電通本社ビル

電通は昨年末に女性新入社員が過労により自殺した事件を受けて、労使協定で最長70時間に定めていた月間の時間外労働時間の上限を5時間引き下げて、65時間にすると明らかにしました。また20日には、2013年にも30歳の男性社員が、同じく過労死として労災認定をされていたことも発覚しました。

社員の過労死が続いている現状から、電通の残業抑制策については、早くもその実効性を疑問視する声が上がっています。電通は今後、本当に社員の残業を抑制するとともに、社員が過労死に追い込まれるような職場環境を変えることができるのでしょうか?

■広告業界を取り巻く環境の変化
筆者は、筆者自身が長年広告会社に在籍していた経験から、電通が残業抑止策を単に残業時間の上限の引き下げだけに留めた場合は、「隠れ残業」が増えるだけで殆ど効果が上がらないのではないか、と懸念しています。よって、残業時間の上限引き下げのみならず、外部環境の変化やマネジメント等も視座に入れた上で、抜本的な対策を練る必要があると考えています。特に女性新入社員の過労死による自殺の背景には、以下のような広告業界を取り巻く環境変化が大きく影響していると推察されます。 

1.大手広告会社への業務集中化が加速
近年広告主は、広告関連業務の効率化や広告予算の最適化、ブランド管理等の理由から、広告関連業務を、電通など大手広告会社に集中させる傾向が強くなっています。反面、電通など一部の広告会社では、増加する作業量をこなせるスキルを持つ人材の育成や採用が追い付かず、慢性的な人材不足に陥っている職場も少なくありません。よってそのような職場では、現有の人員だけで増加する業務をこなすしかない状況が生まれており、社員が残業過多に陥りやすい一因にもなっています。

2.事業領域の拡大による競争の激化

電通等の大手広告会社の事業領域は年々拡大し、以前のように広告制作や媒体の管理等を行っていれば済む時代は過ぎ去り、現在ではコミュニケーション領域全般に関する企画やコンサルティング、IT、人材育成領域等までを包含した複合的なサービスを提供する事業体へと大きく変貌を遂げています。

このような事業領域の拡大により、以前ならばバッティングしなかった企業との競合も顕著になっています。筆者の例ですが、先日某広告関連企業と協働で参加したコンペ案件では、競合相手は大手広告会社のみならず、コンサルティング会社、IT関連企業、印刷会社など多岐に渡り、殆ど「異種格闘技戦」といった様相を呈していました。このような事業領域の拡大による競争環境の激化が、電通など広告会社の業務量増加を招く一因にもなっていると考えられます。

3、広告予算のインターネット、デジタル領域へのシフト
広告主は、広告予算を既存媒体からインターネット、デジタル領域にシフトさせる傾向を強めています。このような状況下、ネット広告の領域では、広告効果をリアルタイムで把握できるという特性上、広告主から細かな作業を要求されるケースが増え、それに合わせて広告会社社員の業務量も増加している傾向が見られます。

■広告会社に共通する業種特性
電通等広告会社の企業風土やマネジメントには、程度の差こそあれ、以下のような共通点が見られます。

1.成果主義の徹底と高い収益目標の設定
広告業界は競争が激しいため、成果主義型の人事制度を採用している企業が多いという特徴があります。中でも電通は、成果主義、実力主義が徹底されており、広告業界の中でも厳しい社風で知られています。

また、電通など大手広告会社各社は概ね、各部門に高い収益目標を課しています。そのため、各部門では人手不足であったとしても、部門の目標達成のためには、常に新たな仕事を受注していかないとならないという状況に陥り、その結果社員が無理をしてしまうケースも散見されます。

2.人材マネジメントを軽視しがちな業界特性
広告会社のみならず、クリエイティブ関連のサービスを提供している企業に共通して見られる傾向は、管理職であっても、プレーヤーを兼ねる「プレーイングマネジャー」の比率が総じて高いということです。プレーイングマネジャーの場合、自部門のマネジメントよりも、自身のプレーヤーとしての仕事を優先しがちな傾向が見られ、本来マネジャーが行うべき業務管理や部下の指導等に関心の低い人も少なからず存在します。その結果、職場で適切な指導が為されないケースも見られます。

3.ストレスのたまりやすい職場環境
電通に限らずどこの広告会社でも、若手社員の業務量は総じて多く、毎日定時に退社できるような職場は極めて少ないのが現状です。また顧客の要求も、品質はもちろんのこと、時間的にも予算的にもタイトなものが増えつつあるため、顧客と社内の調整等について、ストレスを抱えている社員は少なくありません。

上記は程度の差こそあれ、電通のみならず広告会社に共通してみられる現象です。よって、電通等の広告会社が、過重労働を抑止し残業を削減していくためには、残業時間の管理はもとより、上記のような外部環境の変化や業種特性等についても十分に考慮した上で、実効性のある対策を練る必要があると思います。

■残業削減、過労死防止のための施策案
筆者は電通が社員の過労死を未然に防ぐためには、単に残業時間の上限を引き下げるだけではなく、併せて以下のような施策も、同時並行で実施する必要があると考えています。

1.「ワークライフバランス」を重視した企業風土の構築とマネジメント改革の実施
各種報道を見る限りにおいては、電通には未だに20世紀の高度成長時代に見られた「業績至上主義」的な社風が、色濃く残っているように感じます。よって今後は、社員の意識改革を行い、「ワークライフバランス」を重視した企業風土に変えていくことが、喫緊の課題だと思います。

そのためには、経営管理ツール「バランススコアカード」等を参考にしてマネジメント全体を見直し、今後は収益目標の設定のみならず、「ES(社員満足度)の向上」「業務プロセス、職場風土改革」「人材育成」などについても各部門に達成目標を設定させ、その実行プロセスを管理することで、業績の管理のみならず、「ワークライフバランス」も意識したマネジメントを行っていくべきだと考えます。

2.全社を挙げた「ワークアウト活動」の展開
「ワークアウト」とは、20世紀最高の経営者と言われる元GEのジャック・ウェルチ氏が、GEのCEOだった時に導入した「業務削減活動」です。ワークアウトとは、各部署のマネジャーやリーダー等が、ワークショップ形式で無駄な業務の削減や業務プロセス等について議論を重ねた上で改善策を策定し、それを実際に現場で実行に移す企業活動であり、これによりGEの生産性は飛躍的に向上したと言われています。

GEの「ワークアウト」をカスタマイズして電通に導入することは、残業削減に極めて有効な手法であると考えられます。これにより、無駄な業務を大幅に削減するだけではなく、業務プロセス等についても改善を図ることが出来るため、社員一人一人の生産性が上がり、かつ残業も減少し、社員の余力を創出することにも繋がるものと期待されます。

3.メンター制度の検証と「コーチング」の導入
現在多くの企業では、新入社員、若手社員の精神面でのサポートを行う目的でメンター制度を導入していますが、亡くなった電通女性新入社員のSNS等を読む限りにおいては、電通ではメンターが不在か、あるいは機能していなかったものと考えられます。よってメンターの導入や実効性等については、再度検証する必要があるだろうと思います。

併せて、女性新入社員のSNSには、上司によるハラスメントに関する記述が見られます。職場でのハラスメントを無くすためには、コンプライアンスの徹底を図ることはもちろんのことですが、併せて管理職、リーダークラスを対象に「コーチング」を導入し、上司と部下の対話を主体とした指導を行っていく方向に、マネジャー等の意識を変えていく必要があると考えます。

4. フレキシブルな人材採用とローテーションの実施
電通の女性新入社員のケースでも、所属部門の人員が削減され、一人当たりの業務量が増加したことが、過労死に至った一因になったとも報じられています。よって人事部門においては、各職場の人員不足に迅速に対応するために、フレキシブルな人材採用やローテーション等の実施により、必要な人材をタイムリーに職場に供給できるよう、人材の供給体制を整える必要があります。

■実効性のある過労死再発防止策の策定
以上は、電通が社員の残業削減や過労死を未然に防ぐために有効と考えられる施策の一例です。 電通は今回起きた悲劇を、2度と起こしてはなりません。そのため電通は、本社のみならずグループ企業全体についても残業や過重労働等の実態を把握した上で、電通グループ全体の企業風土改革、マネジメント改革等を含む抜本的な再発防止策を策定し、それを速やかに実行に移していただきたいと思います。

【参考記事】
■SMAP問題解決の糸口となる、ジャニーズ後継者のリーダーシップ
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-38.html
■SMAP問題を解決に導く「事業価値」という概念
http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-37.html
■「SMAP解散」で気になる、ジャニーズ事務所のマネジメント
http://sharescafe.net/49358085-20160822.html
■「営業部長 吉良奈津子」が軽視する、広告業界の職業倫理
http://sharescafe.net/49220144-20160803.html
■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路
http://sharescafe.net/48502678-20160502.html

株式会社デュアルイノベーション 代表取締役
経営コンサルタント 川崎隆夫 


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