必要な仕事です。」と書かれています。ただでさえ「細心の注意が必要」であるのに加え、駅ホームでの顧客対応といった、考えようによっては本来の車掌業務の範疇外の仕事をしなくてはならない状況でした。その結果、自制心を消耗させ、堪忍袋の緒を切らしてしまったことは想像に難くありません。

さらに、「もう生きてられへん」といった発言や制服を脱ぎ捨てたという行為から、怪我でもしないと、今の辛い職務から逃れることはできないと思い込んで、高架から飛び降りるという自傷行為に走ってしまったとも考えられます。

■「車掌」の状態は他人事ではない
強いストレスを抱えているのは、鉄道会社の駅係員だけではありません。平成26年に厚生労働省が発表した「労働安全衛生調査」によると、自分の職業生活について強い不安、悩み、 ストレスを抱えている人は、52.3%と半数を超えています。

鉄道の乗客の立場である私たちも、日常的にストレスを抱え、自制心を消耗させているのです。自分の責務に我慢できなくなり、職務放棄する車掌の姿は、ストレスで辛い思いをしている私たち自身の姿にも重なります。

■「べき」という期待と現実のギャップが怒りを生む
筆者がファシリテーターとして所属する(社)日本アンガーマネジメント協会では、「怒り」を「こうあるべき」という期待が叶えられなかった場合に、そのギャップへのフラストレーションから発生すると定義しています。

この構図を今回の事件にあてはめて車掌の気持ちを推測すると、車掌は乗客に対し、「人身事故で迷惑を被ったのは鉄道会社も同じだ。鉄道係員の立場も考慮すべきだ」「いくらなんでも、そこまで強く怒るべきではない」という期待があり、それが現実には裏切られたことから、怒りが生まれたと考えられます。

■怒りによる攻撃は「八つ当たり」になりやすい
同時に協会では、問題となる怒り方として、「強度が高い」「持続性がある」「頻度が高い」「攻撃性がある」の4つのタイプをあげています。今回の事件では、乗客から車掌への攻撃が、車掌の自分自身への攻撃を促してしまいました。「攻撃性」の面で問題と言えます。

攻撃の対象は、この事件の車掌のように自分に向く場合もあれば、「もの」になる場合もあり、また「他人」を対象にすることもあります。ここで注意したいのは、攻撃の対象は、必ずしも期待を叶えてくれなかった当事者を対象とするとは限らないということです。そして、それは身近で、かつ自分よりも立場の弱い相手に向かいがちです。

この事件でいえば、車掌に対してクレームを言っていた乗客たちは、「電車で目的地に時間通りに到着する」という期待が、人身事故によって達成することができませんでした。その原因は、当の車掌にあったわけではなかったにもかかわらず、たまたまその場にいて、かつ、クレームを言いやすい立場の人間であったために、怒りの対象として攻撃してしまわれたのです。

そして乗客の怒りは、その攻撃の対象となった車掌自身の怒りを誘発し、職務放棄と自傷行為を招くことになってしまいました。怒りは別の怒りを促し、連鎖してしまうのです。

■怒りの連鎖を防ぐために
私たちは誰もが、日常生活の中で「客」の立場となります。今回のような事件を起こさないためには、本件について鉄道会社に真相究明を求めると同時に、私たちが自分の怒りを弱い立場の人間に対する攻撃行動としていないか、もう一度振り返ることが必要なのではないでしょうか。そのためには、私たちが自分たちの感情をもっと客観的に把握することが第一歩となるのです。

【参考記事】
■営業部長 吉良奈津子」はなぜスタートダッシュに失敗したか?
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■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか?
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朝生容子 キャリアカウンセラー・産業カウンセラー


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